僕のきら星(2)
カリーナ姫の野望

 戦争のないこの世の中では、兵力というものは戦のために用意されているわけではない。
 それは、この世界中どこの国でも言えることで、強大な軍事力を持つ国はごく稀。
 また、たとえ軍事力を有していたとしても、その執行には大きな制約がつけられている。
 それを破れば、国の存続に関わる制裁が下される。
 よって、軍事力とは、各国とも治安維持が目的となっている。
 エメラブルーにおいても、王宮守備官、王都守備官が王都の治安を守る。
 その他の地域は、国内全土の拠点に派遣された騎士団が治安維持に努めている。
 そして、内紛などの有事の際には、重要な武力となる。
 つまりは、騎士団とは、王都以外を守る兵力となっている。
 そうは言っても、王都に騎士団の拠点がないわけではない。
 指令機関として、王城内に騎士団官舎が置かれている。そして、そこに勤める騎士もある。
 ただし、王都勤めは騎士団の中でも実力があるひと握りに限られる。一部、貴族の子弟たちを除き。
 上級貴族の子弟たちは、望めば無条件で王都勤めとなる。
 さすがに、ルーディも地方へ赴く気はないらしく、王都勤めを希望し王城に配属された。
 ただでさえルーディのわがままを聞き従騎士からと異例の措置をとっているので、せめて王都から逃してなるものかという上官たちの思惑も絡んでいないことはないけれど。
 ルーディが騎士団に入団し、一週間ほどが過ぎた頃だった。
 騎士団にあてがわれた鍛錬場で鍛錬に勤しんでいる先輩騎士たちの姿を遠めに眺めつつ、ルーディは鍛錬用の武具の手入れに精を出していた。
 入団したばかりの従騎士たちは、正騎士たちの鍛錬が終わった後、ようやく鍛錬場の使用が許される。
 それまでは、激しい鍛錬のため痛んだ武具の手入れやらの雑務を命じられている。
 従騎士からはじめたルーディも例にもれず、ともに入団したばかりの従騎士たちと武具の手入れをしていた。
 ただひとつ違うところは、何故か同期の彼らはルーディを恐れ、近寄ろうとしないところ。
 そのため、彼らから少しはなれた庇を支える柱の下で、一人手入れをしていた。
 騎士団官舎のまわりには、目隠しのための茂みがある。
 ふいに、その茂みががさがさ音を鳴らした。
 ルーディはちらりと、その音が鳴る茂みに視線を移す。
 けれどすぐに、視線を手入れする武具へ戻す。
 警戒を強めることはない。まるでそこから子猫でもでてくることを予想しているように落ち着いている。
 その時だった。
 がさがさ揺れた茂みの中から、勢いよく淡い桃色の衣装をまとい、艶やかな黒髪をなびかせる子供が飛び出してきた。
 髪や衣装に緑の木の葉を戯れさせ、まるで迷い込んできた頼りない子猫。
 年の頃は、十二か十三だろうか。頭の高い位置で黒髪を二つに結わえた、あどけない顔をした少女だった。
 飾り布(フリル)ひも状織物(リボン)がたっぷりの上質な衣装をまといたたずむその愛らしい姿は、まるで精巧にできた古人形(アンティークドール)のよう。
 どこまでも澄んだ翠玉(エメラルド)のような深い緑色の瞳に吸い込まれそうになる。
 その宝石のようにきらめく瞳が、ルーディの姿をとらえ、瞬時に英知を秘めた光を宿した。
 細められたその目は、どことなく底意地の悪さを感じさせる。
「ルーディ・オブライエンとは、お前か?」
 そして、腰に両手をあて、背後に倒れそうなほど胸をはる。
 くいっと首をかしげた拍子に、前髪にひっかかっていた木の葉が一枚、ひらりと舞い落ちる。
 ルーディはそのふてぶてしい態度に一瞬むっと眉間にしわを寄せるが、すぐに何かに気づいたようににっこり笑う。
「そうですが……?」
 けれど、笑っているのは口元だけで、目の奥で暗い光をきらりと発した。
 武具の手入れをしていた手をとめ、そのまま膝の上におく。
 目の前で相変わらず反り返る少女に気づかれないように、小さく息をはく。
 思わず、「またか……」と吐息とともに口からもれそうになる。
 目の前の少女は、王宮に出入りでき、しかも仕立てのよい衣装を着て、さらに年のわりには偉そうだから、どこかの貴族の娘だろう。
 騎士団に変わり者が入団したと聞き、面白半分で見に来たのだろう。
 まったく、ろくでもない。
 この一週間ほど、老若男女問わず、こういった物好きな手合いが何度となくルーディのもとを訪れた。
 あからさまに侮蔑の目を向ける者があれば、影からこっそりうかがい見る者もある。
 かと思うと、上辺だけは上品に装い、奇異がだだもれの詰めが甘い者もいた。
 それらの好奇の目は覚悟していたことだし、別にこたえることはないが、こうも続くとさすがにそろそろうっとうしくなってくる。
 しかも、極めつきは、このやたらと偉そうな人形のように愛らしい少女。
 きらきら輝く緑の目は、興味津々と如実に告げている。
 ただ、不思議なことに、その目にはこれまでのような嫌なものが感じられない。
 純粋に、おもしろそうなおもちゃを見つけた子供の目をしている。
「そうか、お前が公爵家の息子で士官学校も主席ででているのに、幹部候補をけって従騎士からはじめたという変わり者か」
「いけませんか?」
 ルーディはにやにやと愉しげに笑う少女にちらっと視線を移し、ため息まじりで答えた。
 悪意むき出しの古狸たちの嫌味な視線には吐き気を覚えるが、一見無垢な少女の達観したような視線には不審が生まれる。
 一体、この後何を言い出すのかと思うと、ルーディの気は重くなる。
 ある程度先が読める大人の言葉には容易に返答できるが、一体何を言い出すかわからない子供の言葉にはすぐさま答えを用意できない可能性がある。
 だから子供は嫌いだと、ルーディは心の内で毒づく。
 しかし、相手は貴族の娘だろうから、そう無下にはできない。あとで厄介なことになるのは、ルーディとて本意ではない。
 その立場を気にしてではなく、対応をするのが面倒だからという理由だけれど。
「いや、わたしはいいと思うぞ。家柄にものをいわせるのでなく、実力でのし上がろうという考え、わたしは好きだ」
 少女はぱんぱんと、衣装にまとわりつく木の葉をはらうと、きっぱり告げ、にかっと笑った。
 しかし、少女からもたらされた言葉は、ルーディの予想を思い切りよく裏切ってくれた。
 予想ができない言葉には違いなかったけれど、それはまったく違う方向へ裏切られるかたちとなった。
 ルーディは思わず、ぽかんと少女を見つめる。
 その時だった。少女が急にびくんと体を震わせた。
 かと思うと、これまでの大人顔負けに落ち着き払った顔が、一瞬にして焦りの色でうめつくされた。
 わたわたと手足をばたつかせ、きょろきょろ辺りをみまわす。
 それから、ある一点に視線をとめたかと思うと、さあと顔から色が失せた。
「げっ、まずいっ。ダリルだ。わたしはこれで行くぞ、じゃあな!」
 少女はばっと片手をあげると、そのままくるりと身を翻した。
 そして、再びがさりと茂みに飛び込み慌てて駆け出していく。
 淡い桃色の衣装が、まるで蝶のようにふわふわまっている。
 慌てて逃げているはずのその姿が、ルーディの目には何故か春の花から生まれたばかりの妖精のように見えた。
 呆然と見送るルーディの耳に、ばたばた駆けてくる足音が聞こえた。
 はっとして振り向くと、ルーディにも見覚えのある顔がやって来ていた。
 額にじんわり汗をにじませ、少し荒い息をした護衛官の制服に身を包む壮年の男性だった。
 こげ茶色の髪が乱れ、こげ茶色の目には焦りの色がにじんでいる。
 護衛官といえば、主に王族の護衛にあたる、武官の中でも選良(エリート)中の選良。下手な隊長位の騎士などよりよほど優れている武人。
 しかも、この壮年の男性がまとうものは護衛官の制服は制服でも、一般のものとは異なり幹部に与えられたもの。
 胸の徽章から、長官だとわかる。
「き、君、従騎士殿。先ほどここに王女がいただろう? どちらへ逃げていかれた!?」
 そして、はずむ息のまま、いかにももどかしいといった様子で、護衛官長ダリルはルーディにそう尋ねる。
 逃げていったとは、また尋常ではない。普通、王女相手に逃げていくという言葉は使わないだろう。
 一体、どういうことだろうか?
 疑問に思いながらもルーディはすっと立ち上がり、先ほどのやたら偉そうな少女が姿を消した茂みを指差す。
「あちらへ……」
「そうか、すまないね、ありがとう」
 護衛官長はにこっと微笑むと、そのまま猛獣の如く勢いで追いかけていく。
 その後ろ姿を、ルーディはやはり呆然と見送る。
「……あれが、カリーナ王女?」
 気づけば、ぽつりつぶやいていた。
 王宮にいて、しかも仕立のいい衣装を着て、さらにやたら偉そうだから、どこかの貴族の娘だとは思ったが、まさか王女だとはさすがに思わなかった。
 王女といえば、可憐な花のような少女と噂に名高い。また、王や王太子に溺愛される麗しの姫君としても人々の話題にのぼっている。決して、あのような山猿ではない。
 ルーディは、父や兄からは、風変わりな姫だとは聞いていたが、それは浮世離れしているという意味だと判断していて、まさかあのような風変わり方だとは思わなかった。
 ルーディの兄は公爵家嫡男ということもあり、幼い頃から何度か王女に会っていたようだけれど、ルーディは次男ということもあり、わりあい自由であり、王族ともそうかかわりはもってこなかった。
 だから、従騎士となって王城に上がってからこれまでも、王女の姿を見た事はなかった。
 もちろん、騎士に叙された時には、王に拝謁はしている。
 もう一度、少女が――王女が逃げ去っていった茂みをみつめる。
「なかなかおもしろい王女だ」
 知らず知らずそうもらし、口元をほころばせた。
 ルーディは、これまで散々変わり者で大馬鹿者だとののしられてきた。
 けれど、はじめて理解者が現れた。
 それが、まさかあのように幼い少女だとは思わなかったけれど。
 あの王女もきっと、ルーディと同じ違和感を覚えているのだろう。
「あの王女、悪くない」
 ルーディはもう一度そうつぶやき、にっと唇のはしをあげる。
 そっと手を触れた胸に、ぽっと小さなぬくもりがともる。


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update:12/04/02