地上の太陽(1)
カリーナ姫の野望

 城門へ続くその緑の小道に、ひとつに結った艶やかな黒髪を風になびかせ駆ける少女の姿がある。
 時折辺りを警戒しているようではあるが、決して人目を忍んでいるふうではない。
 堂々と、けれど何かにひどく怯えている。
 すぐそこにある花の宴の庭と呼ばれる庭園を横目に、ようやく目指す通用門が見えてきた時だった。
 駆ける少女の首根っこが、突如ぐいっと後ろへ引かれた。
 同時に、大陸の北のそのまた北、海を渡ったところにあると聞く永久凍土のような恐ろしく凍える声が降り注ぐ。
「姫、どちらへとんずらするつもりですか」
 その声の持ち主にとっても覚えがある少女――カリーナは、ひくりと頬をひきつらせた。
「姫ももう十六、子供ではないのですから、そろそろ自重してください」
 耳元で、体の芯からぞくりとする声をささやかれる。
 そう、カリーナは今日もまた、ほぼ日課の王宮脱出を試み、あと一歩というところで、口うるさい護衛官に捕まってしまった。
 しかし、捕まったところで、「じゃあ、一緒に来い」とカリーナが言えば、堂々と王宮から脱走できるのだけれど。
 口うるさい護衛官長を説き伏せて、護衛付でなら城下へ行ってもいいという妥協を奪い取っている。
 このカイという護衛官は一年前に、カリーナのちょっとした気まぐれで召抱えてからずっと変わらない。
 カリーナのお願い≠ノはさからえたためしがない。
 なんとも(都合の)いい護衛官を手に入れたものだと、カリーナは今さらながらに当時の自分を褒め称える。
 しかし、カリーナは違和感を覚える。
 なんだか、今日のカイはいつもと違う。
 普段のカイなら、嘆き叫びうるさいだけだが、今日は真冬の凍りかけた池の中に突き落とされたような寒さがある。
 それに、普段のカイなら、暴れ馬だの大人しくしろだのは言っても、決して年齢を引き合いに出したり、自重しろなどとは言ったりしない。
 カリーナの脱走を自重しろ≠フ言葉で片づけたりせず、文句を言いつつもカリーナとともに城下へ赴く。
 カリーナは眉間にしわを寄せ、訝しげにくいっと首をかしげる。
「ん? カイ、今日はやけに機嫌が悪いな。どうした? 悪い物でも食べたのか?」
「姫と一緒にしないでください」
 カイは不服そうに吐き捨てながら、つかんでいたカリーナの首根っこをぽいっと放りなげる。
 カイから解放され、カリーナはこれ見よがしに首根っこをすりすりさする。
 すると、ルーディがようやく追いついてきて、にやにや笑いながらカリーナに顔を寄せた。
「それはですね、カイはあの噂で――」
「ルーディ!!」
 瞬間、何かにひどく怯えたように、カイが絶叫した。
「……噂?」
 先ほどとはかわりうろたえたようなカイの姿に、カリーナは怪訝に首をかしげる。
「おや? 姫様」
 そこへ、のんびりとした声がかかる。
 カリーナが声がした方へ振り向くと、花の宴の庭から銀髪の青年がゆったりと歩み出てきた。
 この国では珍しい銀の髪が、陽光を受けきらきら光っている。
 ルーディも見事な銀髪だけれど、それよりは少しくすんだ色をしている。それでも、つややかさは劣ってはいない。
「あ、ルーファス」
 銀髪の青年と顔見知りのようで、その姿を認めると、カリーナはふっと口元をゆるめた。
 カイにまとわりつく空気が、いちだんと冷たくなった。いや、猛吹雪を起こす。
「また脱走しようとして捕まったのですか?」
 カリーナに寄せるルーディの顔をさりげなくおしのけ、ルーファスはにっこり微笑む。
 カリーナの頬がむっとふくらむ。
「違う。見聞を深めに行こうとしたところを邪魔されたんだ」
「それを、一般的には脱走というのですよ。……まあ、とめはしませんけれどね、面倒ですし。さっぱり王女らしくない姫様ですから、たとえ城下をうろついていたところで、誰も見咎めたりはしないでしょうし」
 さもどうでもよさそうに、ルーファスはさらっと言い放つ。
 その横ではルーディが、まさしくその通りとでも言いたげに微笑んでいる。
 カイは相変わらず人間吹雪状態で、何故か現れたルーファスをいまいましげににらみつけている。
 そのにらみだけで、ルーファスを凍らせてしまいそうなほどするどく厳しい。
 けれど、ルーファスは気にしたふうなく、にこにこ笑っている。
「……ルーファス、お前、喧嘩を売っているのか?」
「いえ?」
 カイの吹雪がうつったのか、カリーナがひくりと頬をひきつらせてにらみつけると、ルーファスはやっぱりさらっと言い放ち、にっこり微笑んだ。
 小首をかしげたその様が、なんと憎らしいことか。
「その通りです。姫、兄は決して喧嘩など売っていませんよ。カイが困るところを見て楽しんでいるだけです」
「なんだ、そうか」
 くすくす笑いながら、ルーディがそう口ぞえする。
 するとカリーナは、今度は何故かあっさり納得しうなずく。
 そう、ルーファスの人を逆なでするようなその言動、微笑み、どこかルーディに通じるところがあると思えば、二人は血を分けた紛うかたなき兄弟。
 まぶしいほどの銀髪を並べ、人を馬鹿にしたようなにこにこ微笑むその様は、間違いなく二人は兄弟だと語っている。それ以外であってはたまらない。
「姫、そこで納得しないでください! それにルーファス殿もルーディも楽しむな!」
「いやー、事実だし?」
 カイが悲鳴まじりの絶叫をあげれば、ルーファスは首をかしげてけろっと言い放つ。
「だから、この兄弟は嫌いなんだ!」
「いやー、照れますね」
 そして、またカイが叫べば、ルーファスとルーディは二人そろって、その言葉通り照れたふうを装う。
 その目は思い切り楽しげに細められている。
 カイはカリーナだけでなく、ルーファス、ルーディ兄弟にもいじられ遊ばれているらしい。
 そのような二人の横で、カリーナは妙に得心したようにうなずく。
「ふむ。やはり、似たもの兄弟(同士)だな」
「だから姫、納得しないでくださいってば!!」
 カイが悲鳴を上げながらカリーナに迫っていく。
 今にも涙と鼻水にぬれそうな残念なカイのその顔を、カリーナは眉根を寄せうっとうしそうにべしっと押しやる。


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update:13/05/08