地上の太陽(6)
カリーナ姫の野望

 三日後の夜明け頃だった。
 王宮武官棟前の広場が、太陽が昇りきるのを待たず、喧騒に覆われた。
 空が白みはじめた時分、その騒ぎを聞いたのだろう、不機嫌そうに眠い目をこすりながら王女カリーナが現れた。
 その背には、護衛官二人と宰相補佐官を従えている。
 現れたカリーナに、その場に集まった者たちは、一層大きくざわめく。
 そして、カリーナの姿を認めると、即座に道を示すようにさっと身を引いた。
 彼らがあけた道の先は、輪を描くように人だかりができている。
 しかし、そこもまた招き入れるように入り口をうがたれている。
 カリーナは迷うことなく、そこへ歩みを進める。
 その様子を、集まった者たちは息をのみ見守る。
 カリーナはその輪の中へ足を踏み入れると、背を向ける大男へ声をかけた。
「ラルフ、戻ったか」
 その言葉にはっとしたように、ラルフはゆっくり振り向き、その場に跪く。
 ラルフは何も語らず、ただ頭を垂れた。
 それにうなずくと、カリーナはさらに歩みを進め、ラルフの背後で縄でしばられぐったりした様子で地面に転がされている男を見下ろした。
「ふーん、これか?」
 カリーナがつぶやくと、誰ともなしに一斉に重々しくうなずいた。
「ラルフ、立て」
「……はっ」
 背を向けたままカリーナが命じると、ラルフはさっと立ち上がり、カリーナの背に並ぶ。
「あの時、最初に俺のもとへきて、俺の剣に触れたのでな」
 問われぬままに、ラルフは静かにそう告げる。
 するとカリーナは納得したように一度うなずくと、背のラルフへ振り返り、「よくやった」とでも誉めるようにもう一度うなずいた。
 それに応えるように、ラルフはふっと唇のはしをあげる。
 今目の前に転がされている男は、王都守備官の制服を着ている。
 ところどころ破けたり擦り切れたり、また砂埃にまみれ、みすぼらしい姿となっているが、首元の徽章からそれだとわかる。ただその徽章は、ラルフよりひとつ上の階級を示している。
 そう、この男は、ラルフの上官にあたる。
 ラルフが言うには、三日前のあの林の場で、この男は、凶器の確保ではなく、明らかにラルフの剣を抜こうとした。
 それを慌ててとめようとし、ラルフはあのような事態に陥ってしまった。
 あの場では剣を抜く必要など一切なく、そしてその後の状況でラルフは気づいたらしい。……はめられたと。
 あの場で素知らぬふりでラルフをとらえるふりをして、罠にかけたことから何よりもラルフに屈辱感を与えた。
 あの程度のわかりきった罠に気づけなかった己を腹立たしく思った。
 あの場では、ラルフが犯人と決めてかかられており、また剣を王女につきつけてしまったという事実もあるので口をつぐんでいた。
 そして、ラルフの上官であるこの男が、カリーナに矢を放った真犯人だと目星をつけこの二日探り、そして三日目の夜明けに捕えた。
 そう、こうして自らの汚名を返上することができるのもすべて、ラルフの目の前でふてぶてしくふんぞり返るこの王女のおかげ。
 カリーナが真犯人をとっ捕まえて来いとむちゃくちゃとも言える命を下したことは、ラルフにとってはこの上ない僥倖だった。
 理論より行動の肉体派だから、どうにも説得できるだけの言葉をラルフは持ち合わせていないのだから。
 そして、あの場でカリーナだけがラルフの言葉を信じた。それが何よりラルフの胸を打った。
 あれが己ならば、ラルフはきっとラルフの言葉≠信じなかっただろう。そう思うと、なんとカリーナは豪胆なのだろうか。
 ――この王女にはかなわない。そのような思いがラルフの胸を支配する。
 しかし、ラルフにはひとつわからないことがある。
 それは、何故この男が王女の命を狙ったかということ。
 けれど、それもすぐに明らかになった。
 男の横に、はやり拘束された貴族の男が放り投げられたことにより。
 よく見れば、その貴族は、あの時ラルフを捕えよと命じたあの書記官だった。
 たしか、名をハッカーとか言う……。
 ラルフは説明を求めるように、ちらとカリーナを見る。
 すると、カリーナはにっと楽しげに笑みを浮かべた。
「わたしも、ちょっと遊んでみたんだ」
 そう言ってくすくす笑うカリーナに、カイはやれやれと肩をすくめている。
 戸惑うラルフに、カリーナとともにやって来ていた宰相補佐官が平然と語りはじめる。
 このハッカーという男は、以前から、大貴族との縁を望み、ルーファスを取り込もうと狙っていたらしい。
 しかし、そのような時、そのルーファスに王女が降嫁するという噂が立ち、焦った。
 それを阻むにはどうすればよいかと思案し、ならば王女を亡き者にすることが望ましいと考えた。
 そこで、近頃、三日月ラルフ≠ニ呼ばれほめそやされるラルフに危機感を覚え、同時に妬み、陥れ失脚させようと目論んでいたラルフの上官に目をつけた。
 黒い欲望を抱いていた男は、ハッカーに声をかけられた。
 邪魔なカリーナを消したいというハッカーの望みと、邪魔なラルフを排除したいという男の望みが一致し、王女を暗殺しその犯人にラルフを仕立て上げるという計画が立てられ、実行された。
 それは、どちらにとっても都合がよく、深く考えることなく実行したというのだから、何とも愚かしいにもほどがある。
 そのような浅はかな計画が成功するなどと、本気で思っていたのだろうか。
 こうして、やすやすと捕まった今、彼らに問うても意味はないかもしれないが。
 そうして、ラルフが上官を追いかけると同時に、ハッカー捕縛というカリーナたちの楽しい遊びも実行されていた。
 これが、ルーファスがカリーナに告げた、楽しい遊びでもある。
 ルーファスは、きな臭い動きに気づき、調査をしていた。
 そして、証拠をかため、カリーナに遊びを持ちかけた。
 その遊びが、謀反人の捕縛という辺り、なかなかどうして豪気で一筋縄ではいかない王女なのだろう。
 まあ、大剣の切っ先をむけられても怯む様子なく、平然と、あまつさえ楽しげに口元に笑みを浮かべているのだから、当然といえば当然かもしれない。
 内心ははかれないが、その強がっている姿がいじらしく愛しい。
 それこそが、生まれ持った王女の資質ということだろうか。
 主犯格二人を連行する守備官たちを見送りながら、ラルフはふと疑問を口にした。
 夜が白々と明けはじめている。
「ところで、どうして姫さんは俺を信じてくれたんだ?」
 早朝にたたき起こされたも同然のためか、ほわあと大きなあくびをしながら、カリーナはきょとんとラルフに向き直る。
 その背で、カイがもの言いたげに顔をしかめている。
 人目があるところ――カイ以外の男の前で、そのような無防備な姿を見せたことがおもしろくないらしい。
「ああ、だって、わたしを狙ったのは弓だろう? ならば、お前ではあり得ない」
 さらっともたらされた言葉に、ラルフは怪訝に眉根を寄せる。
 カリーナが言っていることが、よくわからないらしい。
 何故、弓ならばラルフではあり得ないというのだろうか。
 ラルフの戸惑いに気づいたのか、カリーナはからかうように目を細める。
「お前の得物は、馬鹿みたいに大きな剣だろう? 弓を扱うなんて聞いたことがないし、お前のところの副隊長から裏もとれている。弓はからっきしなのだってな?」
 ラルフは一瞬ぽかんと間抜けに口をあけ、次の瞬間、頭を抱え、「嗚呼ー」と情けない声をもらし、その場にしゃがみ込んでしまった。
 そして、視線だけを、探るようにちらりとカリーナへ向ける。
「……だから、か?」
「ああ、弓がど下手なラルフが、あれほど正確にわたしを狙えるわけがない」
「……まいった」
 カリーナはふふんと得意げに胸をはる。
 ラルフは苦笑をもらし、つぶやいた。
 まったく、なんて姫君なのだろう。
 たったそれだけで、ラルフのやっていないという言葉を信じたというのだから。
 そして、しっかり周りに目を向けているということだろう。
 あの矢が正確にカリーナを狙っていたなど、果たしてどれだけの者が気づくだろう。
 あの場にともにいた護衛官二人と宰相補佐官は、もちろん気づいていただろうけれど。
 侮ってはいけない、ということだろう。
 普段、散々な言われよう、そして言動を繰り返す王女だが、不思議と誰からも憎まれることも嫌われることもないのは、これ故なのだろうか。
 ……まあ、恐れられたり避けられたりはしているけれど。
 一国の王女とたかが王都守備官の一部隊隊長では関わることはなかったけれど、そのため気にとめていなかったが、実際あいまみえると、どうにもひきつけられてならない存在となる。
 そう、一度知ってしまえば、そのはちゃめちゃな言動は、くせになる、やみつきになりそう。
 その存在に惹かれる、とはこういうことを言うのだろうか?
 頭を抱えるラルフにかまわず、カリーナはなおもたんたんと告げていく。
「詰めが甘いんだ。ラルフが疑われた時、証拠もないのに不必要に騒ぎ出すなど愚かだ。本人はうまくやったつもりだったのだろうがな」
「たしかに、ラルフといえば素行はよろしくありませんが、伊達に三日月の異名を持っているわけではありませんからね」
「あの死神に喧嘩を売ろうなど、愚かですね」
 嘲笑うようにカリーナが言い放てば、ルーディとルーファスもそれにつづく。
 カイはただ、困ったように微笑を浮かべていた。
 その立場から、言いたいことをぐっとこらえ、一人常識人を振る舞っているのだろう。
 ここでカイまで一緒になって三人と嘲りはじめては収拾がつかなくなる。


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update:13/06/18