うそつき王子
change〜とりかえっこ王子〜

「え……。あ、ああ。――本当に、フィーナお……」
「ええ、わたくしが、フィーナ。それがどうかなさって?」
 キオスの言葉を途中で切り、フィーナはさらっと答える。
 どこからどう見ても、形勢はフィーナが有利。
 じわりじわりと大きくなっていくこの黒いもやを見れば、なおのことそう思えてならない。
「い、いや。噂に聞く、堅物お姫様とは……」
 やはりキオスの言っていることは要領を得ない。
 結局、このちゃらんぽらん王子は、何を言いたいのだろうか?
 まあ、だいたいの予想はつくけれど。
「そうですわね、噂ってあてになりませんわね。だって、キオス王子、あなた、噂よりもさらに困った方でしたもの。どうしようもありませんわね」
 さらっとそんな暴言をはき、やはりにっこり微笑むフィーナ。
 もしやこのお姫様は、本当に、とんでもないお姫様なのかもしれない。
 一国の主である父親のみぞおちに、ぼごっと一発お見舞いするだけのことはある。
「え……?」
 その暴言に、キオスは当然、自分の耳を疑うように、まじまじとフィーナを見つめる。
 陽の光を受け、きらきら輝く金の髪を持つフィーナに、今もってみとれながら。
 しかし、そんなキオスの耳に、キオスを打ちのめす言葉が再び降り注がれる。
 ……いや、それは、キオスが望んでいること。本来は。
「でも、そのおかげで、わたくしは見つけてしまいましたけれど。――だから、ごめんなさい。あなたの望んでいる通り、わたくし、この縁談はお断りいたしますわ。どう? 満足でしょう?」
 やはり、にっこりと、悪意がこもった微笑みを浮かべ、フィーナはキオスに笑いかける。
 フィーナの横には、何故だか頭を抱えるクレイの姿があった。
 これまで抱いていたフィーナの印象が、みごとにがらがらと音を立てぶち壊されているのだろう。
 まさしく、この瞬間。
 しかし、そんなフィーナを、それでも愛しいと感じている大馬鹿者は、愚か者は、クレイその人だけれど。
 楽しそうにキオスを追い詰めていくその横で、クレイは優しい瞳でフィーナを見守っている。
「ちょ、ちょっと待って! フィーナ王女が本当にあんたなら、話は別だ! この縁談は……!!」
 慌ててフィーナに待ったをかけるキオスだけれど、それもやはりすぐに、フィーナによって一刀両断されてしまう。
 それはもうみごとに、あっさりと。容赦なく。
「今さら遅いですわ。この方を代役に立てたあなたの落ち度ですわね」
 フィーナはくいっと横にいるクレイの腕を抱き寄せ、キオスに見せつけるようににっこり微笑む。
 た、たちが悪い。
「……え!? それじゃあ……」
 フィーナのその行動に、キオスは目を見開く。
 信じられないと、悪夢だと。
 そして、はっと何かを悟ったように、落胆の色を見せる。
 それでもなお、フィーナの攻撃はやむことはない。
 困ったように、だけど愛しそうにフィーナを見つめるクレイにかまうことなく。
 クレイもクレイで、嬉しそうにフィーナにされるがまま。
「ええ、わたくしたち、こういう仲になってしまいましたの」
 そう言いながら、フィーナはきゅっとクレイの胸に抱きついた。
 当然、その瞬間、クレイがぼんと真っ赤になってしまったことは言うまでもない。
 それでも幸せそうにフィーナを見つめるクレイがそこにいるから、……はいはい、ごちそうさま。
 落胆の色を見せていたはずのキオスだけれど、フィーナの大胆な行動に、瞬時にその表情は怒りの色へと変わった。
 そして、憎らしげに、責めるように、ぎんとクレイをにらみつける。
「クレイ! お前! 俺が絶世の美女好きなのを知っていて、今まで黙って俺のふりをしていたのか!!」
 がばっと立ち上がり、びしっとクレイを指差す。
 それはもう本当に、わなわなと怒りに身を震わせている。
 ……まったく、こんな単純なことで、よくもそこまで怒れるものである。
 そして、やはり、結局はそういうことになるのか。
 このちゃらんぽらんなふざけた王子様は。
 まったくもって、言いがかりもいいところ。
 もとはというと、全てキオスの企みの結果なのだから。
「……あなたが、はじめに放棄したのですよ」
 わなわな震えるキオスなんて何のその、クレイはさらっとそう言ってのけてしまった。
 そして、きゅっとフィーナを抱きしめ返す。
 恋する男とは、ここまで強くなれるものなのだろうか?
 キオスに簡単に替え玉王子を押しつけられたなど、今のクレイからは想像もつかない。
 それほどまでに、今のクレイはキオスの優位に立っている。
 しかし、クレイに抱きしめられているのに、フィーナの表情はどこかおかしい。
 複雑そうに、怪訝そうにゆがんでいる。
 その理由はいたって簡単。こういうこと。
「……ちょっと待ってちょうだい。クレイって……まさか、あなた……!?」
 フィーナは、腕の中から、ばっとクレイの顔を凝視する。
 ぎょっと目を見開いたような、この上なく驚いたような顔をして。
 フィーナに、クレイはにっこりと微笑みを落とす。
 それは、先ほどまでフィーナがしていたそれのよう。
 どこか意地悪っぽく、小悪魔ちっくに。
「ええ、そうですよ。やはりご存知ありませんでした? わたしは、この国の第一王子、クレイ・ジェファーソン・クロンウォール。キオスの兄です」
 平然と、しかもさらっとそう言ってのけたクレイを、フィーナは思わず、ぽか〜んと見つめてしまった。
 どうやら、言うべき言葉が浮かんでこないらしい。
 クレイは、さらに意地悪っぽく言葉を続ける。
 だけど、その目はやはり、優しくフィーナを見つめている。
「ですから……残念ながら、あなたをさらって逃げることはできません。駆け落ちはできません。――いいえ、必要ないのですよ?」
「騙したわね!!」
 瞬間、どんという大きな音とともに、意地悪く微笑むクレイと、真っ赤になり憤るフィーナの体がはなれた。
 そこに、名残惜しそうに、フィーナを抱いたままの形のクレイの腕が残っている。
 そのクレイの様子に、フィーナはさらにむうと頬をふくらませていく。
 これはどうやら、フィーナはすねてしまったらしい。
 クレイが黙っていた、その事実に。
 実はキオス王子は替え玉だったということなどよりももっと重要な、その事実。
 クレイは、自分の腕の中から逃れたフィーナを、恨めしそうにじとっと見つめる。
「騙したも何も……。すでにキオスと偽っていたのですから……。それに、わたしは、王子ではないとは一言も……」
 困ったように肩をすくめ、あまりやる気なくクレイはフィーナにフォローを入れる。
 そんなものは必要ないと、自信たっぷりに体全部でいいながら。
 ぷくうと頬をふくらませすねながらも、フィーナの目は笑っている。
 そのようなフィーナを前にして、クレイも本気で弁解しようなどは思えないだろう。
 フィーナの気持ちがわかってしまうから。
 嬉しくて、クレイの顔はついついほころんでしまう。
 だけど、ここは一応、困ったように見せかけておく。
「信じられない。嘘つき。あなたが王子だったなんて……」
 むうとクレイをにらみつけ、フィーナはやはりそう不平をもらす。
 そして、クレイが予想していたことが、落胆したキオスの前で行われる。
 嬉しそうに微笑みながら、フィーナがまた、クレイにがばっと抱きつく。
「嬉しすぎる誤算ですわ。これで、お父様を説き伏せるという厄介な仕事がなくなりましたわ。あなたって最高よ、クレイ!」
 当然、クレイも幸せそうにフィーナを抱きしめかえす。
 そして、二人、衝撃のあまりぐわらんぐわらんと頭をまわすちゃらんぽらん王子などそっちのけで、腹立たしいほどのいちゃつきっぷりを披露しはじめる。
 見せつけるように、あてつけるように、呆けたようなキオスのその目の前で。

 そうして、緑豊かな小国アルスティルの王女と、商業大国クロンウォールの王子との恋物語が、二度目のはじまりを迎える。
 この後、両国の人々に驚きを与えることを想像すると、自然くすくすと笑いがこみ上げてくる。
 そんなたちが悪い恋人たちが誕生した。
 今、ここに。
 そして、恋した瞬間失恋しちゃったちゃらんぽらん王子は、やはりどうしようもなくちゃらんぽらんだったと、末永く語り継がれることになるだろう。
 これは、皮肉なことに、そんなちゃらんぽらん王子のふざけた計画のおかげで結ばれた、お姫様と王子様のお話。
 替え玉王子の、彼にとっては幸せな恋物語――。


chapter1 おわり

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update:05/07/03