小さな幸せ
change〜とりかえっこ王子〜

 ぽかぽか陽気が差し込む応接室。
 開け放たれた窓から、やわらかな風が吹き込んでくる。
 それに合わせ、細かく刺繍がほどこされたレースのカーテンが、ふわりとゆれる。
 窓辺では、なんとも優雅な時間が流れている。
 この人たちをよそに。
「本当に、どうして君みたいな素晴らしい女性が、こんなうだつがあがらない王子を……。その弟は、名が通ったちゃらんぽらんだし」
 仁王立ちで腕組みをし、ファセランははあと盛大にため息をもらす。
 もちろん、その言葉通り、その顔はとっても馬鹿にしたよう。今名があがった王子たちを。
 ファセランは、いまだぷすぷすとくすぶり続けるクレイと、その横のちゃらんぽらん王子を、なめるように上から下までじっくりと見ていく。
 そしてまた、はあとため息をついた。
 鼻で笑いつつ、肩をすくめてみせる。
 あきらかに、あてつけて、嫌味。嫌がらせ。
 さすがは、軍事大国の第一王子。
 正々堂々、遠慮なく喧嘩を売る。
 そのファセランの様子に、王は面目ないとばかりに身を縮める。
 しかも、こんな言葉をそえて。
「いや……。返す言葉もございません……」
「って、そこで認めるなよ、親父」
 すかさず、あのキオスから、そうつっこみが入ってしまうくらい自滅の道へ足を踏み入れる言葉。
 たしかに、そこで認めてはいけないだろう。まがりなりにも、認めたくないだろうけれど、間違いなく、ちゃらんぽらん王子の実の親なのだから。
 親ならば、子をかばってあげてもよさそうなものを。どんなに迷惑な息子だとしても。
 馬鹿な子ほどかわいいというけれど、この国王親子の場合、そんな域はすでに通りこしている。
 ――かわいくなど、絶対にあり得ない。そんなことが、あってなるものか。
「だって、お前は、本当にちゃらんぽらんだから」
 そして、王はとうとう、自ら滅びの道を選んだ。
 いや、開き直った?
 誤魔化しようがないくらいちゃらんぽらんならば、いっそ潔く認めてしまおうとでも思ったのだろうか?
「なにを〜っ!」
 当然、王のその判断は、キオスを怒らせてしまう。
 びよよーんと、王の立派なおひげを、真一文字にひきのばす。
 まあ、キオスが怒ったところで、この顔ぶれでは、誰も恐れはしないのだけれど。
「はいはい。二人とも、ここは落ち着いて」
 そんな馬鹿ばかりしている馬鹿親子に、クレイが仲裁に入る。
 頭痛を覚えているのか、こめかみあたりをおさえながら。
「クレイ! てめえは、何落ち着いているんだよ! フィーナちゃんが、フィーナちゃんが……っ!」
 ――この気障野郎にもっていかれてもいいのか!?
 キオスは、ぐいっとクレイの胸倉をつかみ上げ、そう叫ぼうとしたけれど、最後まで言葉を吐き出すことができなかった。
 胸倉をつかむキオスの手に、そっと重ねられた手があったから。
 キオスの顔から、一気に血の気がひいていく。
「キオス。わたしが、落ち着いているように見えますか?」
 重ねる手に、ぎりぎりと力がこめられていく。
 そのあまりもの強さに、キオスが顔を苦痛にゆがめる。
 まっすぐにキオスをとらえるその目は、この世の全てを滅ぼしてしまいかねない、恐ろしい光を秘めていた。
「……え? あ、兄……貴?」
 さすがのキオスも、そうつぶやくのでやっとだった。
 そんな珍しくシリアスをするクロンウォールの馬鹿兄弟をよそに、窓辺では、優雅にゆったりと、フィーナとファセランの会話が繰り広げられている。
 あまつさえ、「おほほほ……」という笑い声まで聞こえてきそうなのは、無視できない事実だろう。


「あら、クレイさま。そんなところで何をなさっているの?」
 キオスお気に入りのテラスで、キオスお気に入りのココア……ではなく、クロンウォール湖岸に咲く花でつくったお茶を飲みながら、無駄に優雅な雰囲気を漂わせるフィーナが、ふとそうもらした。
 ちゃっかりともにお茶を楽しんでいたファセランは、多少驚いたように目を見開く。
 そしてすぐに、嘲笑じみた笑みをもらす。
 二人の視線の先には、ひらひらゆれるカーテンの陰で、じとりと恨めしそうにこちらをのぞき見ているクレイがいたから。
 ……なんだかとっても、情けない。
 これが、クロンウォールの第一王子なのか。
 これでは、第二王子とそうたいしてかわらないような……。
 いやいや、第二王子なんかとくらべるなど、失礼すぎる。
 だって、相手は、その名をとどろかせる三国一のちゃらんぽらんなのだから。
 その三国一のちゃらんぽらんはというと、これまたクレイとともに、いらだたしげにフィーナとファセランの優雅なお茶の席をのぞき見ている。
 ――やはり、血は争えないらしい。していることが、一緒。
「べ、別に何もしていませんよ。ただ……」
 どことなくつんと口をとがらせ、だけど慌てたようにクレイはそう答える。
 それから、渋々と、隠れていたカーテンの陰から出てくる。
 ばれてしまったものは、潔く認めなければならない。
 そんなところは、クレイの不器用なところで、馬鹿正直なところ。
 もうちょっと、計算高く生きられないものなのだろうか?
 ……まあ、そんなところを、フィーナはとっても気に入っているようだけれど。
 しかし、そんなところがとっても気に入らないのが、こちらの王子。
「ただ、何なのかな? クレイ王子」
 かちゃんとわざとらしく音を鳴らせ、カップをソーサーの上におく。
 そして、ファセランのにっこりさわやか笑顔攻撃。
 笑顔のまま、ちくちくと攻めていく。
 その背後に、暗くて黒いものが漂っていることは、気にしてはいけないだろう。
 あからさまに、笑顔の下で、「邪魔だ。さっさと消えろ」といっている。
 クレイはむっと眉根を寄せるものの、すぐにその勢いは衰えてしまった。
 しゅしゅしゅうっと身を縮め、ちろりとフィーナとファセランに視線を移す。
 どうやら、後ろ暗いところがてんこもりにあるので、強気に出られないらしい。
 今の今まで、のぞき見をしていたという、後ろ暗いところがあるから。
 ――やっぱり、馬鹿正直。
「ファ、ファセラン殿。その……あまり、わたしの婚約者と仲良くしないでいただきたい」
 きっとファセランを見つめ、クレイはどこか頼りなげに、だけどきっぱりとそう言った。
 ――救いようがないほど、馬鹿正直。
「まあっ!」
 その瞬間、フィーナの顔が嬉しそうにはなやぐ。
 しかし、そのようなクレイの横では、キオスが余計なことをつぶやいていた。
「……クレイ、直球」
 だから当然、その直後、キオスは床に埋められることになっている。
 せっかくクレイが格好よく?決めたというのに、それを台無しにしたのだから、仕方がないだろう。
 ――ええ、決して八つ当たりなどではない。……きっと。
「おや? それはやきもちとかいうものかな? では、たっぷりやいてもらうとしようかな。――ねえ、フィーナ?」
 にやにやと笑いながら、ファセランはフィーナをぐいっと抱き寄せる。
 それから、その絹糸のようになめらかな金の髪を、優しくすいていく。
 思いっきり、クレイにあてつけるように。
「ああーっ!!」
 瞬間、クロンウォールの王城には、悲痛な絶叫がとどろく。
 そして何故だか、雄叫びなど日常茶飯事のはずなのに、クロンウォールの城の者たちは、びくっと体を震わせていた。
 雄叫びなど日常茶飯事だけれど、今回の叫びは、いつものちゃらんぽらん王子のものではなかったから。
「あははっ。さすがは、うだつがあがらないクロンウォールの第一王子だ!」
 そのようなクレイを、手を打って、とっても楽しげにファセランが笑う。
「ファセランさま!」
「ん? 何だい? フィーナ」
 ファセランをたしなめるように、フィーナが名を呼んだ。
 すると、目のはしにちょっぴり涙をためつつ、くすくすと笑いながら、ファセランが不思議そうにフィーナを見る。
「キオス王子ならともかく、クレイさまを悪く言わないでくださいな」
 抱き寄せるファセランの手をばちんとたたき、フィーナはするりとその腕の中から抜け出していく。
 少しおもしろくなさそうに、少し困ったように、ファセランが微笑を浮かべる。
 しかし、その直後、ぎろりと厳しいファセランの視線がクレイに注がれていた。
「……フィーナちゃん、ひどい……」
 キオスといえば、相変わらず床に座りこんだまま、泣きべそをかいていた。
 フィーナは、そのようなキオスの横をさらっと通過し、先ほどからずっと切なそうに見つめるクレイへ歩み寄っていく。
 そして、その手をすいっととる。
「それよりも、クレイさま、ご一緒にお茶などいかがです?」
 フィーナはにっこり微笑み、とった手をきゅっとにぎりしめる。
 瞬間、憔悴(しょうすい)していたクレイの顔が嬉しそうにはなやいだ。
 あっさりと、元気を取り戻す。
 同時に、フィーナも幸せそうに微笑んでいた。
 しかし、その提案をどうにもこうにも受け入れられないのがファセラン。慌ててとめに入る。
「ちょ……っ。フィーナ? せっかく二人きりで……」
「お黙りなさい」
 厳しい視線でフィーナに冷たくそう言い放たれ、ファセランはやれやれと肩をすくめる。
「……はいはい」
 そして、疲れたように、ぽすんと椅子に背をあずけなおす。
 そういえば、アルスティルのフィーナ王女といえば、こういう女性だったと、どこか満足げに頬の筋肉をゆるめもしている。
 そんなフィーナを、ファセランはこよなく好ましく思っている。
 だから、そのような言葉をもらったところで、まったく動じたりはしない。
「フィーナちゃん、俺は?」
 やっぱり床に寝転んだままのキオスが、期待に満ちた眼差しでフィーナを見つめる。
 しかし、直後、ばっさりと切り捨てられるは必定。
「失せなさい」
 さわやかすぎるくらいさわやかに、フィーナはにっこり微笑んだ。
 再び、キオスは自ら地面にキスをかわしにいく。
 ごつん……と。


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update:06/02/05