地上の太陽(7)
カリーナ姫の野望

 ラルフはしゃがみこむその姿勢からすっと片膝をたて、カリーナを見上げる。
「……姫さん、礼を言う。俺の矜持を守ってくれて感謝する」
「ん? わたしは何もしていないが? ちょっと遊んだだけだぞ」
 ふと気づいたようにラルフを見下ろし、カリーナはくいっと首をかしげた。
 まるで、そのつもりなどカリーナにはなかったとでも言うように。
 そう、純粋に、おもしろそうな遊びを見つけて、楽しんだだけというように。
 あくまで、ラルフに手を貸したなどとは言わないのだろう。
「……あはは。姫さん、あんたにはかなわないな」
 ラルフは思わず、くしゃりと顔をくずし、小さく笑いをもらしていた。
 ちんぷんかんぷんと首をかしげるカリーナを、まぶしそうに見上げる。
 その視線に気づき、カリーナは再び跪くラルフに視線を落とす。
 その顔は、先ほどまでのとぼけたものではない。
 鋭い眼光をラルフへ向けている。
「ラルフ、お前の処分はわたしに一任された」
 その威圧感に、ラルフの背筋に、ぞくりとしたものが駆け抜けた。
 けれど、胸の内だけでふるふる首をふり、それを振り払う。
「ああ、わかっている。はめられたとはいえ、王女に刃を向けたんだ。覚悟はできている」
「そうか、なら、お前、わたしの犬になれ」
 満足そうにうなずき、カリーナは言い放つ。
「……はあ?」
 ラルフは思わずすっとんきょうな声をあげ、ぽかんとカリーナを見上げる。
 そこにはもう、先ほどまでの鋭さはみじんもない。
 カリーナはおもしろいおもちゃを手に入れたように、うきうきとしている。
 ラルフは頭痛のようなものを覚えた。べちっと額に手をあてる。
「呼べば、すぐにわたしの元へ来い。それが処分だ」
「……ようするに、王女のお遊びにつき合えってことですか?」
「そういうことだ。話が早いな」
 カリーナはにやりと笑うと、高らかに言い放った。
 その横で、ルーディが納得したようにうなずく。
「まあ、たしかに、けっこうな罰になりますね。何しろ、あのカリーナ姫の犬にされるのですから」
「鞭打ち一万回、懲役五十年の方がましだと、泣いて許しを乞う程度には悲惨ですね」
 ルーディにつづき、王女の犬と名高い護衛官カイもぽつりこぼすと、即座にカリーナの鋭い視線が向けられる。
「ん? カイ、何か言ったか?」
「いえ、何も」
 妙に禍々しいものを放ちつつ、しかしかわいらしく首をかしげにっこり微笑むカリーナに、カイは清々しいまでにさわやかに微笑みかえした。
 ルーファスは微笑ましそうに、彼より年下の王女と護衛官たちを見守るように見つめている。
 その様子を見て、ラルフはまたあっけにとられる。
 もとより、ラルフが戸惑うことも案ずることもない相手だった。
 足元にもおよばなかった。
 これほどむちゃくちゃな王女に、かなうわけがない。
 ラルフの唇から、小さく自嘲じみた吐息がもれた。
 そして、再びカリーナの足元に跪き、その衣装のすそを手にとる。
 つんと引かれる感じがあったのか、カリーナは不思議そうにそこに視線を落とした。
 その瞳にしっかり目を合わせ、ラルフはおだやかな笑みを浮かべた。まぶしそうにカリーナを仰ぎ見る。
「王女カリーナ様、心よりお仕え致します。あなたに私の忠誠を」
 カリーナはくいっと首をかしげ、目をぱちぱちしばたたかせたかと思うと、ぽむと手を打った。
 そして、にやりと怖気を感じるような笑みをうかべる。
「おおっ、下僕獲得だな!」
 かかかかかと高らかに笑いはじめたカリーナの横で、ルーディはよかったですねえとのんびり答え、カイは疲れをふんだんに含んだ大きなため息をひとつついた。
「……姫、みもふたもない」
「何か言ったか? 下僕一号(カイ)
「……いえ」
 がっくり、カイの肩が落ちる。
 その様子を見て、ルーファスとルーディは横に並び、肩をすくめてうなずき合った。
「隊長ー!!」
 その時だった。
 広場へ続く小道の方から、ばたばた駆ける慌しい足音が聞こえてきた。
 かと思うと、広場を後にしていく主だった武官たちと入れ違うようにして、王都守備官の制服に身を包んだ一団が駆け込んでくる。
 ラルフはカリーナの衣装の裾からさっと手をはなし、ばっと立ち上がる。
 そして、駆け込んでくる一団へ向け、さっと片手を上げた。
「おう、お前たち」
 ラルフがにかっと豪快な笑みを浮かべると、駆け込んできた守備官たちは、荒い息を整えるのもそこそこに、なんとも情けない表情を浮かべラルフを見つめる。
 彼らは、ラルフの下につく、王都守備官第五部隊の守備官たちだった。
 そして、ラルフのひょうひょうとした姿を認め、ずるずるとその場にくずおれていく。
「ん? ラルフ、どうした?」
 ラルフの背からひょいっと顔をのぞかせ、カリーナは不思議そうに見上げる。
 ラルフはカリーナの頭をくしゃりとなで、何でもないというように優しげに微笑んだ。
 荒くれ者の代表格でもあるラルフのいつにないその慈愛ある姿に、へたりこんだ守備官たちはあっけにとられ、間抜けに口をあける。
 しかし、カリーナのすぐ横にカイとルーディ、そしてルーファスの姿を見つけ、ばっと目を見開いた。
 かと思うと、情けなく座り込んでいたその姿勢をただし、さっとその場に跪く。
 ラルフは得心したように一歩下がり、カリーナの背をそっと押した。
「王女、我々からもお礼申し上げます。この感謝、忠誠にかえまして王女にお捧げ致します」
 副隊長であるローランドがまっすぐカリーナを見上げ、きっぱり告げる。
 すると、その後ろで跪く守備官たちも同様に、力強い光を目に宿し頭をたれた。
 上辺だけのまやかしに惑わされず、彼らが慕う隊長を信じ、そして任せた王女のその采配、気高さに。
 彼らは皆、晴れやかな笑みを浮かべている。
 カリーナは目をぱちくりとして驚き、次には困ったように肩をすくめていた。
 このような状況は、カリーナには想像すらできていなかったのだろう。また、そのつもりで、ちょっとしたお遊びをしたわけでもない。
 カリーナの肩に、なだめるようにカイの手が置かれる。
 戸惑いがちに見つめるカリーナに、カイはゆっくりうなずいた。
 のぼりはじめた太陽のもと、守備官たちを従えるカリーナのその姿は、まるで戦女神のように神々しくきらめいていた。
 誰もがうっとりと目を細め、その姿をまぶしげに見ている。
 この時、ラルフは地上に太陽を見た。
 それから一年後、ラルフの弓の腕は、王国十指に数えられるほどにまでなっていた。


地上の太陽 おわり

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update:13/06/25