地上の太陽(5)
カリーナ姫の野望

 わずかにうろたえだしたラルフに気づいたのか、カリーナはあごに握った手をあて、くいっと首をかしげた。
 かと思うと、その顔つきが瞬時に険しいものに変わる。
 試すようなカリーナの視線が、ラルフに注がれる。
「ラルフ、お前の正義はどこにある?」
「……どこにも。ただ、己の信念にのみ従う」
 カリーナの突然の問いに一瞬ためらったものの、意図するものに気づき、ラルフははじかれたようにきっぱり告げた。
 そう、ラルフはその問いの答えに迷うことはない。
 己の正義は己の信念。それだけで、これまで生きてきたのだから。
 まるでそれを見透かしていたように、一瞬、カリーナの目がきらんと光った。
 けれど、次にその唇から出たものは、興ざめしたようなつかみどころがないものだった。
「ふーん」
 興味なさげにつぶやき、カリーナはふうとため息をひとつもらす。
 そして、腰に両手をやり、ふてぶてしくラルフを見下ろす。
「まあ、いいだろう。ラルフ、お前に三日やろう。真犯人を捕まえ、自らで汚名をそそげ。捕まえられなかった時は、即斬首」
「姫、それはそれで、横暴……」
 脈絡なくとんでもないことを言い放つカリーナに、まるで得心しているかのように、カイが呆れたようにつぶやく。
 ラルフが告げたことを信じるように、まるでラルフが犯人ではないと言うようなその発言ではなく、横暴な発言にカイは呆れている。
 とらえるところが明らかに違うとラルフにさえわかる。
 戸惑うラルフにかまわず、カリーナはさらに楽しげに言い放つ。
「どちらにしろ、王族に剣を向けた時点で反逆とみなされ死刑だ。即首を切ったところでかわらんだろう?」
 あまつさえくすくす笑い出すカリーナに、カイはもううなだれるしかない。
 ルーディは驚いたように目をしばたたかせているが、その口元があがっているので、間違いなくこの状況を楽しみ出しているだろう。
 けれど、カリーナのとんでもない発言に黙っていられないのが、これまであっけにとられ口を挟むことができなかった書記官たちだった。
「お、王女、しかし……!」
「そうです。このまま姿をくらませでもしたらどうされるおつもりですか!?」
「その時はその時? まあ、逃げたとしても絶対に捕まえるからな、……こいつらが」
 くいっと首をかしげかわいらしく言ったかと思うと、カリーナはカイとルーディを親指でぞんざいに示し、いたずら小僧のようににっと笑う。
 指名されたカイとルーディは平然とそれを受けている。
 瞬間、書記官はかっと頬を紅潮させ、声を荒げ叫ぶ。
「お戯れもたいがいになさいませ! 王女としての自覚はおありか!?」
「黙れ。身の程をわきまえろ。たがか書記官如きが、わたしに指図するな。被害者のわたしがいいと言っているのだからいいのだ」
 けろりと言い放つカリーナに、書記官は口をぱくぱくさせている。
 その向こう側では、書記官よりも地位が高い騎士団の大隊長や大臣の副官たちが、やれやれといった様子で肩をすくめている。
 どうやら、カリーナには何を言ったところで無駄だと、早々にかかわることを放棄したらしい。
 王女が一度言い出したら王でも覆せない、てこでも動かないことなど王宮では有名なのに、それを知らず食い下がろうなど、よほどの馬鹿かよほどのもぐりだろう。いや、知っていてなお食い下がっているのであれば、もはや救いようがない愚か者。
 彼らの目は、暗にそう告げるように憤慨する書記官の姿を映している。
「そうですよ。これ以上王女にさからったところで無駄だと思いませんか? ハッカー書記官」
 ぽんとカリーナの肩に手を置き、ルーファスがにっこり笑って告げる。
「ル、ルーファス殿!?」
 突然口を挟んできたルーファスを、書記官――ハッカーは異様なものを見るような目でにらみつける。
 肩に置かれた手をさりげなく払いながら、カリーナはふっと目を細める。
「なんだ、ルーファス、話が早いな」
 払われた手を残念そうにさすりながら、ルーファスはふるると首を横にふる。
「どうせ、あなたには何を言っても無駄ですからねえ。それに、彼ほどの矜持の持ち主ならば、汚名は自らで返上したいでしょう」
「だそうだ、諦めろ」
 にっと得意げに笑うカリーナを見て、ハッカーは悔しそうにこくりうなずいた。
 これ以上王女に逆らったところで、たしかに得策ではないと判断したのだろう。
 宰相補佐であるルーファスまで口ぞえしたのだから、書記官如きではこれ以上は何も言えない。
 それどころか、よくまわりを見れば、明らかに彼より身分も地位も上の者たちが何人もいて、無言でハッカーに圧力をかけている。
 自らの保身のためには、納得いかずとも悔しくとも、王女の意に従わねばならない。
 さっと、いまいましげにカリーナをにらんだかと思うと、ハッカーは「失礼する!」と言い置き、そのまま乱暴にその場を去っていく。
 どうやらハッカーは、まこと救いようがない愚か者だったらしい。
 たとえ不愉快だったとしてもそのような態度をとっては、相手は王族、後々不敬を問われることになると気づいていないのだから。
 王女自身にその気がなくとも、この場に居合わせた高官たちが捨て置くことを許しはしない。
 去っていくハッカーの後ろ姿を馬鹿にするようにちらと見て、カリーナは足元で押さえつけられ跪くラルフに視線を落とす。
 さっと手を上げ、捕える守備官たちに解放の指示を出す。
 それに従い、守備官たちはすぐさまラルフを解放した。
 カリーナが視線だけで合図を出すと、カイはひとつうなずき、抜き身の大剣をラルフへ向け放り投げる。
「わかったら、とっとと行け」
「……感謝する」
 投げられた大剣をさっとつかみ鞘に戻すと、ラルフはひとつ頭を下げた。
 そして、カリーナに背を向ける。
 ラルフを囲むように立つ守備官たちは、何とも言えない複雑な表情でその背を見つめる。
 彼らもまた、カリーナの言葉を聞き、思い直したのだろう。
 あの三日月ラルフは、果たして王女の命を狙ったりするのだろうかと。
 権力やその辺りの面倒なことには興味なく、こびへつらうことなどない、あのラルフ・カーヴァーが……。
 先ほどはハッカーにおされ、また剣を抜いたという事実から、ラルフを捕えることになってしまったが。
 カリーナはふと思い出したように、去っていくラルフの背に向け声をかける。
「ラルフ、いいな、生け捕って来い。後々のわたしの楽しみを奪うなよ。死体をもって返ってきたら、打ち首だ」
 はっとしたように立ち止まり、ラルフは驚いたようにカリーナを見る。
 相変わらず護衛官二人を従えふてぶてしく立つカリーナの姿を見て、ラルフは思わず口元をほころばせた。
 ぐっと親指を立て、にかっと笑う。
 それが、カリーナに対するラルフの返答だった。
「……王女、あの男が逃げるとは思わないのですか?」
 すっとカリーナの横に歩み出て、騎士団大隊長の徽章を首元につけた男が耳打つように問いかけた。
 カリーナは一瞬きょとんと大隊長を見上げ、すぐに得意げに口の端をあげた。
「あいつは逃げないよ」
 カリーナはくすりと笑い、ぽんと大隊長の胸を拳でうつ。
 大隊長もそれで納得したようにうなずくと、集まった文官や武官、守備官たちを蹴散らすように、自身の執務室へと戻っていく。
 カリーナが聞いた三日月ラルフという男は、自身が信じた道をなりふりかまわず突き進み、悪評に従うようにあえて悪役を演じるそんな馬鹿な男だった。愚か者ではない。
 悪ぶってみせているが、その心根はゆがんでいない。
 だからこそ、一匹狼を演じたがる荒くれ者、癖のある者たちに慕われているのだろう。
 ラルフは、力ではなく心で面倒くさい男たちを従わせている。
 そのような面白い男、他にはなかなかいない。
 カリーナはそれに賭けてみることにしたのだろう。
 いや、賭けなどではない。確信があるのだろう。
 ラルフがこの後どのような行動を取り、カリーナに何を告げてくるのか。
 カリーナはくるりと振り返り、控える心を許した男たちに微笑みかける。
「さてと、では、わたしたちもちょっと暴れて遊んでこようか? 行くぞ、カイ、ルーディ、ルーファス」
「よろこんで」
 護衛官二人と宰相補佐官は、得意げにうなずいた。
 うららかな昼下がり、楽しい遊び仲間をひきつれて、カリーナは颯爽と陽光が降り注ぐ白い渡り廊下を歩いていく。


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update:13/06/08