とんでもない誤算
change〜とりかえっこ王子〜

 昨夜の夕食は、これまた王の迷惑なおせっかいのおかげで、フィーナとクレイの二人きりでとった。
 本来なら、アルスティルからわざわざお越しいただいた貴賓≠ナあるところのフィーナは、盛大なもてなしを受けるはずなのだが、今回の目的が目的なだけにそうなったのである。
 当然、それに異をとなえる者などいない。アルスティルにおいては。
 一方、クロンウォールの重臣たちは、異をとなえたくて仕方がなかった。
 しかし、それはかなわず、ぐっと飲み込む。
 王に異をとなえてしまえば、何故かとその理由を問われることになるだろう。
 そうすると、必然、窮地に追い込まれる。
 ばれてしまう。
 今回、キオスがやらかしたことが。
 そして、キオスに脅され、キオスの思い通りにアルスティルを騙している自分たちのことが。
 そうなると、首が飛ぶのも現実にならないこともなくなってしまうので、死んでも異などとなえられない。
 これは、重臣にとっては、死活問題。
 そして、人生を賭けた大博打(おおばくち)
 ――たった一人、ちゃらんぽらん王子のためだけに。
 この時、誰もが、ちゃらんぽらん王子を心から恨めしく思ったに違いないだろう。
 下手をすれば、殺意すら覚えるほどに。
 そして、朝食もやはり二人きりでと提案したが、それはアルスティル側が丁重に断りを入れていた。
 女性の仕度は何かと時間がかかるので、朝食の時間に間に合わず、王子にご迷惑をかけることになるとか何とか明らかに嘘くさい理由をつけて。
 本当は、今回フィーナについて来たおともの者たちは、そんなことはみじんも思っていない。
 フィーナ王女といえば、国でもそんなくだらない理由で他人に迷惑をかけるような姫君ではない。完璧な姫君と有名。
 まあ、その性格は、ちょっと……いや、だいぶ、恐ろしいものがあるとは言われているけれど。
 そう、王にすら平気で喧嘩を売ってしまえる程度に。
 あまつさえ、王に、一蹴、平手打ちもさらりとやってのける。
 ある意味、国でいちばん恐ろしいのが、フィーナかもしれない。
 彼らは、本能でそう悟っていた。
 そして、今回のこの政略結婚を、この上なく嫌がっていることも当然知っている。
 だから、あまり王子と二人きりにして、フィーナのご機嫌を損ねては一大事である。
 そう考え、せめて朝だけでも、一人でゆったりのんびり過ごさせようとした。
 間違って王子の前でぷっつんなどこられては、大変なことになる。
 フィーナとて、我慢の限界というものがあるだろう。
 そうして、別々の朝食を終え、キオスとの待ち合わせの場所、昨日フィーナが馬車から降り立った車寄せがある広場へやってきた。
 すると、すでにそこにはもう、キオスの姿があった。
 まだ約束の時間よりも十五分は早いかというのに。
 なんとも、噂とは違って、律儀な王子様である。
「キオス王子!」
 キオスの姿を見つけたとたん、フィーナはそう言って駆け寄っていた。
 これには当然、フィーナのおつきの者たちはあっけにとられている。
 国のためと渋々承諾した政略結婚相手に、あのフィーナ王女が何やらなついているようだから。
 年よりもずっと大人びたところのある王女が、年相応に見える。
 これに、驚くなという方が無理である。
 呼びかけに敏感に気づいたキオスは、優しい微笑みでフィーナを迎える。
 もちろんそれは、昨日同様、替え玉のクレイである。
「おはようございます、姫」
 駆け寄って来たフィーナに、クレイはそう挨拶をした。
 するとフィーナは、くすっと肩を少しゆらし微笑む。
「おはようございます、キオス王子。今日は、お約束の湖に連れていってくださるのでしょう? 楽しみですわ」
 フィーナはやはり柔らかく微笑んだ。
 本当に、心からそう思っているように、嬉しそうに微笑んでいる。
 フィーナの手をすっととり、クレイはエスコートする。
 クレイもまた、嬉しそうに。
「一応馬車を用意しておきましたが……。すぐ近くですし、歩いてではいかがですか?」
 フィーナの顔色を、少し不安げにクレイがうかがう。
 たしかに、クレイのすぐ後ろには馬車が用意され、御者が頭を垂れている。
 フィーナは馬車とクレイを交互に見比べ、そしてにっこり微笑んだ。
「もちろん、歩いてまいりましょう」
 気づかぬうちに、フィーナはそう言っていた。
 しかも、あっけらかんと。
 これには、クレイも多少驚いてしまった。
 フィーナも一国の王女であるから、普段ならば馬車でというところだろう。
 しかし、わかったのである。そして、知らず知らず望んでいた。
 馬車で行けばクレイとの時間はすぐに過ぎてしまう。
 しかし、歩いていけば、それだけ少しだけ、時間をかせぐことができる。
 歩く分だけ、余分に……。
 クレイと並んで歩くのは、フィーナは嫌じゃない。むしろ楽しいかもしれない。
 それは、昨日半日一緒に過ごして、そう思ったから。感じたから。
 そして、もしかすると、昨日みたいに、クレイがフィーナの手をひいてくれるかもしれない。
 昨日、飛翔の塔頂上に続く階段でとり合ったように、その手をもう一度……。
 そう願ったのは、フィーナだけではなかったよう。
 フィーナが歩いてと答えると、クレイはやはり優しく微笑み、当たり前のようにフィーナの手をとっていた。
 一応馬車は用意したけれど、歩いてと提案した辺りで、クレイもフィーナと同じことを考えていたと思ってまず間違いはないだろう。
 そのような、出会ったばかりのはずなのに、すでに仲がよく見える二人を見て、両国の者たちは複雑に微笑を浮かべた。
 クロンウォールは、アルスティルをたばかっているというその罪悪感から。
 アルスティルは、フィーナの急激な変化に戸惑って。
 両国とも、二人を見て、とんでもない誤算が生じてしまったと思っていた。
 どちらも、この話はうまくいって欲しくはない。実は。
 うまくいって欲しいと思っているのは、両国の何も知らない王様たちだけ。
 まったく、平和ぼけもいいところである。
 同時に、この後の最悪な事態が彼らの頭をよぎる。
 クロンウォールは、仲良くなりすぎてしまったがために、本当のことは絶対に言えなくなってしまった。
 そして、それが間違ってばれた時のことを想像して……。
 アルスティルは、今もって、フィーナはあくまでふりをしているだけと思っている。
 そして、我慢の限界がやってきた時の、フィーナの豹変ぶりを予感して……。
 どちらも、生きた心地がしなかったことだろう。
 それだけは、間違いない。


 手をつなぎ、フィーナとクレイは小道を湖へと向かっている。
 城のすぐ西に位置するその湖までは、歩いても十分から二十分といったところだろう。
 その道のりを、二人は仲良く歩いていた。
 時折、くすくすという楽しそうな笑いをまじえつつ。
 道端に咲く野花にも、空を飛びかう小鳥にも目をくれることはない。
 その目には、ただ互いの姿しか映っていないかのよう。
 そしてここには、従者の一人もいない。
 たった二人だけ。
 まったくもってこの国は、相当平和ぼけしているようである。やはり。
 城の中ならいざ知らず、城の外でも二人きりにしてしまうなど……。
 大切な客人に、もしものことがあったらどうするというのだろうか。
 しかしながら、クロンウォールの重臣たちは、それでも二人の身を案じてはいない。
 このクレイという人物。
 城の中では、なかなかに有名な剣の使い手だから。こう見えても。
 だから、姫君一人くらいなら、クレイ一人で十分とたかをくくっている。
 いや、それはたかなどではなく、事実だろう。
 何しろクレイは、かつて、一人で大男二十人をあっという間になぎ倒したとか何とか言われているのだから。
 そのすらっとした体からはとうてい想像もできない。
 しかし、その胸板は、意外にもがっしりとしていることは確かだろう。
 昨日、飛翔の塔で、フィーナはそれを体感したことだろう。
 だから、クレイがいれば、護衛など必要ない。
 ……というのはたてまえで、本当は、ただかかわりあいたくなかったのだろう。
 これ以上二人のそばにいれば、必ずぼろを出してしまう。
 そしてぼろを出してしまったら、当然ばれるだろう。
 今目の前にいるキオス王子は、実はキオス王子ではないということが。
 そんな危ない人間は、そばにいないにこしたことはない。
 全てを、これ幸いと、クレイに押しつけてやったといっても過言ではない。
 ばれたその時は、クレイに全責任を転嫁してやろうと、そんな汚いことを重臣たちは考えていたかもしれない。
 諸悪の根源は当然キオスであるが、クレイがキオスに負けなければこんなことにならなかったと、重臣たちはそろそろ都合のよい考えに至りはじめていた。
 自分たちも、キオスの脅しに負けた口であるというのに、それを棚に上げて。
 まったくどこの国もそうであるが、調子のよい重臣たちである。
 ……と、クロンウォールはそれで片づくが、アルスティルはというと、当然何も言えない。
 もともと脅されてすすめられてしまった婚約話である。そうそうに口出しできようはずがない。
 ここはクロンウォールに従って、クレイ一人におしつけてしまおう。
 フィーナがぶっちぎれた時は、その時はその時で考えればいいと、半ば投げやりだったかもしれない。
 そんな重臣たちの思惑など、苦悩などどこ吹く風、フィーナとクレイの二人は本当に仲睦まじく小道を歩いていく。


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update:05/05/29