お気に入りの場所
change〜とりかえっこ王子〜

「まずは、どちらにご案内いたしましょうか? 王女」
 虹色の光差す王城の回廊を、二人きりにされ、フィーナとキオス――ああ、もう面倒。クレイでOK!――は、歩いていた。
 王城内ならば、警護の者も必要ないと、クロンウォールの王が余計なおせっかいをやいてくれたのである。
 当然、二人きりにされたクレイも、それを見過ごさなければならない重臣たちも、心臓ばっくばく。
 もちろん、フィーナにとっては、いい迷惑。
 ちゃらんぽらん王子と二人きりにされるなど。
 キオスは、近隣諸国にその名をとどろかせる困った王子。
 よって、嫁のきても皆無。
 本人はあんなふざけたことをぬかしているが、姫君の皆様の評判はすこぶる悪い。
 したがって、今回脅して渋々承諾させたアルスティルの王女を逃してなるものかっ、これを逃せば後がないとばかりに、王はやっきになっていた。
 ……しかしながら、王は当然、キオスとクレイが入れかわっていることなど知るはずがない。
 このクロンウォールという国は、アルスティル同様、暗殺だとか陰謀だとか、そんな無粋なものとはまったく縁がない。
 いたって平和な国なのである。
 よって、自然、その王ものほほ〜んとなるわけで……。
 だから、どこぞの王子も、ちゃらんぽらんになるというもの。
 そして、さらりと王子と王女、二人きりにもできるというもの。
「そうですわね……。キオスさまのおすすめの場所などがありましたら……」
 歩調を合わせるように歩くクレイに、フィーナは少し考えた後、にっこりと微笑みそう言った。
 内心は当然、冗談じゃない、さっさと一人になりたいわ、とか何とか思っていたに違いないだろうけれど。
「あ……。それと、キオスさま。わたくしのことは、どうぞフィーナとお呼びくださいませ。王女と呼ばれるのは、少しくすぐったくて」
 フィーナはちらっとクレイに視線を向け、少し恥ずかしそうにもじもじする。
 その様子に、クレイは気づけばにこっと微笑んでいた。
 どこか好感が持てるような気がする。
 そう思ったのかもしれない。
 はじめてその姿を見た時から、クレイは本当は、フィーナのことを悪くは思っていなかった。
 いや、もとからそんな思いなどない。
 むしろ、気の毒な姫と思っていたかもしれない。
 何しろ、あのちゃらんぽらん王子キオスと、脅されて婚約させられそうになっている姫なのだから。
 そして、噂とは違い、美しいとも思っていた。
 思わず、ぽうと見惚れる程度に。
「フィーナ……姫ですか? わかりました」
 こくんとうなずき、恥らうようにほんのり頬を染めるフィーナのその姿は、ますますクレイに好感を持たせる。
 このような姫が、よりにもよって、あのキオスの相手とは……。
 気の毒で、かわいそうで仕方がない。
 まあ、しかし、クレイはその縁談をぶち壊すための替え玉なのだけれど。
 もちろん、あまり――まったくのり気ではない。馬鹿らしすぎて。
 このフィーナという王女も、キオス同様、いろいろと噂される姫君ではある。
 しかし、クレイは、常々、その噂は悪いものではないと思っていた。
 堅物だとか、気難しいだとかいろいろ言われているが、その一方で、それは王女としての責務を懸命に果たそうとしているあらわれなのだろうと思っていたから。
 実際こうして会ってみて、噂がいかに噂にすぎないかと、クレイはひしひしと実感している。
 いちばんそう感じるのは、彼女のその容姿。
 どこぞのちゃらんぽらん王子に言わせると、正視できない容姿の持ち主ということだけれど、どこをどうとれば……。
 むしろ、どこかのちゃらんぽらん王子が求める、絶世――とまではいかないけれど――美女では、美少女ではないだろうか。
 ……あくまで、クレイの審美眼が世間からずれてなければ、の話だけれど。
「おすすめ……になるかどうかはわかりませんが、わたしのお気に入りの場所でもよろしいですか? 飛翔の塔というところなのですが……」
 顔色をうかがうようにクレイがそう尋ねると、フィーナは一瞬驚いたような表情を見せ、嬉しそうに微笑んだ。
 「是非……」と、多少遠慮がちにフィーナがつぶやく。
 フィーナもまた、顔色をうかがうように、クレイをちらっと見ている。
 そのようなフィーナを見て、クレイはやはり、奥ゆかしい姫君だ、そう思ったに違いない。
 クレイの中で、ひとつ、フィーナの評価が上がった。


「姫……。気をつけてくださいね。足元が危なくなっています」
 王城の中央に建つ、この城でいちばん高い塔の頂上に続く螺旋階段を、フィーナとクレイはのぼっていた。
 その塔の名は、先ほどクレイが口にした、飛翔の塔。
 一歩前を行くクレイが、フィーナを見下ろすようにそう告げる。
 少し心配そうに、フィーナの様子をうかがっている。
 事実、フィーナのびらびらのドレスでは、この塔へのぼるには大変だったかもしれない。
 それに気づかず、ここまで連れてきてしまったなんてと、クレイは自分の不甲斐なさに多少あきれていた。
 これでは、王子――替え玉だけれど――失格だと、自己嫌悪。
 それでも、懸命にフィーナをエスコートしようと努力することは怠らない。
 もう少し、フィーナのことを考えてあげればよかった。
 そう思った今では、もう遅いけれど。
 しかしフィーナは、クレイの内なるそのような苦悩などどうでもいいとばかりに、見下ろすクレイににっこり微笑みかける。
「大丈夫ですわ」
 そうして、歩きづらいだろうに、心配させまいともらされたフィーナの言葉に、クレイの心はきゅんとわしづかみされてしまった。
 やはり、噂ってあてにならない。
 クレイの胸が、不可思議な思いにとらわれ、ときめく。
「手を……」
 それを感じた瞬間、ぽつりとつぶやき、クレイの手が差し出されていた。
 すっと。フィーナに。
 それに気づいたクレイは、はっと我にかえり、あたふたとしはじめる。
 そして、出してしまったその手に、後悔を覚えはじめた。
 どさくさにまぎれて、クレイはなんてことをしてしまったのか。
 出会ったばかりの王女に、このような気軽な振る舞いなど許されるはずがない。
 これでは、その辺りにいる軽い男ではないか。
 クレイの動揺を察したのか、フィーナは驚いたようにクレイを見て、そして嬉しそうに微笑んだ。
「ええ、お願いしますわ」
 フィーナが、すっとクレイの手をとる。
 フィーナに手をとられた瞬間、クレイはかあっと顔を真っ赤にそめ、あははと愛想笑いを浮かべた。
 それ以外は、反応をとることができなかった。
 嬉しくて。動揺してしまって。
 そのようなクレイを見て、フィーナはおかしそうにくすくすと笑っていた。
 クレイもフィーナにつられ、くすくすと笑いはじめる。
 そうして、フィーナの手を引き、クレイは塔の頂上へゆっくりと登っていく。
 あくまでフィーナに歩調を合わせながら。


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update:05/05/15