小悪魔の微笑み
change〜とりかえっこ王子〜

「キオス……王子……?」
 目の前には、瞳をうるませ、驚いたようにクレイを見つめるフィーナの姿がある。
 そんな目で見つめられると、クレイはやはり、とんでもないことをしてしまったのだと思わされる。
 つきつけられる。クレイは、とても酷い男だと。
 愛しすぎて思わずキスしてしまったけれど、やはりフィーナにとっては衝撃が大きいことだろう。
 会ったばかりの男に、とんでもないめにあわされたのだから。
 このように奥ゆかしい姫君に、あんな破廉恥なことをしてしまったのだから、当然、怒りを、恨みを覚えるだろう。
 嗚呼。クレイは、なんと罪深いことをしてしまったのか。
「今さらかもしれませんが……申し訳ありません。だけど、わたしの気持ちは嘘ではありません。わたしは……わたしは、あなたが……」
 じっと見つめるフィーナに、クレイは辛そうにそう言葉をつむぐ。
 フィーナを熱く見つめ。
 今にも抱き寄せてしまいそうな衝動を必死にこらえ。
 この思いだけは、嘘ではないと。
 すると、希望がかなったのか、クレイの予想に反し、フィーナはそんなクレイの胸の中へと飛び込んできた。
 ふわっと香る、あまい香りとともに。
 フィーナが触れた胸の辺りが、妙に熱を感じる。
「フィ、フィーナ姫!?」
 いきなりのフィーナの予想もつかないこの行動に、クレイはどうすればよいのかわからず、おろおろとしはじめてしまった。
 このままフィーナを抱きしめてもいいのか、それとも引きはなすべきか。
 クレイの思いは、ぎゅっと抱きしめたいと、そこにあるのだけれど……。だけど……だけど、それでも――。
 そうして両腕を手持ち無沙汰にかまえているけれど、胸に伝わってくるフィーナのぬくもりが、クレイの理性をぶち壊す。
 もう、我慢なんてできない。
 そう感じた瞬間、クレイはぎゅっとフィーナを抱きしめてしまった。
 もう、取り返しがつかない。
 クレイは、至上の喜びと同時に、奈落に突き落とされたような感覚に襲われた。
 そして、フィーナの部屋を訪れる前にしていた決意が、ゆるぎないものとなる。
 告げる。全てを。本当のことを。フィーナに。
 それで嫌われても、それは仕方がない。
 全ては、クレイ自らが招いてしまったことだから。
 こんな結末が待っていると知っていたら……と、やはりクレイはそう思うけれど、それはもう後の祭り。
 だから、これからは、告げたその後のことを考えよう。
 それでフィーナの怒りをかい、嫌われても、それは仕方がないこと。
 だけど、このままフィーナを騙し続けることだけはできない。
 フィーナが好きだから。愛しているから。
「フィーナ姫。わたしは、あなたを騙しています。わたしは、キオスではありません」
 意を決し、最悪の結末を頭に描きつつ、クレイは苦しそうにそう告げた。
 とうとう、言ってしまった。
 真実を打ち明けてしまった。
 ぎゅっと抱きしめていたフィーナの顔を、クレイは恐る恐るのぞき込む。
 すると、フィーナはすいっと顔をそらした。
 そして、その体は小刻みに震えているような気がする。
 瞬間、クレイは絶望に襲われた。
 やはり、駄目だったか……。
 嘘をついていたのだから、騙していたのだから、これは仕方がないこと。
 そう思いたいけれど、クレイの心はやはり、フィーナを諦めることができない。
「フィ――」
 顔をそらしたフィーナの名を呼ぼうとした時、くすくすという小さな笑い声がクレイの耳に届いた。
 そこで、クレイの目は、瞬時に点になる。
「へ……?」
 目を点にしたクレイは、フィーナをまじまじと見つめる。
 すると、再び、フィーナの顔がクレイへと向けられた。
 くすくすと楽しそうに笑うフィーナの顔が。
 そして、けろっとした顔で、さらっととんでもないことを告げる。
「知っていましたわ」
 そう言ったフィーナは、次の瞬間には、意地悪く、クレイににっこりと微笑みかけた。
「え?」
 当然、クレイの目は、今もって点のまま。
 一体、この展開は……?
 呆然としつつも、フィーナをはなそうとしないクレイの腕の中で、フィーナはやはり、意地悪くにっこり微笑む。
「みくびらないでちょうだい。婚約が決まった時、ちゃんと相手の顔を確認しましたわ。だってそうでしょう? その方が、今後わたくしの人生を左右するかもしれない方なのですもの」
 フィーナは相変わらずくすくす笑いながら、再びクレイの胸に、こてっと頭をゆだねる。
 触れたそこから伝わる、どくどくとフル回転をしているクレイの胸にゆられ、フィーナは幸せそうにそのぬくもりを感じている。
 しかし、クレイはまだ合点がいかないのか、それとも思考が停止したままなのか、相変わらず呆然とした表情を浮かべている。
「それじゃあ……」
 そして、それだけをぽつりとつぶやくことができた。
 一体、先ほどから、フィーナは何を言っているのだろう?と、まだそんなところをクレイの思考はめぐっている。
 当然、そんなクレイに気づいているフィーナは、さらに意地悪く言葉をつづける。
 嬉しそうに、心地良さそうにクレイの胸の中から。
「ええ、最初から、あなたはキオス王子ではないとわかっていましたわ。わかっていて、騙されたふりをしていましたの」
 胸の中からちらっとクレイを見上げるフィーナの不敵な微笑みに、クレイはもう言葉を出すことができなかった。
 かなりの驚きをたたえたその顔で、ただまじまじとフィーナを見つめるだけ。
 そのようなクレイを見て、フィーナはさらに得意げに語っていく。
「わたくしだって、いくら顔がよくたって、へなちょこ王子なんて願い下げですわ。やはり、中身がありませんと、中身が」
 そう言ったフィーナは、小悪魔のような笑みを浮かべていた。
 どうやらこのフィーナという王女は、クレイが思っているよりもずっと、しっかりとしていて恐ろしい姫君なのかもしれない。
 自国のために犠牲になるような姫君では決してないと、何故だかクレイはこの時、そう悟らされたような気がしてならなかった。
 もしかすると、この姫君は、ただ責任感が強く健気な姫君なだけではなく、実は一筋縄ではいかない姫君かもしれない。
 一癖も二癖もある姫君かもしれない。
 とりとめなく、クレイはそう思えてならない。
 クレイがそんな思いを募らせていると、有無を言わせぬフィーナの微笑みが注がれた。
「わたくしは、キオス王子ではなく、あなた……あなたに恋をしましたの。あなたが何者でもかまいませんわ。ねえ? もちろん、わたくしを連れて逃げてくれるのでしょう? わたくしの心を奪った責任、とってくれるのでしょう?」
 試すような、だけど信じきったようなフィーナの微笑みが、クレイの心を射止め、包み込む。
 誰よりも意思が強く、誰よりもわがままな姫君を、クレイはこの時はじめて見た。
 そして、そんな姫君が、何よりも愛しいと実感する。
 クレイはどうやら、とんでもない姫君に、恋をしてしまったようである。
 自分たちの恋を守るために、駆け落ちしようとさらっと言ってのけてしまうような姫君に。
 そんなところがまた、たまらなく愛しい。


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update:05/06/19