地上の太陽(2)
カリーナ姫の野望

「ところで、ルーファス、面白いことを小耳に挟んだのだが」
「何でしょう?」
 カイを押しのけた手をふりふりふるカリーナへ、興味深そうにルーファスが視線を向ける。
 するとカリーナは、うっとりするほどかわいらしくにっこり微笑んだ。
 もちろん、その目は意地悪くきらり光っている。
 カリーナは近寄るルーファスの右腕を、するりと抱き寄せた。
 そして、上目遣いにルーファスを見る。
「ルーファス、お前、わたしの夫候補らしいな?」
「そのようですね」
 間髪をいれず、ルーファスはさらりと答え、にっこり微笑む。
 ルーファスもまた、いい暇つぶしが向こうから転がり込んできたとでもいうように、楽しげに笑っている。
 それから二人、互いの意思を確認するように見つめあったかと思うと、はははははと乾いた笑い声をあげ、同時に豪快にきっぱり言い放った。
「絶対にあり得んな」
「絶対にあり得ませんね」
 そう、それは、近頃王宮で噂になっていること。
「こんな鬼畜嫌だ」
「奇遇ですね。わたしもこんな暴れ馬は願い下げです」
 カリーナがルーファスにびしっと指をつきつけはき捨てる。
 するとルーファスも、どこかどす黒いものを放ちつつさわやかに微笑んだ。
 今日のカイがどこかおかしかったのも、この噂によるものだった。噂を耳にした瞬間から、カイの機嫌はすこぶる悪い。
 それをルーディが、噂を知らないらしいカリーナに言おうとしたので、とどめをさされたくないカイは絶叫で遮っていた。
 噂ならまだしも、カリーナ自らそれを肯定されたら、カイは何のためにエメラブルーにとどまり、カリーナの護衛官をしているのかわからなくなる。
 同時に、きっと、立ち直れないほど打ちのめされるだろう。それを恐れひどく怯えていた。
 けれど、カイが恐れるその噂は、カリーナも知るところで、かつ、それをきっぱり否定し楽しんでいる。
 カリーナのその反応に、カイは心の底から安堵する。
 噂は所詮噂で、カリーナはルーファスを拒否した。
 単純だけれど、そのようなたった一言で、これまで思い煩っていたのが愚かに思えるほど、カイの心は落ち着き、同時に機嫌も上昇していく。
「なんだ、気が合うな」
「ええ、まるで前世からの縁のように」
 カリーナがにっと笑えば、ルーファスはふわりと笑う。
 そしてまた、二人は楽しげにくすくす笑い出す。
 その様子だけ見れば二人は仲がよいように見えるだろうが、その口から飛び出す言葉は決してそれではない。
 だからと言って、実際二人は犬猿の仲などではなく、どちらかといえば馬が合い、やはり仲がいいのだろう。
 それは、カリーナとルーディのような意味での仲良し、……悪巧み仲間。 
 カリーナも十六ともなれば、そろそろ婚姻を意識しなければならない年齢。
 夫候補の一人や二人、名があがってきたところで何ら不思議はない。
 また、そのような噂が広まっても、カリーナが王女である限りやはり不思議ではない。
 ただ、相手がルーファスという辺りが、妙に信憑性があり、誰もが噂にとどまらないだろうと思いはじめているところだった。
 ルーファスといえば、名門公爵家嫡男で、現在宰相補佐に就いている。
 やはり適齢期であるその青年が、王も王太子も溺愛しているという王女の婿候補として名があがることは不思議ではない。
 むしろ、当然のことと言えるだろう。
 王も王太子もその溺愛ぶりから、王女を決して他国へは嫁がせないだろうといわれている。
 ならば、近しいところに嫁がせ、いつでもその愛らしい姿を見られる距離に留め置くだろう。
 そう、大貴族で、彼らの手の内の男のもとへ嫁がせることは、至極当然のこと。
 身分血筋に問題なく王や王太子の覚えめでたいというなら、弟のルーディでもかまわないかもしれないが、それでは少し頼りない。やはり、将来公爵位を継ぐ嫡男が望ましい。
 ルーファス以上に最適な者はいない。
 そこで、噂は噂にとどまらず、すでに決定事項として、近頃王宮では一人歩きをはじめていた。
 それにまんまと騙された一人が、カイだろう。
 カイの場合は、王や王太子に劣らぬ溺愛ぶりのために、その噂を聞いた瞬間理性が吹っ飛び、冷静な判断ができなくなっていただけだろうけれど。
 胸をなでおろすカイに気づき、カリーナは頬をゆるませ目を細めた。
 そのようなカリーナに気づき、ルーディとルーファスも微笑ましそうに見つめる。
 カリーナのカイを見る目が、他の者を見る目と違うことを、二人はもうずっと以前から気づいている。
 さあて、またカイでもからかって遊ぶかと、安堵の笑みを浮かべるカイのもとへカリーナが足を踏み出した時だった。
 カイを通り越して、視界の向こうに目がとまった。
 訓練場でもないのに、守備官らしい男たちが林の手前でじゃれている。
「ん? あれは?」
 カリーナはその一団を指差し、カイを見上げる。
 指差したそこには、群がる男たちを投げ飛ばし、豪快に笑う男がいる。
 投げ飛ばされた男たちも皆、わはははと楽しげに笑い声を上げている。
 どうやら、訓練の延長で遊んでいるらしい。
 そう、まさしくそれは、訓練ではなくじゃれて遊んでいるとしか言えない。
 やけにその男だけが悪目立ちしているので、カリーナの視線も自然そこへ注がれる。
 カイはふと気づいたように、カリーナが示す方へ視線を向ける。
「あれは、ラルフ・カーヴァー。王都守備官第五部隊隊長ですよ」
「ああ、あれがあの三日月ラルフか!」
 カイの言葉を聞き、カリーナはぱっと目を見開きぽんと手をうった。
 どうやらその名は、カリーナも知るところだったらしい。
 しかし顔は知らず、カイの言葉で今ふたつが一致した。
 よく見ればたしかに、三日月ラルフ≠フ所以である三日月形の傷が、左頬にしっかり刻まれている。


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update:13/05/15