僕のきら星(5)
カリーナ姫の野望

 翌日。
 昨日の雨が嘘のように、青空が広がっている。
 あれだけ雨が降ったのだから、地面はぬかるんでいるだろうと思ったが、目覚めた時には多少湿り気を帯びているだけで、雨水はほとんどはけていた。
 騎士団の鍛錬場においては、地面は素焼き煉瓦敷きということもあり、すっかり乾いている。
 この分だと、鍛錬に何の支障もない。
 かねてからの予定通り、今日は正騎士たちが従騎士たちへ稽古をつける日となっている。
 数少ない正騎士たちとの手合わせの機会とあり、そしていつもより長く鍛錬場が使えるとあり、従騎士たちはどことなくそわそわと落ち着きがない。
 王城勤めは騎士団の中においても選ばれた者たちが配属されているので、総じて水準が高い。
 そのはずなので、ここにもの好きな重臣の見学があっても不思議ではないだろう。
「みなさん、お疲れ様です」
 しかし、そう言って現れたのは重臣ではなく、可憐な少女だった。
 その背後には、騎士たちの間ではよく顔を知られている護衛官長の姿がある。
 少女に付き従うように控えている。
 護衛官長を従えられる少女といえば決まっている。現在、エメラブルーには一人しかいない。
 誰からともなく「王女がやって来た」とざわめきが起こる。
 その想像すらしていなかった見学者に、誰もが驚きをあらわにしている。
 今日の訓練の確認をしていたのだろう、カリーナに背を向けて話し込んでいたこの現場を束ねる隊長らしき中年の男が、慌ててカリーナに駆け寄る。
 そして、目の前までやってくると、片膝をつき礼をとる。
 それを見て、唖然とその場につったっていた騎士たちも慌てて騎士の礼をとる。
「隊長殿、堅苦しいあいさつは抜きにしましょう。みなさんも楽になさって。急にお邪魔したのはわたしの方なのですから」
 カリーナは、緊張にわななく騎士たちを笑顔でやんわりと制する。
 その少女らしからぬどこか妖艶ささえ感じさせるカリーナの笑みに、若い騎士たちのほとんどが、突然やってきた王女にぽやんと見とれる。
 王と王太子が溺愛しているという噂は伊達ではなかったと、数多の目が興奮気味に語っている。
「は、はい。ありがとうございます」
「少し見学をしていってもよろしいかしら? 隊長殿」
「もちろんです」
 慌てて答える隊長にカリーナがにっこり笑って告げれば、さらに力強く返答する。
 カリーナは満足そうにうなずいた。
 そして、控える護衛官長に手で合図をして、見学に最適な場所へと案内させる。
 その流れるような一連の動作に、若い騎士たちはやはりぽうとみほれていた。
 彼らより何歳も年下の少女に、皆目を奪われている。
 同時に、カリーナのその言葉で、先ほどよりも大きなざわめきが起こった。
 騎士たちは、王女にいいところを見せようとばかりに、目を輝かせ意気込む。
 しかし、その中においても、ごくごく一部の者は何故か顔をひきつらせていた。
 どうやら、彼らは王女の本当≠知っているのだろう。彼らの中に年若い者がいないという辺りから、間違いない。
 そうして、麗しの王女が見守る中、若い騎士たちの訓練がはじまった。
 場所に限りがあるので、全員同時にというわけにはいかない。
 いくらかの組に分かれて、順に稽古をつけていく。
 まずは一組目、そして二組目、三組目とつづいた頃だった。
 直射日光をさけた壁の影で、退屈そうに順番待ちをする男をカリーナは目にとめる。
 何故かカリーナを囲みたがろうとする騎士たちのために、先ほどから探していたがなかなか見つけられなかった男をようやくみつけ、カリーナはすっと目を細める。
 すると、その男――ルーディもそれを待っていたのだろう、カリーナの視線に気づくと小さくうなずいた。
 そして、何気ない様子でカリーナのもとへ歩いて行き、横にすっと寄る。
 瞬間、男たちの嫉妬と悔しさが入り混じった音にならない悲鳴が上がった。
 ルーディがすぐ横に来たことを確認し、カリーナはぼそりつぶやく。
「あれで副隊長か? 駄目だな、使えない」
 目をすがめ不服そうにはき捨てるカリーナに、ルーディは声を殺し事も無げにさらっと答える。
「仕方がありませんよ、親のこねで手に入れた地位ですからね」
「やっぱりな」
 汚らわしそうに言い放つカリーナに、ルーディはおもしろいおもちゃを見つけたようににっこり笑った。
 カリーナの興味は他に移ったらしく、その話はそこですっぱり切り、今度は別の方向へ視線を向けにっと笑みを刻む。
「お? あれはなかなか見込みがあるな。あれは準騎士か?」
「そうですね。本来ならそれ以上の実力を持ちながら、なかなか正騎士になれないようですよ」
「よし、団長のおやじの仕事の邪魔でもしてくるか」
 ルーディがうなずき答えると、カリーナはぽんと手を打ち鳴らした。
 カリーナはにいと笑うと、ぽんとルーディの肩に手を置き、満足したとばかりにくるりと身を翻す。
 そして、護衛官長をつれて、意気揚々と鍛錬場を去っていく。
 ルーディは剣を交わす同僚たちをまっすぐ眺め、くすりと小さく笑った。
 はてさて、カリーナは一体どのようないたずらをして団長の邪魔をするのか。
 ルーディは想像するだけで楽しくなってくる。
 カリーナ王女とは、とんでもなく気分屋。
 あきたらぽいっと捨てて、次の楽しめそうなものへすすんでいく。
 ルーディは胸の内で、くすくす笑い続ける。
 それまでの様子を、刃をつぶした訓練用の剣を交えながら、いまいましげに視線のはしにとらえる従騎士がいた。
「……あの男、許さない」
 ぼそりつぶやくと、腹いせとばかりに、剣を交えていた同期で舎弟の従騎士の腹に、思い切り剣を打ち込んだ。
 同時にその舎弟は、その場に崩れ落ちる。その姿を、汚らわしそうに見下ろす。
 カリーナ退場に気づいた若い騎士の何人かは、残念そうに、名残惜しそうにその可憐な後ろ姿を見送っていた。
 ――数日後、急な配置転換が行われた。
 親の力で副隊長についていた男と、その男に陰で嫌がらせを受けていた準騎士の立場が逆転した。
 どうやら、カリーナの団長の邪魔は見事に成果を得たらしい。


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update:12/04/19