替え玉王子と姫君
change〜とりかえっこ王子〜

 そうこうしているうちに、月日というものは無情に流れるわけで……。
 ついにやって来てしまっていた。
 表向きは、「よい豆がとれたのでクロンウォールにもおすそわけっ」と称した、実質、アルスティルの王女とクロンウォールの王子のお見合いの日。
 いや、引き合わされる日。
 アルスティルの使者に立てられたのが王女直々というのだから、わからないわけがない。
 そんなあからさまに、あからさまな企みが実行される日。
 ここ大国クロンウォールの城に、豪奢に飾り立てられた一台の馬車が姿を現した。
 そう、「豆をおすそわけっ」にしては、無駄に豪奢である。
 当然、その中から姿を現す使者といえば、今回のいけに……いやいや、婚約話のお相手。
 緑豊かな国アルスティルの王女フィーナ、その人である。
 車寄せに横づけされたその馬車の、御者によってあけられた扉から、ゆったりと優雅にフィーナが姿を現した。
 フィーナが姿を見せると、そこにいた出迎えに来ていたクロンウォールの者たちが、一瞬息をのんだような気がした。
 それは何故なのかは、フィーナにはわからなかったけれど。
 何か、早速そそうをしてしまったのでは?と、フィーナに少しの不安がよぎる。
 だけど、それは悟られまいと、いたって平静を装う。
 実際は、彼らは、噂に聞いているフィーナ王女と、あまりにも違いすぎる彼女の容姿に、ほうっとみとれていたのだけれど。
 一言で言えば、王女は美少女。
 キオスが求めるところの絶世の美女ではないけれど、美しくないわけでもない。
 まだ幼さが残る、しかしそこには凛とした美しさがたしかに存在している。
 誰もが瞬時にそう感じていた。
 しかし、そんなことは彼女に伝える必要はない。調子にのるから。
 それはどういう意味なのかは、あえては語らないけれど。
 そして、アルスティルの王女フィーナを迎えるのは、そのお相手、王子キオス。
 ――キオス……のはずなのだけれど、クロンウォールの者たちは、どうも顔をひきつらせている。
 その王子の姿を見て。
 そして、王子からもまた、先日、バルコニーで「美女が好きだあ〜!!」と叫んでいた、あのちゃらんぽらんっぷりがうかがえない。
 それは無理もない。
 あれほど馬鹿馬鹿しい、そしてふざけた、キオスの計画が実行されてしまっていたのだから。
 無駄に飾り立てられ、王子の扮装をさせられたクレイがそこにいた。
 まさしく、本来キオスがいるべき場所に。
 どうやら、クロンウォールの城の者たちは、キオスにお願……脅されて、素知らぬふりをしているようである。
 この場に、王自ら出迎えにこないことをいいことに。
 このまま、王女を追い返す……いやいや、お帰りになるまで、このふざけた嘘を貫き通すつもりである。
 王にさえばれなければ、たいしたことではない。
 あくまで、キオスの中でだけだけれど。
 脅迫じみたお願いをされた者たちは、肝が冷える思いでここにいる。
 まったく、常々困った王子であると思ってはいたが、まさかここまでとは。
 と、言葉にしなくとも、彼らのその体いっぱいからにじみ出る雰囲気で、嫌というほど伝わってくる。
 どうやら、常日頃から、キオスのちゃらんぽらんぶりには、困らされているようである。
 しかし、今最もその被害を受けているのは、紛れもなくクレイ、その人だろう。
 何しろ、替え玉王子に仕立て上げられてしまったのだから。
 フィーナが馬車から降りると、観念したかのように、クレイはフィーナへ歩みを進めた。
 妙に落ち着き払い、そして優雅に。
 それはまさしく、洗練された王子の振る舞いともいえるかもしれない。
 ――意外。
 ええ、かなり。
「ようこそお越しくださいました、フィーナ王女」
 クレイは、馬車から降り立ったフィーナの前に歩みでて、すっと手をさし出す。
 するとフィーナは、優雅に微笑むクレイに微笑を浮かべた。
 そして、クレイがさし出した手に自らの手を重ねる。
 クレイはそれを見て、やわらかく微笑み、その手の甲に口づけを落とす。
 ――と、ここまでならば、どちらの国の者も、この先のことにほっと安堵するところだろう。
 このまま両国間の関係がよい方向へすすめば、……と。
 ……しかし、皆は知っている。
 今回のこれは、仕組まれたこと。
 王子と王女の引き合わせだと。
 それでも、今のこの二人のその様子から、前途は明るいとそう感じていた。
 しかし、そう感じたのは、あくまでアルスティル側だけ。
 クロンウォール側は、一体いつ王子の正体がばれるかとひやひや。
 当然、クレイもやわらかく微笑んではいるけれど、内心ははらはら。嵐。大嵐。猛吹雪。
 小国とはいえ、相手は王女。その王女を、まさにたばかっている最中なのだから。
「……キオス……王子ですわね? わたくしは、アルスティル王国第一王女、フィーナ・アルスティルです。よろしくお願いします」
 そう言って、フィーナはにっこり微笑んだ。
 自国の王宮で、王に向けていたあの顔などみじんも感じさせないほど、清楚に。可憐に。優雅に。
 完璧な王女を演じる。
 内心は、今にもこの手を振り払い、蹴りの一発でもお見舞いしたいところだろうけれど。
 そこは、ぐっとこらえて。
 この上なく不服とはいっても、自国の存亡がかかっているとあらば、そこは王女の務めとして、この王子と結婚しなければならないだろう。
 それが、王家に生まれた者の定め。
 フィーナは、そんなこともわからない馬鹿な王女ではない。
 王には、つけるだけの悪態はつくけれど。
 むかむかとこみ上げてくる怒りをぐっとこらえ、耐える。
 そう、たとえ、相手がちゃらんぽらん馬鹿王子であろうと。無類の女好きであろうと。
 今目の前にいるのが、キオス王子ではなくクレイだと知らず、フィーナは殊勝にも自分に言い聞かせていたかもしれない。
 そうして、立ち上がったクレイ演じるキオス王子にエスコートされ、フィーナは王城の中へと入っていった。
 内心どっきどきのクロンウォールの重臣たちに見守られる中。
 ――これが、二人の出会いの場面。


 一方、件の、他人の迷惑おかまいなし、したい放題ちゃらんぽらん王子キオスはというと……。
 こんなところで、こんなことをして、はらはらどきどきの重臣たちなどどこ吹く風、憎らしいくらい優雅な時間を過ごしていた。
 やわらかい日差し差し込むテラスで、籐の椅子にふかふかのクッションをおき、それに身を沈めていた。
 その手には、いれたてのホットココアのカップを持っている。
 しかも、めっちゃくちゃ甘そうなココア。
 ぷ〜んとあまったるい香りが漂っているのだから、相当なものだろう。
 この暑苦しいくらいのぽかぽか陽気にもかかわらず、何故だかホット。
 うっとうしいこときわまりない。
 何故だか、ココア。
 さすがは、ちゃらんぽらん王子。
 その味覚までもちゃらんぽらん……もとい、お子様らしくお子様味。
 決して、ココアが悪いわけではない。
 それを、いい年をしたちゃらんぽらん、さらには無類の女好きのキオスが持っているから意外すぎるのである。
 さすがに、ココアを優雅に飲む王子様など、姫君たちが格好いいと感じるとはとうてい思えない。
 そんなお子様味の王子は、姫君の理想からははずれてしまうだろう。普通ならば。
 しかし、当の本人キオスは、そんなことになど気づいていないようで、得意げにココアをすすっている。
 その横で、頬をひきつらせる侍女などおかまいなしに。


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update:05/05/08