僕のきら星(3)
カリーナ姫の野望

 ルーディが王女と奇妙な邂逅を果たし、その目で本当の姿を見た日から数日たった。
 そろそろ騎士団内の状況も把握し、使い走りの仕事にも慣れはじめていた。
 あれから野山を駆けまわる野猿のような、緑の草の上でえのころ草に戯れる子猫のような王女を見ることはない。
 再会を約束したわけではないが、ルーディは何故かまたあの王女がやってくるような気がしていた。
 しかし、さすがに護衛官長のあの様子から、すぐにまた脱走をはかることは難しいだろう。
 そう、よくよく考えれば、あれは、王女はどこかから脱走してきていたのだろう。
 それは、勉強の時間からか、踊りの授業からかはわからないけれど。
 ルーディは両腕に副団長から渡されたいっぱいの書類を抱え、騎士団官舎の外廊を歩いている。
 この大量の書類を、これから各大隊長へ配りにいかなければならない。
 使い走りの中でも、ルーディは幹部の手伝いをすることが多い。
 それはもちろん、本来は幹部候補であるという事実が大きく影響しているだろう。
 そのルーディの様子を見て、同期で入団してきた者たちはあまりいい顔をしない。
 陰でこそこそ何やら言う者もいれば、あからさまに妬むような視線をぶつける者もいる。
 一様に、嘲りがまじった奇異なものを見る目をしている。
 初夏に近づきはじめた王城に、どこからともなくさわやかな風が吹き込んでくる。
 外廊にそそぐ陽光もまだやわらかい。
 思わずふと立ち止まり、差し込む陽光に仰ぎ見るように目を細める。
 その時だった。
 すぐ前の柱の陰から、勢いよく人影が飛び出した。
 そして、いくてをはばむように仁王立ち、ルーディをにらみつける。
「ルーディ、お前、護衛官長に教えただろう」
 びしっと人差し指をつきつけ、いまいましげに吐き捨てる。
 柱の影から飛び出してきたのは、まさしく今ルーディの思考を侵食していた王女カリーナだった。
 今日は若草色の衣装を、やはり年のわりには優美に着こなしている。
 その衣装から、深緑の香りがかおってきそう。
 ぱちくりと目をしばたたかせるルーディにかまうことなく、カリーナはずんずん歩み寄る。
「せっかく城を抜け出して城下へ行くつもりだったのに、お前のせいで台無しだ!」
 ぷんぷん怒り頬をふくらませ、カリーナはルーディに詰め寄る。
 どうやら、ルーディに文句を言うために、王女自らわざわざ騎士団官舎までやって来たらしい。
 あっけにとられるルーディのすぐ目の前までやってくると、カリーナは澄んだまっすぐな目でにらみあげる。
「あの後、大変だったんだぞ。護衛官長と説教十一対戦だ。でもまあ、十一戦目の途中でダリルが泣き出して、わたしの勝利だったがな」
 大の男の涙ほど不気味なものはないなと、カリーナは両腕で自らをかき抱き、ぶるるっと体を震わせて見せる。
 一気にまくしたて満足したのだろう。ようやく、カリーナの言葉がとまった。
 しかし、ルーディもカリーナが脱走をはかったとは予想していたが、まさかそれが城を抜け出すためとまでは思っていなかった。
 カリーナがいかにも当たり前のことのようにさらりと言ったので、思わず聞き逃すところだったけれど。
 それにしても、城を抜け出すなど事も無げに言ってしまえるとは、つくづくある意味ルーディの期待を裏切らない王女。
 数日前もそうだったように、今日もカリーナは一人でここへやって来たらしい。
 カリーナに気づかれないようにちらりと辺りを見まわしても、護衛官らしい姿はどこにもない。
 それに気づき、ルーディは少し腰をかがめ、視線をカリーナのそれにあわせる。
「そういえば、またお一人ですね。王族には通常、専任の護衛官がつくはずですが、カリーナ王女にはついていないのですか?」
「わたしより弱い護衛官などいらない」
 ルーディが問うと、間をおかず、カリーナはきっぱり言い切った。
 先ほどまでの憤りはなりをひそめ、得意げにふんぞり返っている。
 とりあえず、ルーディに文句を言うだけ言って、それで満足したらしい。
 なんと単純であっさりした思考の持ち主なのだろう。
 そして、カリーナのその言葉。
 それは、剣の腕が……などではなく、よく動く口が、口撃がという意味でだろう。
 身体能力でいえば、くらべるまでもなく王女が劣る。しかし、その繰り出される辛らつな言葉の数々に耐えられる者は、一体どれだけいることか……。
 その点では、たしかに並みの護衛官なら、弱い≠ニなるだろう。
 この王女は、その地位を大いに利用し、身体的でなく精神的に相手を追い詰めることを得意としているのだろう。
 ――おもしろい。
 ルーディは、わずかに口のはしをあげる。
 自分の持つものを最大限いかし、そしてそれで楽しむなどとは、なんとルーディ好みの王女なのだろうか。
 このような風変わり≠ヘ、ルーディとしては実に好ましい。
 この王女とともにいれば、きっと退屈しない。
「まあ、代わる代わるやってくるが、すべて即座に追い返している。あからさまにこびを売ってくる奴とか、なんでもかんでもはいはいときく奴は嫌いなんだ。なかには、わたしに色目を使ってくる大馬鹿者もいるな。そんな奴に守られたくはない」
 カリーナはその時のことを思い出したのだろう、眉根を寄せ、むっと頬をふくらませる。
 それは暗に、年端もいかぬ可憐な王女を今のうちに手懐けて、年頃になったら降嫁を狙う愚か者までいると言っているのだろう。
 王女を伴侶に得れば、それだけで多大な権力を手に入れられると勘違いする大馬鹿者が少なくない。
 まだ幼く純粋で、美しい王女に取り入ることは容易と判断するのだろう。
 そのために護衛官を目指す痴れ者もいるほど。
 そのため、護衛官は守る王族と特別な関係になってはいけないという規則がある。
 しかし、それも、必ずしも守られるわけではない。抜け道も用意されている。それでも、そう容易くはない。
 美しい花には必ずとげがあると知らない、愚か者のなんと多いことか。
 子猫だって、危険を感じれば牙をむく。ただし、この子猫は危険を感じずとも、気に入らなければ牙をむくようだけれど。
「それで、カリーナ王女にはいまだに専任の護衛官がいないのですね」
「ああ、そうだが……。なに? もしかして、わたし付の護衛官がいないことは、そんなに有名なのか?」
 得心したようにルーディがうなずくと、カリーナは怪訝そうに顔をゆがめた。
 さぐるように、ルーディの顔をのぞきこむ。
 ルーディの目をまっすぐ見つめるカリーナの目は、この国エメラブルー全土に広がる草原や森林のようにどこまでも澄んで美しい緑色をしている。
 ルーディはふわりと頬をほころばせ、にっこり微笑む。
「いえ……。僕もカリーナ王女に聞いてはじめて知りました。何より、カリーナ王女がこんなのとは、誰も思わないでしょう」
「こんなのだと?」
「違いますか?」
「いや、違わないな」
 ルーディはくいっと首をかしげてわざととぼけて見せる。
 すると、カリーナは一瞬ぽかんとルーディを見つめ、すぐににやりと意地が悪い笑みを浮かべた。
 それは、はじめてカリーナと会った数日前にも、ルーディに見せた年齢不相応な大人じみた笑みだった。
「ルーディ、お前、おもしろいな。わたしにそんな口をきいた奴は、護衛官長に次いで二人目だ」
 カリーナは両手を口元にそえ、先ほどの笑みが嘘のように、くすくす無邪気に笑い出す。
 それからくるりとまわり、ふわりと衣装のすそをまわせる。
 カリーナが舞うと、初夏のひだまりがこぼれ落ちてくる。
「わたしの演技は完璧だからな。誰もが騙されてくれる」
 腰をかがめたままのルーディに視線をぴたりあわせ、カリーナは楽しげに微笑んだ。
 きらきら輝くその瞳は、その言葉が嘘ではないとかたっている。
 ルーディは目を見開き、そしてすぐに微笑んだ。
 王女といえば、今年十ニになったばかりと聞く。四歳も年下のようやく幼女の域を脱したばかりの少女に、こうも楽しませられるとはルーディも思っていなかった。
 存外、噂は侮れないのかもしれない。
 可憐で、まるで天使のようとたたえられると同時に、聡明だという噂もある。
 聡明とは少し違うかもしれないけれど、それでも大人と対等に渡り合い、下手な大人なら負かしてしまうだけの知恵は持ち合わせているのだろう。
 ルーディはますます、このカリーナという王女に興味をひかれる。


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update:12/04/07