地上の太陽(4)
カリーナ姫の野望

 守備官たちは弓を持つラルフの姿を見て一瞬ひるんだ様子を見せたたらを踏んだが、すぐに思い直したように全員で取り囲んでいく。
 ラルフは相変わらず、怪訝そうに首をかしげている。
 かと思うと、この喧騒を聞きつけたのだろう、文官棟からも武官棟からも、人がばらばら駆け出してきた。
 それから、カリーナと、王女を守るように腕に抱くカイ、剣をかまえるルーディ、その周りに飛び散った書類、そしてルーファスの手に持たれた一本の矢を見て、皆得心したかと思うと、瞬時に顔を強張らせた。
「おぬし、何をしたかわかっているのか?」
「はあ? 何のことだ?」
 文官棟からでてきた、よく言えば恰幅のよい、直接的に言えばだらしなく肥え太った中年の男が、守備官たちに押されるようにして木立から出てきたラルフに蔑みも露わに声をかける。
 その文官はたしか、王都から少しはなれたところに領地を持つ、伯爵だか何だかの書記官だった。
「とぼけるでない。その弓だ。おぬし、あろうことか王女に矢を放ったな」
 書記官が発したその言葉で、ラルフはようやくこの状況を理解したらしく、憎らしげに舌打ちをした。
「……くそっ。そういうことかっ」
 そして、誰に言うでもなく、苦々しげに吐き捨てる。
 じわりじわり近づく守備官たちをちらりとひとにらみで縮こませ、ラルフははあと盛大にため息をもらした。
「違う。この弓は先ほど、そこの林に落ちているところを見つけて拾っただけだ。誰かが忘れていったのだろうと思い、片づけようと手にした」
「でたらめをぬかすな! そのような立派な証拠を手にしていながら、白を切るつもりか!?」
 顔を真っ赤にして叫ぶ書記官に呆れたように、ラルフは目をすがめる。
 そして、もう一度、大きく息をはきだす。
「むしろ、こんなわざとらしい証拠を持っている方がおかしいだろう? 事実、王女の命を狙おうとしたのならな」
 ラルフはそう言うと、いまだ廊下にとどまり様子をうかがうカリーナに視線を送る。
 カリーナはふむとうなずき、抱き寄せるカイをちらっと見上げる。
 カイは険しい顔で、ラルフと書記官の会話を聞いている。
「俺は、呼んでいる奴がいると言われ、先ほどここに来たばかりだ」
「なに……? では、この中に、この男を呼びつけた者はおるか?」
 書記官が集まった者たちをぐるりと見まわすが、皆ふるふる首を振ったり困った顔をするばかりだった。
 それに背を押されたように、書記官は得意顔でラルフに詰め寄る。
「誰もいないではないか。でまかせを言うでない。――守備官、とっととこの男を捕えよ!」
 ここには書記官の他に、それ以上の地位や身分を持つ者もいるが、その剣幕におされるように、守備官は慌ててラルフに手をのばしていく。
 何故、騎士団の大隊長や大臣の副官という者がいながら、それをさしおいて命令を下すのか、守備官たちはもはやその疑問に気づく余裕はないらしい。また、書記官に命令を下せるだけの資格がないことにも気づいていない。
 普段ならば、書記官如きがと、逆に嘲るところだろう。
 しかし、国の宝ともいうべき王女の命が狙われたのだから、いかに彼らとて冷静でいられない。
 また、捕えよと命じられた相手は、あの死神ラルフと二つ名を持つ男なのだから、余裕もなくなるだろう。果たして、ここに集まった守備官だけで捕えることができるかわからない相手なのだから。
「俺じゃないって言っているだろう!」
 のびる守備官たちの手をはらいながら、ラルフは怒鳴る。
 その様子をずっと眺めていたカリーナは、ふむと小さくうなずくと、抱きしめるカイの腕をくいっと引いた。
 そして、カイとルーディ、ルーファスは互いに確認しあうように目配せすると、カリーナをつれて騒ぎの渦中へ歩み寄っていく。
 やってきたカリーナに気づき、様子を眺める文官や武官たちはさっと道をあけた。
 王女を先頭に、護衛官二人、さらには宰相補佐官までついているのだから、その顔ぶれだけで自然道をあけてしまう。
 少しでも阻もうものなら、間違いなく明日には殺してくれと懇願する事態に陥ることになる。
 やってきたカリーナたちの目の前には、納得いかないとばかりに、群がる守備官たちに抵抗し蹴散らすラルフがいる。
 かと思うと、ラルフは何を思ったのか、焦ったように目を見開いた。
「待て……!」
 そう叫んだかと思うと、直前までの騒ぎが嘘のように、その場はさっと静寂に包まれた。
 ラルフを捕えにかかる守備官の一人の手が、ラルフの腰にはく大剣に触れ、それを制止しようとして出した声だった。
 しかし、それは、ラルフの希望を無視し嘲笑っているかのように、現実をつきつけている。
「……あ」
 ラルフのかすれたつぶやきが、その場に染み渡る。
 それが、すべての答えだった。
 ラルフの抜き身の大剣の切っ先が、護衛官の一人の剣で見事阻まれたかたちで、王女の目の前でとまっている。
 そして、ラルフの首元には、もう一人の護衛官の剣の切っ先が押しつけられている。
 ちくりとわずかな痛みとともに、ラルフののどから一筋赤いものが流れ落ちる。
 大剣に触れる手をとめようとして、勢いがつき、それは運悪くやってきていた王女に切っ先を向けるかたちになっていたらしい。
 そして、それを護衛官二人にかわされ、ラルフはあと少し力を加えれば命を奪われる事態に陥ってしまっている。
 それに気づき、ラルフの体から力がすうと抜けていく。
 持っていた弓が、力を失ったラルフの手からはなれ、ぽとりと地面に落ちる。
 それをちらりと一瞥して、カリーナは静かに言い放つ。
 大剣の切っ先がすぐ目の前にあるというのに、恐怖した様子もなく平然と立っている。
「カイ、ひけ」
「……はい」
 すると、カイもあっさりとそれに従い、ラルフの首から切っ先を離した。
 ぶんと一振りすると、鞘に剣を戻していく。
 そして、ラルフに向き直り、その手から大剣をつかみとる。
 それにあわせ、ルーディも剣をひいていく。
 カイが小さく指示を出し、守備官たちにラルフを拘束させる。
 その光景を、ここに集まる者たちは、ただ呆然と眺めている。
 言葉も動きも失った男たちを見まわし、カリーナはふむとうなずいた。
 それから、守備官たちにしっかり両腕を拘束され跪かされたラルフの前へゆっくり歩み寄り、見下ろす。
「ラルフ・カーヴァーか……。なるほどな、あの三日月ラルフならやりかねんな」
 ふっと口のはしをあげ、カリーナはどこか楽しそうにつぶやいた。
 ラルフの瞳が一瞬のゆらぎを見せ、けれど次には、挑むように目をそらすことなくカリーナを見上げる。
 それにますます興をそそられたように、カリーナはくすりと笑みをもらす。
 両脇には護衛官二人を従え、そして一歩後ろには宰相補佐官が立ち、ラルフを見据えている。
 ラルフは細い吐息をもらし、先ほどまでの抵抗は一切見せず、静かに告げる。
「剣に関しては申し開きはしないが、矢は俺ではない」
 きっぱり言い放つラルフに、カリーナは何故かさらに楽しげに目を細めた。
 ラルフは怪訝に思いつつも、その言葉が嘘ではない証とばかりに、カリーナを見つめつづける。
 その瞳の奥に秘められた真意を必死に探ろうとするが、十六になったばかりの少女とは思えないほどゆらぎがなく、探ることができない。
 ただ、その深い緑がどこまでも澄んで美しいことだけはわかる。
 たった十六で、これほど多くの男たちの中、ゆらぎなく凛と立つその姿に、ラルフは不思議と畏怖のようなものを感じた。
「そうだな……。わたしが聞くラルフ・カーヴァーとは、自らの矜持に忠実な男のようだが? ――馬鹿だが、愚かではない」
 楽しげに言い放たれたカリーナの言葉に、ラルフは目を見開く。
 それはまるで、この王女、正気か?とでも言いたげだった。
 過失だったとはいえ、ラルフがカリーナに剣を向けたことは事実。
 普通の少女ならば、命を狙われたと取り乱そうものなのに、カリーナに限っては、ラルフを恐れないどころか、この状況を楽しんですらいる。
 これが、一国の王女というものだろうか? 王女の矜持というものだろうか?
 いや、そのようなはずはない。きっと、この王女だからこそなのだろう。
 どれほど探ろうとしても、その深い緑にかわされ、ラルフには真意を探ることができない。


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update:13/05/27