赤い月の晩に
change〜とりかえっこ王子〜

 その日の夜。
 静かなる火花を散らした、王子王女たちだけの晩餐がすんだ。
 その夕食の席は、それはそれは、思わず乾いた笑いがもれてしまうくらい、さわやかな微笑みがとびかっていた。
 その裏に、てんこもりに悪意や敵意をばらまきながら。
 しかし、そのような中でも、フィーナだけはやっぱり、何故だか楽しそうに微笑んでいた。
 あのキオスでさえ、あまり食欲がわかず、夕食の席を中座してしまったくらいなのに。
 あのような中で、とりわけデザート類ばかり、おいしそうによく食べられるものである。フィーナは。
 もしかすると、思っていた以上に、一筋縄でいかない王女なのかもしれない。
 特に、武力に訴えない争いごとがお好きなのかもしれない。
 ……たちが悪すぎることに。
 だけど、そんなフィーナを、あらためて愛しいと思う馬鹿も、少なくとも三人はいるだろう。
 そう、夕食をともにしていた、この三馬鹿たち――いえいえ、三人の王子様たち。
 見た目だけは、たしかに友好的な晩餐だった。
 そして今、何故だか、夕食をとっていた部屋に、フィーナとファセランだけが残っている。
 退室しようとしたファセランを、話があるとフィーナが呼び止めていた。
 あからさまに不満げな眼差しを向けるクレイを、フィーナはあっさりと追い払ってしまった。
 追い払う方も追い払う方だけれど、そこでさっくり追い払われちゃうクレイもどうかと思われてならない。
 妖しく赤い月光がさしこむその窓辺で、フィーナは妖艶な微笑を浮かべている。
 月に視線を流すように。
「ファセランさま、おいたがすぎましてよ?」
 ゆっくりと視線をファセランへ移し、フィーナはにこりと微笑む。
 それは、いつも浮かべている無駄にさわやかな微笑みではなく、どことなく挑発的で挑戦的だった。
 ファセランが、思わず苦く笑う。
 しかし、すぐにどこか自信に満ちた笑みを浮かべる。
「おや? おいたなどではないよ? ――実際、君をとられて、あちらこちらの王子たちはおもしろくなく思っているのだからね」
 ファセランは一歩フィーナへ歩みをすすめ、首をかしげてみせる。
 するとフィーナは、おかしそうにくすりと笑った。
「それは光栄ですわ」
 そう言って、鋭い眼差しのまま、にっこり微笑む。
 そして、おもむろにファセランへ歩み寄り、くいっとその襟元をつかみ、自分の顔へとひきよせる。
 それから、声の調子をおとし、念を押すようにささやく。
 きらりと、瞳が鋭く輝く。
「よろしくて? クレイさまに……クロンウォールに、何かなさってみなさい。わたくしが許しませんよ?」
 フィーナの言葉と表情に、ごくっと一つつばをのみ、ファセランはにっこり微笑む。
「――肝に銘じておくよ」
 ファセランの額にほんのりとにじむ汗には、気づかなかったことにしておこう。
 ファセランは、ゆっくりと襟をつかむフィーナの手を放していき、赤い月明かりがそそぐその部屋を出て行った。
 まっすぐに、物言いたげにファセランを見つめるフィーナに見送られながら。
 ファセランの背が、妙にぴりぴりと痛い。肩が強張る。
 フィーナが見守る中、静かに扉が閉められた。
 閉められたその扉の向こうでは、苦しそうに顔をゆがめるファセランがいた。
 とすんと、扉に背をもたれかける。
 はあっと、切なそうなため息が、静まりかえった廊下に響く。
 すうっと、ファセランの胸を冷たい風が吹き抜けていく。


 一方、こちら、夕食を終えたクロンウォールの王子たちはというと――。
 執務室に入ったクレイを追いかけて、キオスが飛び込んできた。
 そして、その勢いのまま、ぐいっとクレイにつかみかかる。
 きっちりとカーテンを締め切られたその部屋では、燭台だけで明かりがたもたれている。
 先ほど、夕食の席で、ふと窓の外を眺めてみると、とても不気味な赤い月が浮かんでいたことを覚えている。
 それはまるで、凶兆のように思えてならなかった。
 きっと、月も予言しているのだろう。これから不吉なことが起こると。
 ……いや、すでに起こっている?
 何しろ、バーチェスから、フィーナとクレイの婚約を反対して、王子が乗り込んできたのだから。
 わざわざ、クロンウォールに。
 その思い、執念は、よほどのものだろう。
 クロンウォールとバーチェスは、間に国を二つほど挟んだ程度に遠い。
 それを、たったの一週間で、婚約を聞きつけ、そしてやってきてしまった。
 どれほどフィーナへ寄せる思いが大きいか、そこからも推し測れる。
 例えば、クレイがファセランと同じ立場だったとしたら、やはり同じことをしていただろう。
 ――そう思うと、さらに、あのファセランという王子が恐ろしくなってくる。
 彼は、本気。
 本気で、クレイからフィーナを奪おうとしている。
 ふざけているように見えて、その内は、恐ろしいくらいに本気だろう。
「おい、クレイ! いいのかよ!?」
 クレイにつかみかかると同時に、キオスはそう叫んでいた。
 その手をあっさりとはずし、クレイはすいっとキオスに背を向ける。
「何がです? キオス」
 そして、妙に冷たく言い放つ。
 キオスはおもしろくなさそうにむうっと頬をふくらませ、もう一度クレイにとびかかっていく。
 しかし、それもあっさりとかわされてしまう。
 そういえば、クレイは、この国の屈強な男二十人ほどを一度に簡単になぎ倒した過去がある。
 そのようなクレイ相手に、普段ふらふらと遊びまわっているキオスが敵うはずがない。
 キオスは舌打ちをする。
「何がって……。あのバーチェスの王子、このままのさばらせておいていいのか?」
 キオスは悔しそうに口をとがらせ、ぶっきらぼうにはき捨てる。
 クレイに敵わなくたって、言いたいことだけは言う。
 恐らく、キオスには無理でも、クレイになら可能だろうから。
 クレイなら、きっとあのムカつく王子を追い返してくれると、キオスは信じている。
 ……信じているのに、クレイはなかなか実行に移してくれない。
 それが、キオスはもどかしくて仕方がない。
 フィーナにちょっかいをかけてこっぱみじんにやられちゃっても、それはそれで楽しいから別にかまわない。
 そして、フィーナが思いを寄せる相手がクレイなら、それはそれで我慢できる……仕方がないとキオスは思う。
 だって、クレイだから。
 だけど、そんなクレイから、あのバーチェスの王子はフィーナを奪おうとしている。
 しかも、クレイといえば、これといって手を打とうとはしなくて……。
 いくら軍事大国バーチェスだからといっても、そんなのは我慢できない。いいや、我慢する必要などないのではないか?
 クレイがどれほどフィーナのことを思っているかも、キオスはわかっているはずだから。
 だから、手をこまねくクレイに、キオスは腹が立って仕方がない。
 クレイじゃない男がフィーナを持っていくというのが、どうにも我慢ならない。
「くすくす。大丈夫だよ。王子には、明日にでもお帰りいただきますから」
 むっすうとすねるキオスに、妙に自信に満ちたクレイの小さな笑い声がもたらされる。
「え……?」
 それを訝しく思い、キオスがクレイの背をじっと見つめた時だった。
 キオスの背後の扉が、静かにたたかれた。
「……ヒューイかい?」
 それにキオスが気をとられていると、クレイが扉に向かい、そう問いかけていた。
 そして、キオスの横をすっと通り、扉へと歩いていく。
 その瞬間、クレイの肩と触れたキオスの肩が、ちくりと痛んだような気がした。
 ――思いの外、クレイは殺気立っている?
 キオスは、不審げに、扉を開けるクレイをにらみつけるように見つめる。
 すると、少しだけ開けられた扉の向こうに、とりわけ仲の良い――クレイを崇拝し忠誠を誓う近衛の姿があった。
 それで、キオスはますます顔をしかめることになる。
 この二人がそろった時、必ずよくない企みがそこでなされていることをキオスは知っているから。
 数多い、経験から。
 ……そう、そのほとんどは、奔放に遊びまわるキオスにお灸をすえるための、よくない企み。
 ――とっても嫌な予感がする。
「そう……。準備はできているのだね。ありがとう」
 そう礼を言って、クレイは静かに扉をしめた。
 クレイの背に向かい、キオスは思わず聞いてしまっていた。
「ク、クレイ? 今度は何を企んでいる?」
 すると、ぴくりとクレイの肩がゆれ、ゆっくり振り返る。
 振り返ったクレイは、静かに不気味な微笑みを浮かべている。
 その目が、妙に暗い光を放っている。
「心外ですね。何も企んでなどいませんよ。……ただ、わたしには、フィーナが次にとるであろう行動がね、手に取るようにわかるというだけだよ」
 そして、クレイはにっこりと微笑んだ。
 それから、キオスに歩み寄り、ぽんとその肩をたたく。
 思わず、たたかれた肩に、キオスは手を触れてしまっていた。
 執務机に腰かけ、ぱらぱらと書類をめくりはじめたクレイをじっと見つめる。


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update:06/02/19