王子様来襲
change〜とりかえっこ王子〜

 キオスと王が、まぎれもなく親子だと証明するその横で、クレイは一人、妙に真剣に考え込んでいる。
 そして、おもむろに視線をあげ、王へと合わせた。
「父上、バーチェスといえば……」
 それから、するりと、意外にもあっさりとクレイはフィーナを解放していく。
 それ以上言わなくとも、王には後の言葉がわかると言いたげに、クレイはじいと見つめる。
 もちろん、王にもわかってしまっている。
 それ以上、クレイに言われなくたって。
 だって、平和ぼけしていても、王はキオスほどちゃらんぽらんではないから。
 どんなに一緒になってお馬鹿なことをしていたって。
 おひげの攻防戦のお相手だって。
 重苦しい表情を浮かべ、王はクレイの言葉にこくんとうなずく。
「ああ、敵にまわせば、即国をつぶされる!」
 しぼり出すように、王がそう叫ぶ。
 瞬間、クレイの顔からも宰相の顔からも、色が失せた。
 重い空気がたちこめる。
 わかっていたことでも、あらためて王の口から言われると、その重大さを再認識してしまう。
 ……と、そこへ、余計なちゃちゃを入れるのが、この王子で……。
「へえ〜。そりゃあ、すごいねえ〜」
 妙に感心したように、キオスがしみじみとつぶやく。
 あまつさえ、「うんうん。それからそれから?」なんて、適当な相槌まで入れる。
 それは絶対に、この場の雰囲気をなごませようとか、そんな高等な考えからではなく、ただたんに、無知が故にはかれた台詞だと明々白々だから、クレイと王の二重鉄槌が容赦なくキオスに落とされる。
 こいつが口を出すと話がまったく進まないと、どこから持ち出してきたのか、縄でぐるぐる簀巻きにして、口にはさるぐつわをかませて……。
 あ、あの……?
 それって、本当に、まがりなりにも一国の王子にしてよい所業なのでしょうか?
 ――と、そこは、絶対につっこんではいけないところだろう。
 しかも、その一部始終を、けろりと平気な顔をして見ているこの王女もまた……。
 嗚呼。どうして、こうも普通じゃない人ばかりなのでしょう。ここの人たちって。
 ようやくキオスを拘束し終わり、満足げに荒い息をはくクレイと王のその背後で、なんとものんびりとした声がもらされる。
「まあ、どうして、ファセランさまがいらっしゃったのかしら?」
 本当にその理由がわからないと、きょとんと首をかしげるフィーナ。
 簀巻きで床に転がされ、ばちんばちんと、水から出された魚のようにはねるキオスを、フィーナはさらっと踏みつける。
 「うるさいですわよ」と、絶対零度のにらみまでお見舞いしている。
 絶対に、何かが果てしなく間違っています。この人たち。
「……って、フィーナ。君の知り合い?」
 実の弟がそんな仕打ちにあっているにもかかわらず、この王子様もまったく気にしたふうはない。
 そんなものよりも、こちらの方が大切と、がしっとフィーナの肩をつかむ。
 そして、ぐいっと顔を寄せ、じっとフィーナを見つめる。
 その額からは、一筋の汗が、つうと落ちてくる。
 もちろん、クレイともども、同様の疑問を抱いてしまった王と宰相も、次にもたらされるであろうフィーナの言葉を待っていた。
 ごくりとつばをのむ。
 そのようなどこか鬼気迫った様子の男性陣など目に入っていないのか、フィーナはこくりと首をかしげる。
「ええ、わたくしに求婚していた方の一人ですわ」
 さらっとそう言ってのけ、にっこり微笑む。
 瞬間、クレイも王も宰相も、奈落の底に突き落とされてしまったことは言うまでもない。
 それにしても……フィーナさん。
 そんなとんでもないことを、けろっとさらっとにっこりと言わないでください。
 つまりはそれって、バーチェスの王子様が、このクロンウォールを滅ぼすには、十分すぎる動機になるということでは……?
 求婚していた姫君が、とんびにとられちゃったのだから。
 なんだか、とっても愉快に素晴らしく、大嵐の予感……といったところ?
 ――それにしても、求婚していた方の一人≠チて……?


 言葉を失ったクロンウォールの親子三人をさっさとほっぽり出し、フィーナは玄関広間へ駆けていく。
 そこに、とんでもないところの王子様を、お待たせしているらしいから。
 どうやら、軍事大国バーチェス第一王子の突然のご訪問に、宰相をはじめとする重臣たちは、恐慌してしまっているよう。
 ――まあ、キオスのむちゃくちゃな企みにまんまとのせられ、その責任をクレイに押しつけちゃおうとする重臣たちなので、恐れ慌てないわけがないだろうけれど。
 慌てふためく宰相の立派なおひげをむんずとつかみ、そこにバーチェスの第一王子ファセランがいることを、フィーナは聞き出し、駆けてきていた。
 そして、玄関広間の天井を、手持ち無沙汰に暇そうに見上げる王子の姿を見つけた。
 だけど、そこで、何故だかぴたっとフィーナは足をとめた。
 すると、これまた何故だか、そのようなフィーナにファセランはふと気づき、
「やあ、フィーナ。久しぶりだね」
にっこりと、無意味にさわやかな微笑みを向ける。
 フィーナはぞくっと寒いものを背に感じたけれど、ぶんぶんと首をふり、払拭する。
 その後ろには、慌てて追いかけてきたようなクレイの姿が見える。
「本当に。お久しぶりですわ、ファセランさま。ご機嫌麗し――」
「麗しくなんて、全然ないけれどね」
 ドレスを持ち、フィーナは優雅に礼をとる。
 そのフィーナを横目でちろりと見て、ファセランはおもしろくなさそうにはき捨てる。
 そして、ようやくやってきたクレイを、ぎろりとにらみつけた。
 フィーナの横で、少し息を乱し、クレイは不安げに事の成り行きを見守りはじめる。
「まあ、それはまた、どうして?」
 フィーナは、あからさまにわざとらしい驚きの顔をつくってみせる。
 あまつさえ、両頬に両手をそえて、首をかしげているあたり、……フィーナ王女、やっぱりたちが悪い。
 わかっていて、あえてそのような振る舞いをしているのだから。
 もちろん、それに気づかないファセランではない。
「どうしてって、君が聞くかい? ……まあ、いいけれどね。そういうところが君だから」
 ファセランは、困ったように肩をすくめ、微笑んでみせる。
 そして、すっとフィーナに歩み寄り、ごくごく自然にその手をとり、ちゅっと甲にくちづけを落とす。
「ふふふ」
 それを愉快そうに眺めるフィーナ。
 この後の地獄絵図をとっても想像できているからこその、愉快そうな微笑み。
 これからきっと、楽しいことがはじまるに違いない。
 フィーナがクロンウォールにきて、かれこれ十日ほど。
 そろそろ退屈しはじめてきていたので、これはよい暇つぶしになりそう。
 ――そんなとんでもないことを考えているに違いない。この王女様のことだから。
 そして、その後ろでは、ごおっと炎をたちのぼらせるクレイ。
 その炎はもちろん、嫉妬の炎。
 ……あーあ。これは、クレイ、すねちゃったかな?


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update:06/01/29