不器用と約束
change〜とりかえっこ王子〜

 飛翔の塔。
 重い鉄の扉を開けると、ぶわあと風が襲いかかってきた。
 ぷはっと、息苦しさを感じるほど勢いよく。
 だけど、吹きつけるこの風は、さわやかで心地よい。
 多少強いということだけが難点で、もったいない。
 襲い来る風のために、クレイのまとうマントも、フィーナのふわふわのドレスも、大きくゆれ、なびく。
 あまりにも風が強いためか、フィーナはぐらっと体勢を崩しそうになってしまった。
 それをとっさにクレイが支える。
 クレイの手とフィーナの肩が触れ合う。
 その時また、時機を見計らったように、びゅうと勢いよく風が襲いかかり、クレイの胸にフィーナの体がぽすっとたおれこんだ。
「あ……。危ない」
 クレイは、自分の胸でフィーナをがっちり支える。
 フィーナが倒れこんだクレイの胸は、予想以上にがっしりとしていた。
 意外と、見た目にそぐわずたくましいのかもしれない。
「申し訳ありません。やはり、このようなところへお連れするべきでは……」
 クレイは、自分の考えなしの行動、そして不器用さ加減に、ほとほと呆れてしまった。
 これまで女性とのかかわりがあまりなかっただけに、どのようにフィーナに接すればよいのかわからない。
 手探りで、フィーナに接しなければならない。
 それが、フィーナに対し、妙に申し訳なくなってくる。
 これがキオスならば、話はまた別だろう。
 その無類の女好きぶりをおおいに発揮し、こともなげにさらっと的確に、フィーナをエスコートできただろうと思うと、クレイは少しむなしくなってしまう。
 そして、少しのねたましさもわいてくる。
 あんなちゃらんぽらん王子と比べてしまうなんて……。
 そこは、思い切り情けなくなる。
 そして、いかにクレイが女性に慣れていないのかがよくわかる。
「どうして謝るのです? とても素敵ではないですか。ここが、王子のお気に入りの場所でしょう?」
 胸に身をゆだねるフィーナが、そこからクレイを見上げ、楽しそうに微笑んだ。
 フィーナは「ありがとう」とつぶやくと、クレイの胸からするっと抜け出す。
 そして、壁に手をかけ、そこから三六〇度広がる世界を見渡す。
 嬉しそうに、気持ちよさそうに、フィーナは顔をほころばせる。
 フィーナのその様は、クレイの心をすっと軽くする。
「本当に素敵ですわ。とってもきれい。クロンウォールにも、まだまだ緑が残っていましたのね。知りませんでしたわ」
 フィーナはくるっと振り返り、そう言ってクレイに微笑みかける。
 そのようなフィーナを、クレイはまぶしそうに見つめていた。
 フィーナの背では、真っ赤に燃える太陽が、地平線に沈んでいこうとしている。
 赤く染まったフィーナの微笑みに、クレイはみとれてしまっていた。
 やはり、噂とは違い、とてもかわいらしい姫君だと。
 こんな無粋な場所につれてきても、嫌な顔一つしない。
 むしろ、素敵といってくれた。
 たとえそれが社交辞令だとしても、クレイにはとても嬉しく思えた。
 こんな不器用な男相手に気を使ってくれることが、クレイには何よりも嬉しく思えた。
 同時に、こんな不器用な男と一緒にいてつまらなくはないのだろうかと、不安にも思う。
「ねえ、キオス王子。あそこに見える大きな湖は……?」
 フィーナにみとれていたクレイに、声がかかった。
 ちょうど沈み行く太陽の手前に、きらきらと赤く輝く大きな湖がある。
 その微笑みだけで、クレイのつまらない不安は一気に吹き飛んでしまう。
 それが、……不思議。
 この王女の笑顔一つで、一喜一憂してしまうクレイがことさらに。
「え……? ああ、あれですか」
 フィーナの声にはっと我に返り、クレイもフィーナの横まで歩み寄り、にっこり微笑む。
 ぎりぎりの境界線で、クレイはどうにか取り繕う。
 今の今まで、フィーナに見とれていたなどと、悟られないように。
 それは、ちょっと恥ずかしいから、やはり。
 そして、クレイも、今フィーナが指差す湖を眺める。
「あれは、クロンウォール湖という湖です。今は夕日のために赤く見えますが、昼間なら虹色に輝いてとてもきれいな湖ですよ。わが国自慢の湖です」
 そう言って、クレイはすっとフィーナの肩に手をまわした。
 またいちだんと風が強まり、フィーナが体勢を崩すといけないと思い。
 クレイの手が肩に触れた時、フィーナは一瞬びくっと体を強張らせた。
 しかし、湖を見下ろし、そう説明するクレイの横顔を見ていると、それも自然に受け入れられていた。
 フィーナは、流れるようにクレイに身をゆだねる。
「きっと、きれいなのでしょうね。近くで見てみたいわ……」
 そして、そうぽつりとつぶやいていた。
 クレイは一瞬驚いたようにフィーナを見つめ、自然、自らも気づかぬうちに言葉をつむいでいた。
 優しく、フィーナに微笑みかける。
「では、明日、ともにまいりましょうか?」
 クレイのその言葉に、フィーナは小さくうなずいていた。
 クロンウォールの王城の、最も高い場所にあるそこで。
 クレイ自身も、思わずもらしたその言葉に驚いているようである。
 不器用なクレイから出た、その自然な誘い文句。
 気づけば、太陽はもう沈み、空は紫色に変化しはじめていた。
 もうすぐ、夜がやって来る。
 クレイには、それが少し淋しく思えた。
 もう少し、こうしていたいと。もう少し、こうしていられればと――。


 翌日。
 クロンウォールの城で目覚めたフィーナは、ふと窓の外に目をやった。
 カーテン越しにきらきら差し込む陽光に気づき、外を眺めたくなったから。
 カーテンをあけ、窓をあけると、さわやかな風がぴゅうと一つ通り過ぎていく。
 そして同時に、小鳥のさえずりも聞こえてきた。
 商業大国といっても、昨日飛翔の塔の上からみてわかったように、この国にもまだまだ緑は残っている。
 それが、フィーナは少し嬉しく思う。
 そして、昨日約束した。
 今日、キオスが湖へ連れて行ってくれる。
 噂に聞くキオスとは違い、実際に会ったキオスはとても優しくて紳士的。
 ちゃらんぽらんなんてとても思えない。とんでもない。
 まあ、無類の女好きという辺りは、まだ真偽のほどは確かめられていないけれど。
 昨日会ってかわした会話から推察すると、やはりそれも真実味に欠けるのではないだろうか。
 キオスのあの様子では、女好きというよりかは、むしろ、あまり女性に慣れていないような?
 一生懸命フィーナに気を遣うキオスが、かわいいとも思えてしまう。
 そして、とても好感がもてる。
 彼なら、いいかもしれない。
 彼がキオス王子というなら……。
 脅されて強引にすすめられた政略結婚の話だけれど、彼なら……。
 たったの一日で、フィーナの心はそこまで変化していた。
 フィーナ自身、嫌で嫌で仕方がなかったはずなのに。
 自国の存続のために、渋々承知した婚約話なのに。
 昨日一日でフィーナに見せたキオスは、あれは偽物でないと信じたい。
 あのキオスなら、いい。好きになれそうな気がする。
 そして、結婚しても……。
 あのキオスなら、大切にしてくれそうだから。
 フィーナは、そう思うようになっていた。
 どちらにしても、結局結婚しなければならないのなら、やはり――。
 そうして、小鳥のさえずりを聞きながら、フィーナは一人思いふける。
 それは、胸のどこかがかすかにあたたかいような、そんな感じがする思いだったかもしれない。
 その時、フィーナの部屋の扉がゆったりとたたかれた。
 クロンウォールにやってきて、二日目がはじまろうとしている。


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update:05/05/22