地上の太陽(3)
カリーナ姫の野望

「ルーファス、相変わらず暇そうだな」
 文官棟と武官棟を結ぶ渡り廊下で見知った青年――よい遊び相手を見つけて、カリーナは声をかけた。
 差し込む昼下がりの陽光が、ほどよくカリーナたちを包み込んでいる。
 よく磨きこまれた白い石の柱や床に反射して、きらきら輝く。
 すぐ横に広がる緑の林からは、小鳥のさえずりが聞こえてくる。
「姫様ほどではありませんよ」
 立ち止まり振り向き、ルーファスはにっこり微笑む。
 そこへ、カリーナがとてとて歩み寄る。
 その後には、お決まりの護衛官二人がつき従っている。
 お決まりというのもその通りだろう。
 何しろ、この手を焼く王女様には、この二人以外護衛官はいない。
 それは、王女が軽んじられているからという、いかにも王宮でありそうな理由などではなく、王女自らいたぶりいびり倒して、ついた護衛官を辞めさせている。
 どちらかというと、不遇やら薄幸という修飾でなく、溺愛やら自由きままという修飾がふさわしい王女。
 カリーナほどしたい放題の王女は、諸国を探してもまあ、見つからないだろう。
 ルーファスの言葉に不満げに眉根をよせ、カリーナは腰に片手をあてふんぞり返る。
「失敬な。わたしは忙しくて困るほどだぞ。……カイをいじめたりカイをいびったりカイをいたぶったりしてな」
「全部カイいじりですか……」
 得意げににっと笑うカリーナに、ルーファスはがっくり肩を落とす。
 たしかに、カリーナが忙しくする理由といえば、そのようなものだろう。
 カイいじりに王宮脱走、いたずらに迷惑をばらまく等々、まあ、とうてい一国の王女の所業とは思えないものばかり。
 他国の王女と親交を深めたり教養にみがきをかけたりなどといったことは一切しない。
 どちらかというと、兄王子の後をついて、剣術の稽古をしたり政治経済の授業を受けたりと、王女には必要のないことばかりをしてきたように思う。
 現在はその王子は、趣味の諸国放浪という外遊に出ているので、一緒に遊ぶことができず、こうして暇つぶしになりそうなことを探して、王宮内や城下ところ狭しと歩きまわっている。
 そして、一度面白そうだと目をつけると、獲物に喰らいついた蛇のように、丸呑みにしてしまうまではなさない。
 そのいい例が、カリーナの護衛官であるカイだろう。
 一年ほど前城下で拾ってきてから、いいおもちゃとして扱われている。
 そのおかげで、一年ほど前から、王宮内での王女の暴挙による被害が減ったというから、まったくありがたい話。
 目をきらきら輝かせ、何かおもしろいことはないかと期待に胸をおどらせるカリーナの姿を見て、ルーファスはふと思い出したように「そういえば……」とつぶやく。
 ルーファスは両手で抱えていた書類の束を左手だけで抱えなおし、右手の人差し指をぴっと立ててみせる。
「そうそう、それより、ちょっとおもしろそうなことがあるんですが、姫様ものりますか?」
「ん? おもしろそうなこと? それはなんだ?」
 カリーナはぱっと目を見開き、期待に満ちた眼差しでルーファスを見つめる。
 気のせいか、その頭には耳、背後にはぶんぶん振られるしっぽが見える。
 まるで大好きでたまらないご主人様に遊んでもらっている子犬のような喜びよう。
 ルーファスは思わず、カリーナに気づかれぬように微笑まじりの吐息をもらす。
 どんなにはちゃめちゃだと言われても、カイやルーディがカリーナの護衛官を辞めない理由が、ルーファスもなんとなくわかるような気がする。
 カリーナは、心を許した相手には、どこまでもかわいらしい反応をするのだから。
 人に決してなつかず牙を剥く山猫が、自分にだけはのどをごろごろ鳴らし甘えてくるようにすら見える。
 それが、どれほど胸躍らせ優越感を与えるものか……。
 だから、王や王太子も、この王女を溺愛するのだろう。
 くすりと声をもらし、ルーファスはにっこり笑ってみせる。
「姫様がとっても喜ぶことですよ」
「それは聞き捨てならんな。是非ともともに遊ぼうではないか」
 カリーナはにやりと笑い、ルーファスにずいっと身を寄せる。
 それに、ルーファスはこくりうなずく。
「では、遊びの邪魔をされてはたまりませんので……」
「ああ、人気がないところに」
 ルーファスもゆっくりうなずき、カリーナに右手を差し出す。
 カリーナは嬉しそうに顔をほころばせ、その手に手を重ねていく。
 カリーナの後ろでは、カイとルーディが呆れたようにため息をもらしている。
 傍から見れば仲睦まじく見えるが、もちろん、違った意味でなら仲睦まじいが、今の二人にはカイすら妬く要素がないから不思議。
 ルーファスの手に、カリーナの手が重ねられようとした時だった。
「姫……!!」
 険しさを含んだカイの叫びが廊下に響いた。
 白い紙の束が陽光に輝く白い廊下に舞い散る。
 それは、ルーファスが腕に抱えていた書類だった。
 ばらばらと、廊下に落ちて散らばる。
 すべてが床に落ちきった時、その向こうに、林に背を向けカリーナをかばうように抱きしめるカイの姿があった。
 その前には、剣をぬき構えるルーディ。
 ルーファスは平然とした様子で、すっと一歩踏み出した。
 そして、腰をかがめ、床につきささっている一本の矢を抜き取る。
「おやまあ、このようなところで、なんと豪胆な」
 そして、感心したようにぽつりつぶやいた時だった。
 何やら、林の方から慌しい足音と叫び声が聞こえてくる。
「待て、そこの男!」
 そう叫び声がしたかと思うと、すぐそこの木の向こうに、屈強な男が一人立っていた。
「何故、このようなところで弓をもっている!?」
「はあ!?」
 男は訳がわからないと、すっとんきょうな声をあげ、思い切り顔をゆがめる。
 そこへ、ばたばたと王宮守備官たちが駆け寄っていく。
 木立を挟んだそこから、カリーナはその様子をじっと見つめる。
 いまだ、カイは守るようにカリーナを抱きしめている。
「ラルフ・カーヴァー……?」
 弓を持ち、王宮守備官たちに駆け寄られるその男を見て、カリーナはぽつりつぶやいた。
 左頬に三日月形の傷。それはたしかに、二日ほど前、カリーナが目にした男だった。


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update:13/05/20