金の髪の乙女
change〜とりかえっこ王子〜

 これは、健気に見えて、実は一癖もニ癖もある小国の王女と、しっかりしていそうに見えて、実は情けない大国の替え玉王子が結ばれた翌日のこと。
 やわらかい日差し差し込むテラスに、相変わらず優雅にココアをすするキオスの姿があった。
 やはり、自分がまいた種で、王を除き、王宮中が真っ青になっていることなどどこ吹く風、腹立たしいほど幸せそうに、さわやかな風をその体いっぱいに受けている。
 そよそよと、いかにも軟派に中途半端にのばしたブラウンの髪を、風にゆらしている。
 こんなところをクレイが見たら、一発や二発、拳をお見舞いしたくなることだろう。
 このキオスのために、クレイは今回、しなくてもいいわずらいをしたのだから。
 まあ、キオスのふざけた企みのおかげで、フィーナと心通わせることができたといえないこともないかもしれないけれど。
 しかし、それとこれとは、やはり話は別。
 憎らしいものは憎くらしいし、腹立たしいものは腹立たしい。
 と、誰もがそう思うだろうに、このクレイという人物は、なんとも心が広い、太っ腹な青年である。
 怒った様子などみじんもない。
 よほどできた青年のようである。
 それは、キオスという王子を知りつくしているために、怒りよりも呆れが先に来てしまっている、というところかもしれないけれど。
 キオスには、いくら怒っても、無意味に体力を消耗するだけである。
 クレイのこのうんざり顔を見れば、それもうなずける。
 そのようなクレイに、逆にキオスの怒りが投げかけられる。
 無駄に優雅にココアをすすり、彼の性格のように無駄に陽気な陽光を受け。
 それは、キオスの前にやって来た、クレイが発した言葉によるらしい。
「お〜ま〜え〜な〜っ! よりにもよって、俺のもとに、どうして王女を連れてくる!?」
 そう怒鳴ってみたものの、ここに、王女ことフィーナの姿はない。
 クレイはただ、「あちらにフィーナ王女がいらしているのですが、会いますか?」と、そうキオスに尋ねただけである。
 まあ、その言葉から、さすがにこのちゃらんぽらん王子でも、クレイが何を言いたいのか、そして何をやらかしたのか理解できたらしい。
 ちゃらんぽらんにしては、なかなかなものである。
 いやに察しがしい。
 勘だけはいい。
 無駄にきいきい騒ぎ立てるキオスをさらっと無視し、クレイは涼しい顔で言葉を続ける。
「全てばれているのですよ、フィーナ王女には。そして、王女があなたに会いたいとおっしゃるので、お連れしました」
 どうやら、「美女が好きだあ〜!!」とふざけたことを絶叫した時もそうだったけれど、クレイにかかればキオスなどたいしたことはないようである。
 しかし、それにもかかわらず、キオスのむちゃくちゃな企みは押しつけられてしまうらしいけれど。
 一歩及ばずで、押しが弱いようである。このクレイは。
「もちろん、会いますよね?」
 押しが弱いと思われたクレイだけれど、どうやら今回は押しが強かった。
 有無を言わせぬ光をこめた目で、キオスをじっと見つめる。
 それに、キオスは気おされたように「う……」とうなり、がちゃんとカップをソーサーの上においた。
 そして、恨めしそうにクレイをにらみつける。
 先ほどの勢いはどこへやら、なんともちょろい王子様である。
「てめえ〜……。覚えていろよ。俺様のこの容姿に……」
「はいはい。それはもう、耳にたこができるほど聞いていますよ。では、いいのですね? 王女をこちらにお呼びしますよ」
 キオスの常套句(じょうとうく)をさらっと遮り、クレイはあっさりとそう言い放つ。
 キオスの言葉など、どうでもいいかのように。
 キオスの言葉など、関係ないように。
 そんなどこか強気のクレイに、キオスはこの上なく面白くなさそうに、不愉快に顔をゆがめる。
 ぼすんと、籐のソファにおいたふかふかクッションに身を沈める。
 ぷうと、餌でぱんぱんになったりすの頬袋のように頬をふくらませる。
 まったく、このちゃらんぽらん王子様は、お子様か。
「けっ。好きにしなっ」
 ぶんとクレイから顔を背け、投げやりにキオスはそうはき捨てる。
 キオスのそんな態度も、クレイはやはりさらっと流し、ひょうひょうと答える。
 どうにもこうにも、キオスなどまともに相手にしては無駄に疲れるだけであると言いたげに。
「では、好きにします」
 そう言って、クレイは、フィーナを待たせているらしい、風に揺られたカーテンの向こう、部屋の奥へと甘く呼びかける。
「フィーナ……」
 もうすでに呼び捨てにする仲になっているらしい。
 昨日の今日だというのに。
 情けないように見えるクレイでも、おさえるところはちゃっかりおさえているようである。
 このクレイという男、とんだ食わせ者かもしれない。
 それを言うなら、フィーナもそうかもしれないけれど。
 クレイがフィーナの名を呼ぶと、風にひらひら揺れるカーテンの向こうから、品のよいエメラルドグリーンのドレスのすそが顔をのぞかせた。
 それに続き、すぐにフィーナの姿も現れる。
 真っ白いカーテンに包まれるように、フィーナの金の髪とエメラルドグリーンのドレスが風を受ける。
 ふわりと、宙を舞う。
 エメラルドグリーンのドレスに、金のふわふわの髪がよく映える。
 テラスに現れたフィーナは、陽光を受け、きらきらと輝いていた。
 それはまるで、あの時のように。
 クロンウォールの城にやって来て、馬車からその姿を現した時のように。
 そこにいる人々の目をひきつける。
 当然、この人、ちゃらんぽらん王子キオスの目までも。
 「美女が好きだあ〜!!」のふざけた王子、キオスの目までも――。
「……って、え? その娘がフィーナ王女……?」
 そして、キオスはそうぽつりとつぶやいていた。
 呆然と、フィーナを見つめる。
 呆けるキオスに、フィーナはにっこり微笑みかける。
 ふわっと柔らかく微笑むように見せかけて、その目の奥には、獲物を狩る時の鷹のような光をこめて。
 やはり、この王女は、一筋縄ではいきそうにない。
 恐ろしい。
「はじめてお目にかかりますわ、キオス王子。あなたが、本当のキオス王子なのですってね?」
 にっこりと、悪魔の微笑みをたたえるフィーナ。
 それはまさしく悪魔の微笑み。
 天使のようにほがらかに微笑んでいても、その背後に漂う黒いものが何とも……。
 しかし、フィーナに見惚れているキオスが、それに気づくはずがなかった。
 クレイはしっかり気づいていて、あははっと愛想笑いを浮かべているにもかかわらず。
 やはり、キオスは、抜けたちゃらんぽらん王子である。


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update:05/06/26