僕のきら星(7)
カリーナ姫の野望

 騎士団官舎から去り、王宮へとすたすた歩いている時だった。
 カリーナが向かう先には、護衛官官舎がある。
 その性質上、普段王族が住まう宮殿――奥宮にいちばん近い位置におかれている。
 カリーナはふいにぴたり足をとめると、くるりと振り返った。
 そして、持ったままになっていたルーディの剣を、その胸にぐいっと押しつける。
 勢いにおされるように、ルーディは素直に剣を受け取る。
 もともとルーディの剣で、しかも騎士であるのに、このように長い時間その身からはなしていること自体がまれなこと。騎士としてはあり得ないとも言える。
 自らの得物を他人に貸し与えるなど言語道断。
 しかし、ルーディは何故か、騎士の命ともいえる剣を手放しカリーナに預けていても、不安はなかった。
 こうしてカリーナに返されるまで、そのことを忘れてすらいたほどだった。
 そのような自らに胸の内で苦笑しながら、返された剣を腰に戻していく。
「ルーディ、お前、わたしの護衛官になれ」
「は!?」
 剣を戻すために、わずかカリーナから視線をはずした時、研ぎ澄まされたような声がルーディの脳天を打った。
 ルーディは思わずばっと顔をあげ、目を見開きカリーナを見つめる。
 まぬけに、口がぽかんと開く。
 しかし、カリーナはそのようなルーディに気づかず、その胸をかるく握った拳でぽんとぶった。
「いいな、お前に拒否権はない」
「はあ……」
 自信たっぷりに告げるカリーナに、ルーディはやはりあっけにとられたように気のない返事をするしかなかった。
 どうにも反応薄なルーディの様子に、カリーナはむっと唇をとがらせる。
 かと思うと、悪巧みを思いついたように、にっと口のはしをあげた。
「群れるのは嫌いだろう?」
 カリーナは確信めいてきっぱり言い放つ。
 ルーディはまた瞠目し、まじまじとカリーナを見つめる。
 その顔は、次第に面白そうな新しいおもちゃを手に入れたように、きらきら輝きだす。
 得意げに微笑むその顔の、なんと憎らしいことか。
 何しろ、それは間違っていないのだから。
 見る者が見れば簡単にわかるだろうけれど、たいていはそれに気づくことはない。
 カリーナはルーディの胸に打ちつけたままになっていた拳から人差し指だけ立て、今度はそれで胸の真ん中をつんとつく。
 まるでルーディの胸の内などすべてお見通しだとでも言わんばかりに微笑んでいる。
「それに、お前といたずらをしたら愉しそうだ」
 そう言って、カリーナはころころ笑い出す。
 その言葉通り愉しそうに笑うカリーナの姿を見てしまうと、ルーディは不覚にも顔をほころばせてしまっていた。
 この王女にはかなわないと、そっと吐息をもらす。
 目を細め、まぶしそうにカリーナを見つめる。
 どうして、カリーナはルーディの真実をあばき、そして欲しい言葉を発するのか。
 それは、ルーディには極上の誘惑の言葉に聞こえた。
 カリーナは、ルーディがずっと欲していた言葉をもたらした。
 甘い蜜をちらつかされて、惑わされない蝶がどこにいよう。
 ルーディの心は、まさしくそれだった。
 カリーナとともにいれば、ルーディは間違いなく退屈を知ることはないだろう。
 気づけば、ルーディは深くうなずいていた。
 カリーナはまるで、闇夜に忽然と現れ、ずかずか歩み寄り、ふてぶてしいまでにルーディの心に存在を主張するきら星。
 ルーディはまぶしそうに、先を行くカリーナの背を見つめる。
 少しはなれ控えていた護衛官長が、困ったように眉尻をさげつつも見守るように二人を見ている。
 それはすなわち、護衛官長も承諾したということだろう。
 まあ、カリーナ相手に反対したところで無駄だとわかっている上、ようやく見つけたカリーナ専属護衛官、この機会を逃してなるものかという気持ちも大いにはたらいていたのだろう。
 その数時間後には、王の承認をとりつけていたくらいだから。


 三日後、ルーディは騎士団を退団し、護衛官に任ぜられていた。
 私闘騒ぎを起こした男は、カリーナにより頬骨と鼻骨骨折、そして仲間たちとともに三ヶ月の謹慎、ルーディもまた三日の謹慎を言い渡された。
 ルーディにとっては、何とも理不尽な処分ではあるだろう。
 しかし、カリーナがあそこで手をあげていなければ、今頃は全員除隊処分を受けていただろう。
 そこで、騒動を耳にした者たちは、王女は英断を下したと賞賛している。
 真実はどうあれ、一方が剣を抜いた時点で、それは私闘とみなされてしまう。
 それが、謹慎だけで済んだのだから、どれだけ軽い処分だったか。
 幸い、ルーディが剣を抜かなかったことも大きく影響したとも言えるだろうけれど。
 ルーディにとっては、とんだ迷惑だろう。
 そうして、謹慎があけると同時に、ルーディはカリーナに呼び出され、現在、王女の私室にいる。
 長椅子にこれでもかというほどふてぶてしくふんぞり返り、生意気そうな目がその前で直立するルーディの姿をとらえる。
「ルーディ、悪いな。どうしてもお前だけ処分なしにはできなかったんだ。示しがつかないからな」
「いえ、十分です。ありがとうございます」
 さっぱり悪いなど思っていない態度で、カリーナは相変わらずふてぶてしく言い放つ。
 しかし、ルーディにはそれで十分だった。
 カリーナは悪いなどと思わなくていいのだから。
 あの時点で、剣をつきつけられた時点で、ルーディはある程度の処分を覚悟していた。
 それが、三日の謹慎処分で済んだのだから、軽すぎるくらいだろう。異例もいいところだろう。
 あそこでカリーナがとめに入らなければ、果たして今頃はどうなっていたことか。
 ルーディはふんぞり返るカリーナに、深く頭を下げる。
 けれど、その結果、ルーディは騎士の位を失うことになり、護衛官についてしまったのだから、果たしてよかったのかどうかは判断が難しいだろう。
 騎士団に入団した目的が目的なだけに、それは思い切り悩むところ。
 まあしかし、この短期間でもある程度うみは出したのだから、後は志があるお偉方が何とかするだろう。
 また、護衛官だからといって手を出せないわけではなく、護衛官だからこそできることもある。
 そう思うと、この任は決して悪いものではない。むしろ、ルーディにとっては、願ったり叶ったりかもしれない。
 何より、この王女のそばにいることができる。この王女とともにいれば、ルーディは退屈を知ることはないだろう。
 そうして覚悟を決め、ルーディは今ここに立っている。
「きっと、これで奴らも多少は大人しくなるだろう。――いや、三ヶ月後が楽しみだな。愚かにも謹慎があけて戻ってきた時には、ともに楽しもうではないか?」
「……はい、カリーナ姫。僕――いや、わたしもとっても楽しみです」
 にやりと意地悪く微笑むカリーナに、ルーディも不気味ににっこり微笑んだ。
 この王女といると、きっと毎日が楽しいだろう。
 これから起こるだろうことを想像して、ルーディは思わず笑みをこぼす。
 そう、騎士でなくなったことはおしいことに違いはないが、それ以上に楽しめそうなものを手に入れたのだから、結果よかったのだろう。
 別に騎士でなくとも、護衛官でもルーディさえその気になれば、より楽しめる。
 ルーディが一皮むけた、いや、本領発揮開始の瞬間だった。
 カリーナはにっこり笑うルーディにぴしっと人差し指をつきつけ、得意げににっと笑う。
「とりあえず、ひと月半後の城内馬上槍試合で暴れて来い」
「御意に」
 それが、護衛官ルーディに下された、王女カリーナの最初の命令だった。
 結果は、もちろん、向かうところ敵なしで、ルーディがあっさり優勝をさらっていった。
 それを期に、ルーディに嫌がらせをしていた者たちもぴたりと口をつぐんだ。それどころか、ルーディを見るとそそくさ逃げていく。もちろん、カリーナを見ても同様だった。
 そうして気づけば、カリーナとルーディは、王宮で最凶の暴れん坊の名をほしいままにしていくことになる。
 この小さな姫君こそが、ルーディにとっては、きら星。


僕のきら星 おわり

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update:12/04/30