僕のきら星(4)
カリーナ姫の野望

 しとしとと雨が降る日だった。
 この雨だと、正騎士たちも屋外にある鍛錬場は使えず、屋内でそれぞれ筋力鍛錬に励んでいる。
 と見せかけて、だらだらと暇をもてあそんでいる。
 ゆっくりゆっくり、それこそなめくじが這うような速度で腹筋をしてとりあえずの体面を保っている者もいれば、もうそれすら億劫とばかりに高いびきで昼寝に興じる者もいる。
 このような雨の日は、多少さぼったところで誰もとがめたりはしない。
 何しろ、誰もが同じ気分なのだから、下手にとがめて自分に返ってきてはたまらない。
 皆、見てみぬふり。みんなでさぼれば怖くない。――ただし、上官に見つからない限り。
 そのような中、従騎士たちは武器庫や備品庫などの整理にあたらされている。
 これはある意味、現場把握と言う名のいたぶりだろう。
 しかし、従騎士たちは普段から使い走りをしているので、今さらとりたてて不平をもらす者はいない。
 言ったところで無駄だとわかっている。下手をすれば、分担を増やされる。
 従騎士たちは、だらける正騎士たちを尻目に、それぞれ言い渡された持ち場へ向かう。
 他の場所はニ三人の複数人で整理にあたっているのに、何故かルーディだけは一人で武器庫へ放り込まれた。
 それは、大いに、他の従騎士たちがルーディと同じ空間を共有することをさけた結果と言えるだろう。
 なかでも従騎士の統率者格らしい、お高くとまったどこぞの貴族の子息がそう仕向けた傾向も強いだろうけれど。
 一人武器庫へ向かうルーディを見て、嫌な笑みを口元に刻んでいた。
 しかし、それに気づいていても、ルーディはさっぱり気にしていない。
 ルーディにしてみれば、他の者がともに来られても、逆にわずらわしい。
「ルーディ、何をしている?」
 そのような時、武器庫の入り口から上体だけを見せ、カリーナがひょっこり現れた。
 どうやら、カリーナもこの雨で退屈していたらしく、暇つぶしに騎士団官舎へやって来たらしい。
 そして、いくらか探しまわったところで、ここでルーディをようやく見つけた様子。
 頬がほんの少し桃色に染まっている。
「カリーナ王女、遊びに来たのですか?」
 どさりと、矢が入った木箱を棚におき、ルーディは振り返る。
「まあ、そのようなところだ」
 カリーナはぴょんととび、隠れていた部分も出入り口に現わす。
 それから、興味深げに武器庫の中を見まわす。
 一歩、カリーナが歩みを進めると、ルーディはそれを目ざとくみとめた。
「あ、危ないので、中に入ってこないでくださいね」
「知るか」
「まったくもう。それじゃあ、気をつけてくださいね。武器には絶対に手を触れないでくださいよ」
 ぞんざいなカリーナの返答に、ルーディは早々に抗うことはあきらめた。そのかわり、注意だけは怠らない。
 まあ、注意をしたところで、カリーナには無駄だろうとわかってはいるけれど。
 カリーナはとことことルーディのもとまで歩み寄り、その手もとをのぞきこむ。
「それで、数は合うのか」
 ルーディの耳元で、カリーナがぽつりつぶやいた。
 ルーディは思わずカリーナに振り返り、ばっと目を見開く。
 すぐ目の前にカリーナの大きくてくりっとした緑の瞳を見て、わずかに頬に熱を感じた。
 さっと視線をそらす。
 そして、ひとつ小さく息を吸い込む。
 ルーディは再びカリーナに視線を戻し、得心したようにすっと口の端をあげた。
「ええ、見事に合いません」
「だろうな」
 カリーナはあっさりと言い放ち、うなずく。
 その反応に、ルーディは思わず笑みをもらしそうになる。
 やはり、この王女は面白い。そして、侮れない。
 どこまでも、ルーディの期待を裏切らない。
 そう、ルーディが一人での整理が好都合だった理由を、語らずともカリーナはわかっていたのだから。
 そして、それをわかっていて、カリーナはここにいるのだろう。
 ルーディは、武器の整理をしていると見せかけて、その実は武器の在庫数と上に報告があった納入数が一致するかを確認していた。
 入団前に入手した水増し請求の情報の真偽を、ルーディはこうして自ら確認している。
 誰に命じられたわけではないが、宰相である父親が会話の中でぼそっともらしたことは、つまりはこういうことだろうと判断した。
 そう、命じたわけではない。命じたわけではないが、あくまでルーディの独断、単独行動だが、それは国の頂点に立つ者からの指示と同等とも言える。
 また、それを見越して、父親もルーディが従騎士からはじめることを反対しなかったのだろう。そもそも、口に出さずとも互いの意思は同じだった。はっきりしていた。
 ルーディの返答に気をよくしたのだろう、カリーナは嬉々としてさらに問う。
「それで、目星はついているんだろうな?」
「もちろんです。あとは少々裏をとるだけです」
 ルーディは力強くうなずいた。
 ここまで把握しているのなら、とりたててカリーナに隠し立てする必要はないだろうと判断した。
 きっとすべてわかっていて、カリーナはこのような質問をするのだろう。ここにやって来たのも、きっと偶然ではない。
 いや、逆に変に隠してしまうと、余計ややこしいことになりそうな気がした。
 それはきっと、この王女相手では間違っていないだろう。
 たったの十ニ歳で、なかなか侮れない。見込みがある。
 ただのやたら偉そうなだけの子供ではない。その自信の裏には、しっかりと根拠がある。
 カリーナは労をねぎらうように、ルーディの肩をぽんとたたく。
 それから、鼻歌を歌いながら、楽しそうに武器庫を後にしていく。
 それだけとれば、一体何のためにこのようなところにやって来たのだろうと思うところだけれど、カリーナの意図を悟ったルーディには理解できる。
 すべて把握した上での行動なのだろう。そして、カリーナの意思もまた、恐らくルーディと同じ。
 つくづく、ただの王女で終わらせるには惜しい存在。
 王と、そして若いながらに切れ者とうたわれるあの王太子に溺愛されるだけはある。
 そして、もうひとつ。カリーナを侮れないとルーディが感じた理由。
 カリーナもまた、ルーディがたんなる気まぐれで従騎士になったのではないと気づいた一人だった。
 従騎士は、使い走りという立場から、たいていどこに姿があっても疑われることはない。誰かの手伝いだろうですまされる。
 下手な幹部より自由に動きまわれる。これほど今のルーディにとって役立つ立場はない。
 その行動から、変わり者とさっさと片づける者は多いが、ルーディの本当の目的に気づく者はそういない。
 このような愚鈍な男に何ができると、面白いくらいに侮っている。
 そして、ルーディが何をしようとしているのか気づいてなお、カリーナは面白がっている。
 多くを語らずとも、いや、何も言わずとも、こうして会話が成立してしまっている時点で、間違いない。
 王女は一体どこまで知っているのか……。
 なんとも聡く、そして侮れない姫君。
 ただ美しい人形のように、守られているだけの王女ではない。
 実に面白い。
 ルーディは思わず、くすりと声をもらしていた。
 鉄格子がはめられた武器庫の窓の向こうでは、変わらずしとしと雨が降っている。
 ――夕刻、武具購入担当者、財務担当者、大臣の一人が罷免された。


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update:12/04/11