ふってわいた婚約話
change〜とりかえっこ王子〜

「え? 婚約……?」
 緑豊かなその国の、ちょうど真ん中にそびえる古めかしい王宮。
 崩れかけた外壁は、辺り一面緑の風景にとけこみ、よく似合っている。
 その王宮の一室で、この国の王女らしい少女が、そうつぶやいた。
 怪訝に顔をゆがめながら。これでもか、というほど。
 不服そうに、目の前の王様椅子に座る壮年の男をにらみつけている。
 彼女の名は、フィーナ。フィーナ・アルスティル。
 その国と同じ名を戴く、王女。
 アルスティル。
 その意味は、この国の古い言葉で、緑の国。
 まさしく、この国にふさわしい名。
 緑しかない、この国に。
 そんな緑豊かな平和な国で、この国をひっくり返すようなできごとが起こった。
 いや、国ではなく、王女ただ一人かもしれない。
 それが、この王女がつぶやいた、婚約というニ文字。
「お父様? 正気ですの?」
 そして、王女フィーナの口から次に出た言葉はそれだった。
 フィーナはひと月ほど前に、ようやく十六になったばかり。
 この国では、いやこの辺りの国々では、王族は十六になると、生涯の伴侶を決めることは普通であったが、この王女に関しては、それもまた……。
 何しろ、相手がいけなかった。
「……正気だ」
 どことなく重苦しく、壮年の男の口からそんな言葉がもらされた。
 お父様と呼ばれたその壮年の男は――すなわち、この国の王なのだけれど――たらりと額から一筋の冷や汗を流し、どこかうつろな目でじっとフィーナを見つめる。がしっとフィーナの両肩をつかむ。
 逃れることは許さないと、フィーナへ険しい眼差しを向ける。
 心なしか、フィーナの肩をつかむその手が震えているような気さえする。
 鬼気迫るような雰囲気をまとっている。
 それは一体、何ゆえなのか……?
「……そうですの。正気ですの……」
 フィーナも、王のそのような真剣な眼差しにとうとう屈服してしまったのか、それまで強張っていた表情をすうっとやわらげた。
 そして、切なそうにその瞳がゆらぐ。
 どうやら、早々に観念してしまったらしい。
 王が本気とあらば、王女とてそう簡単に覆すことはできまい。
 と思った次の瞬間、そうは問屋が卸さなかった。
「ふざけるのじゃないわよ!! お父様、とうとう頭がおかしくなってしまったのかしら!?」
 フィーナの怒髪天をついてしまったらしい。 
 フィーナはそう怒鳴ると同時に、王に一蹴をくらわしていた。
 それはもう見事に、王のお腹に大命中。
 当然、肩をつかむその手も乱暴に振り払う。
 そしてそのまま、フィーナは汚らわしそうに苦しがる王をにらみつけ、ずんずんと部屋を出ようとする。
 王になど、もう見向きもしようとしていない。
 そんなフィーナを、王は慌てて呼び止める。
 相変わらず、苦しそうにお腹の辺りをおさえたまま。
 苦痛にゆがむ、その顔で。
 フィーナへとのばされる王の右腕が、やはり小刻みに震えているように見えるのは、目の錯覚ではないだろう。
「ま、待て! フィーナ!! これはこの国の存亡にかかわることなのだぞ……!!」
 その言葉を聞いた瞬間、フィーナの足はぴたっと止まっていた。
 そして、顔を強張らせ、ゆっくりと王へ振り返る。
「え……?」
 当然、フィーナの顔は、怪訝にゆがんでいた。
 それは一体、どういうこと?と――。


 キオス・ジェファーソン・クロンウォール。
 それが、この度、アルスティルの王女フィーナとの婚約話が持ち上がった王子の名である。
 彼は大国クロンウォールの第二王子であり、王女の結婚相手としては申し分ない。
 そう、肩書きだけは。
 肩書きは申し分ないのだが、その……王子、彼自身に、ちょっと……いや、かなり問題があり……。
 だからフィーナは、彼女に持ち込まれたこの婚約話が、信じられず、王に「正気ですの?」と聞くにいたったのである。
 ふざけるにもほどがある。
 誰しもそう思うに違いない。
 彼は、眉目秀麗、頭脳明晰、それでいて運動神経も抜群ときている。
 それだけをとれば、是非とも婿に欲しい王子だろう。
 まあ、これはあくまで、そう言われているだけで、真実の程は藪の中だけれど。
 そして、彼のその……性格が、唯一の欠点、難点であった。
 彼は、どこがどうというわけではないのだが、この辺りの王家では、それはそれは有名な、一風変わった性質の持ち主だったのである。


 緑の小国アルスティル王国から、一方、こちらは大国クロンウォール。
 クロンウォールはアルスティルとはうってかわって、真新しい王城である。
 つい数年前、建てかえたばかり。
 よって、最新の防衛技術の粋が詰め込まれた、難攻不落の王城とうたわれている。
 だからといって、この国がそう頻繁に戦争をしているわけでもない。
 むしろ、アルスティル同様、戦争とは無縁の平和な国。
 世界のいたるところから隊商がやって来て、ここで交易がなされている。
 交易を中心とした、商業大国なのである。
 アルスティルはその反対で、農業王国だけれど。
「ふざけるんじゃねえ〜!!」
 クロンウォールの王城では、そのような雄叫びが上がっていた。
 からっと晴れた青空に、不釣り合いな鬼気迫った雄叫び。
 しかし、そんなものは日常茶飯事とばかり、王城の者たちは気にとめる様子はない。
 さらっとあっさりと、無視。
 当然のように、無視。
「下品ですよ」
 さらには、瞬時に、ばっさりとそうきって捨てられた。
 ここは、王城の最奥にあるバルコニー。
 少し高台にあり、王城を一望できる。
 絶景を楽しめるビュースポットである。この王城の中では。
「うるさい、クレイ。お前は他人事だから、そう落ち着いていられるだろうけれどなあ、こっちは進退きわまっているんだよ!」
 バルコニーで先ほど絶叫した男が、その横で眼下を眺めている男にそうわめき散らす。
 ぎろっと、当然にらみを入れて。
 そして、ぶすうと頬をふくらませ、その場にしゃがみこんでしまった。
 いわゆるヤンキー座りですねすねモード。
 これではもう、すねてその場を動かない、たちが悪いこどものようである。
 いや、そのものかもしれない。
 しゃがみこんだそこから、まだ性懲りもなく、じろっと横の男を見上げ、ぶつぶつと不平をもらすのだから。
「婚約まではまだいいとしよう。ああ、いいとしよう。俺もまがりなりにも王族だからな! だ・け・ど、その相手が問題なんだよ! どうして、よりにもよってアルスティルの王女なんだよ!!」
 ……どうやら、この雄叫びを上げる男、もとい、方は、その発言から、クロンウォールの第二王子キオス王子のようである。
 ぶすうっとしたふくれっつらで、完全にやさぐれモードに突入してしまっている。
 まったく、手がかかる王子である。
 そのキオスを、横の男――クレイは、眼下から視線を移し、呆れたように見下ろす。
 ちらっと横目で。
「仕方がないでしょう。あなたのふらふらとした行いは、あまりにも目につきますからね。心配された王がようやく見つけ出された王女です。もう逃げることはできませんよ?」
 クレイはそう言って、にっこりとキオスに微笑みかける。
 どこか黒いものを感じさせる、不気味な微笑み。
 その微笑みに、キオスは次の言葉を失ってしまった。
 この男がほがらかに微笑めば微笑むほど恐ろしく感じてしまうから、キオスは逆らうことができない。


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update:05/05/01