僕のきら星(6)
カリーナ姫の野望

「ルーディ・オブライエン」
 いつものように、副団長の小間使いよろしく大量の書類を将官それぞれに配布し、従騎士たちが詰める場へ戻ろう外廊を急いでいる時だった。
 ルーディはふいに、背後からそう声をかけられた。
 そのねっとりまとわりつくような耳障りな声に、ルーディは遠慮なく眉根を寄せる。
 しかし、ここで振り返らないわけにもいかず、とりあえず、いやいやながら渋々振り返る。
 するとそこには、予想通りの顔があった。
 ルーディと同じ従騎士で、ルーディとは違い、親の力で王城勤務についた、貴族ということを鼻にかける嫌な男だった。
 その背後には、従騎士でありながら、舎弟を三人ほど従えている。
 その舎弟もまた、親の力でともに引っ張ってきた男たち。
 親の力でも、どうやら従騎士をとばすことはできない程度に、出来はよろしくないらしい。
 よほどでない限り、貴族ならば通常、従騎士は免除される。
「……何ですか?」
 不機嫌をあからさまににじませ、ルーディは答える。
 すると、その態度だけで十分に相手のいい刺激になったのか、いきなりルーディの胸倉をつかみ、そのまますぐそばの柱に背を打ちつけた。
 たいした衝撃はなかったけれど、しかし痛みを感じないわけではない。ルーディはわずかに顔をしかめる。
「貴様、生意気なんだよ。公爵家の次男坊だからといって、俺たちを馬鹿にしているのか」
 男はつかむルーディの胸倉をぐいぐいしめあげていく。
 ――一般的に、公爵家の子息ともなれば、騎士になどならない。
 なったとしても、士官学校を出て幹部候補生として入団する。
 それが、よりにもよって男たちと同じ従騎士を希望したというから、どれ程人を馬鹿にしていることか。
 男は望んでも、従騎士免除を却下された。
 ルーディも仕官学校を出たけれど、出世過程を蹴って、気楽に騎士をしているのが気に入らない。
 どうやらそれが、今ルーディにつっかかる男の言い分らしい。
 ルーディにとっては、その言いがかりは想定内らしく、胸倉をつかまれののしられながらも、涼しい顔をしている。
 しかし、それがさらに男の気を逆なでる。
「いくら父親が宰相だからといって、カリーナ王女と馴れ馴れしくしすぎなんだよ。遊びで騎士になるな。調子に乗るなよ!」
 一度つかむ胸倉をひきもどし、そしてすぐに勢いよくルーディを柱に打ちつける。
 かと思うと、ルーディから振り払うように乱暴に手をはなした。
 そして、小さくこほっと咳をするルーディへ向かい、腰にはいていた剣をすらりと引き抜く。
 ルーディは怪訝に顔をゆがめ、無言でその様子を見る。
 ルーディの銀の髪を、風がさらりと揺らしていく。
 剣をぬいたことを見て、舎弟たちはさっと顔色を変え、うろたえる。
 さすがにここで刀傷沙汰はよろしくない。
 慌ててとめようと手をのばす舎弟たちを振り払い、男は抜き身の剣をルーディの胸元へ突きつける。
「……許さない。貴様など、この剣の錆にしてくれる」
 地を這うような禍々しい声音で、男はぼそりつぶやく。
 しかし、それでもルーディには動じる様子はない。
 剣をつきつけられてもなお、自らの腰のものには手を触れようとさえしない。
 ふうと、呆れたようなため息をひとつつく。
 その態度に、男はついに我慢ならなくなったのか、かっと目を見開き剣を振り上げた。
 そのまま振り下ろされれば、間違いなくルーディは大怪我を負うという時だった。
「そこまでだ」
 外廊に響き渡るように、凛とした声がもたらされた。
 その鈴を転がしたようでかわいらしい声に、誰もが声がした方へばっと振り返る。
 するとそこには、難しく顔をゆがめた王女が立っていた。
 柱に片手をつき、今まさしくそこから現れたよう。
 そのすぐ向こうから、駆け寄ってくる護衛官長の姿が見える。
 どうやらまた、勉強の時間か何かから抜け出してきたのだろう。
 いきなりあらわれたカリーナに、男は明らかなうろたえの色を見せる。
 舎弟たちなどは、あわあわとその場で慌てふためている。
 見られてはいけない現場を、見られてはいけない相手に見られてしまった。これは身の破滅だとでも言うように。
「騎士団内での私闘は懲罰だぞ」
 カリーナは剣をつきつけられるルーディへつかつか歩み寄り、その腰にはいた剣を鞘ごと奪い取る。
「貸せ」
 そして、そのまま剣を振り上げ、ルーディに剣をつきつける男の頬を、力いっぱいなぐりつけた。
 その拍子に、男の手から剣が落ちる。
 けたたましいかわいた音が、外廊に響き渡る。
 同時に、やってきた護衛官長が、無言で床に落ちた抜き身の剣を回収する。
 頬をぶたれた勢いで、男は外廊に倒れこんでいた。
 ルーディの足元で、あっけにとられたようにぽかんと、剣を持つ手の肩をまわすカリーナを見上げる。
 それを蔑むように一瞥して、カリーナはさっと背を向ける。
「ルーディ、来い」
 カリーナはくいっとあごをしゃくり、ルーディに合図を送る。
 ルーディはうなずくと、素直にカリーナの後へつづく。
 カリーナの背につく直前、ちらりと倒れこむ男を見下ろし、冷たく侮蔑をこめた視線を流した。
 男がいまいましげに、握り拳を床にひとつ打ちつけた。
 舎弟たちはただただ呆然と、そこに突っ立ているだけだった。
 カリーナ、ルーディと去り、そしてその場に残る男たちを確認するように見て、護衛官長も二人の後へ続いていく。
 彼らにはもう、ルーディの後を追って何かをしようという気力はないと判断したのだろう。


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update:12/04/25