麗しの姫君
change〜とりかえっこ王子〜

 見渡す限り緑広がるその風景に、ぽつりと一つ古めかしい王宮。
 崩れかけた外壁は、辺り一面緑の風景に溶け込み、よく似合っている。
 緑豊かな平和なこの国は、アルスティル。
 古い言葉で、緑の国。
 ここは、そんなアルスティルの王宮……。
 ――え? アルスティル……じゃない!?


「フィーナっちゃあ〜ん!!」
 難攻不落とうたわれるクロンウォールの城に、奇妙な雄叫びがとどろく。
 もちろん、そんなふざけた雄叫びを上げるのは、この城――国では、この人しかいない。
 商業大国クロンウォールの第二王子キオス、その人。
 バルコニーで、金の髪を風にそよそよとそよがせる麗しの姫君のもとに、駆け寄る馬鹿王子。
 瞬間、当然のように、ずべしっと不細工な音が響き渡る。クロンウォールの城中に。
 その音を聞き、誰もがこう思ったに違いない。
 ……またか。
 これはそろそろ、日常茶飯事となりはじめている。
 いや、もとから日常茶飯事?
「あら? なんだか、手に害虫を一匹駆除したような不快感が……。気のせいかしら?」
 右腕を大きくぶらんぶらんと振りながら、首をかしげる麗しの姫君。
 しかし、今その口から発せられた言葉は、なんだかとっても恐ろしいように思えてしまうのだけれど。
「フィーナ。害虫を素手で駆除してはだめだよ。君の手が汚れるから」
 麗しの姫君フィーナの横で、一緒に眼下を見ていたクレイがそう言いながら、害虫を駆除したばかりの手をとる。
 そして、すっと取り出した真っ白いハンカチで、その手をいそいそとふきはじめる。
 本当は、消毒液の一つでも使いたいところだけれど。
 残念ながら、今ここにはない。
 だから、ハンカチだけで我慢する。
 ――とりあえず。
 そのようなクレイを、フィーナはうっとりと見つめている。
 今駆除したばかりの害虫などさらっと無視して、二人だけの世界へ突入。
 相変わらずの自己中ぶりである。
 まわりが見えていない。むしろ、どうでもいい。
「てめえ〜ら、人を何だと思っている!? フィーナちゃんはいいけれど、クレイ、てめえは許せねえ〜!」
 床にしずめられたちゃらんぽらん王子ことキオスは、そこにあぐらをかき、ぎゃあぎゃあとわめき散らしはじめた。
 どうやら、そこに居座ることに決めたらしい。
 ――迷惑な。
 王子ともあろう者が、地べたにあぐら……。
 なんとまあ、嘆かわしい。
 まあ、この王子に限っては、それもまた……。
 ぎゃあぎゃあわめくキオスを一瞥して、クレイは盛大にため息をもらす。
 もちろん、その手にちゃっかりフィーナの手をとったまま。
「別に、あなたに許してもらわなくても結構ですよ。――さあ、フィーナ。害虫は放っておいて中へ入りましょう。そろそろ風が冷たくなってきましたから」
 クレイは、キオスを蔑み見たばかりのその目で、今度はフィーナにふわりとやわらかな眼差しを送る。
 そして、とっていた手をそのまま引き寄せ、ぽすんと自分の胸の中にフィーナをおさめてしまった。
 なんともけっこうな早業で。
 やはり、このクレイという王子、その見た目からは想像ができないほど、くせ者。
 おさえるところはしっかりおさえる、ちゃっかり者。
 さすがは、一国の王女相手に、替え玉王子を演じただけのことはある。
 その神経、並大抵じゃない。
「え? うん。クレイさま」
 クレイに抱き寄せられ、フィーナは頬をほんのりそめて、うなずいていた。
 こちらの姫君もまた……。
 先ほどキオスに対峙していた時とはうってかわった態度。
 変わり身の早いことである。
 腰にまわされたクレイの手をちょっぴり意識しながら、フィーナは部屋の中へ入っていく。
 クレイと触れるところすべてが、なんだかくすぐったい。
 本当に、このちゃらんぽらん王子は、いつだってどんな時だって、こうして軽んじられる。
 まあ、それもまた、いたしかたないこと。
 何しろ、近隣諸国にその名をとどろかせる、ちゃらんぽらん王子なのだから。

 さて、この度、クロンウォールのちゃらんぽらん王子の企みによって、見事結ばれたクレイ王子とフィーナ王女。
 これは、そんな出来事から、一週間ほどが過ぎたある日のこと。
 フィーナはまだ、クロンウォールに居座……滞在しているよう。
 しかも、そのいちゃつきっぷりは、一週間前にくらべると、数倍にものぼっている。
 城中の者たちが、彼らの姿を見つけると、目を合わせないうちにそそくさと逃げていってしまう程度に。
 かかわったが最後、あてられてそのまま溺れ死にかねない。


「クレイもクレイで、女性に興味がないという困り者だが……。まあ、こちらはどうにかなると思っていたのだがな。……実際、どうにかなっているようだし。……はあ。これで、キオスは完全に婿の貰い手がなくなったというわけか」
 疲れきったように肩を落とし、そうつぶやくクロンウォールの王。
 このぶつぶつともらされる愚痴は、一週間前から続いている。
 クレイ王子とフィーナ王女の、城中がひっくり返ったその爆弾宣言を聞いたがために。
 本当に、あの時は、心臓がずどきゅーんと飛び出て、そのままおだぶつしてしまいそうになった。
 あまり、年寄りを驚かせないでもらいたい。
 まあ、それはそれで、とってもおめでたいことなので、王も無条件で祝福しているけれど。
 それにしても、言っていることは、まるっきり息子を息子とも思わぬ暴言。
 実の父であるクロンウォール王にまで、このように言われてしまうキオスって……。
 やはり、三国一のちゃらんぽらん王子。
 そのちゃらんぽらんぶり、天晴れ。ここにきわまれり。
 もう誰もが認める、救いようのない馬鹿王子。
 ――略して、ザル馬鹿王子。
「まあ、そう気落ちするなよ、親父」
 げんなりとたれる王の肩を、ぽんぽんとたたくキオス。
 しかも、したり顔で。
 それはまるでなぐさめるようにたたかれているから、一体誰のことで愚痴っているのか、このちゃらんぽらん王子はちゃんと理解しているのだろうか?
 ――いや、しているわけがない。
 だって、相手はちゃらんぽらん王子なのだから。
「お前に言われたくないわあっ!」
 だから当然、王がキオスに返す言葉はそれ。
 怒声とともに、キオスをげしと足蹴にしていた。
 親に手をあげられるならまだしも、足蹴にまでされてしまう王子って……。
 とことん、親不孝な王子。
 そして、不憫な王。


* NEXT *
* TOP * HOME *
update:06/01/15