七色の湖
change〜とりかえっこ王子〜

 小道を歩き、城のすぐ西に位置する湖へとやってきた。
 その湖は、一週間ほど前にも、クレイと手をつなぎともに歩きやってきた湖。
 そこでの出来事は、変わらずフィーナの胸にどきどきを運んでくる。
 昨夜、ふとその時のことがフィーナの心を支配し、どうしても行きたくなってしまった。
 だけど、素直にそれを言うのはちょっと恥ずかしいので、だから、それなら……。
 ――人を使えばいい。
 今回もまた、クレイとフィーナは徒歩で行くといい、それにキオスもわって入ってきた。
 一方、ファセランはというと、「歩いていくなど、正気ではありませんね」と、悪態をつきつつ、強引にフィーナに引っ張られてきた。
 問答無用で「まあ、ファセランさまってば、おじさんくさいですわね」と、にっこりと微笑まれ。
 よって、四人とも、不本意ながら、結局徒歩。
 そうしてやってきたクロンウォール湖は、フィーナが言っていたようにたしかに美しい。
 湖面が七色に光り、幻想的な様相を見せている。
 水底から生まれ、そして羽ばたいていくように光を発している。
 それに、ファセランが思わず目を奪われていると、少しはなれたところで、何やらぼそぼそとクレイとフィーナが話している。
 キオスはというと、はしゃぎ、一人で勝手に湖に突進していっている。
 ……さすがは、ちゃらんぽらん王子。
 一瞬にして、せっかくそれなりに快方へむかっていたファセランの気分が、台無し。
 こともなげにさらっと、雰囲気をぶち壊してくれる。
 本当に、ちゃらんぽらんだとはよく言ったものである。

「ねえ、フィーナ。そろそろ、あのファセラン王子を、追いはら……追いかえ……お引き取り願いたいのだけれど、何かよい案はあるかな? あなたは、彼のことをよく知っているようだから」
 ファセランとは少し距離をおいたそこで、クレイが妙に真剣にフィーナにそう尋ねた。
 フィーナの頬にかかる、金の髪をさらっと耳にかけてやりながら。
 フィーナはほんのり頬をそめ、恥ずかしそうにうつむく。
 しかし、その口からでてきた言葉は、さすがはフィーナだった。
「まあ、クレイさまったら。とっても鬼畜で素敵ですわね」
 そして、再び顔をあげ、にっこり微笑む。
 ふふふと、満足そうに笑っている。
 どうやら、クレイのその鬼畜で素敵っぷりを堪能してうつむいていたらしい。かみしめていたらしい。
 よほどお好みなのだろう、そういうクレイが。
 なんともまあ、素敵な王女さまなのだろうか。いろんな意味で。
「……フィーナ、それ、誉めているの? わたしは、冗談で言っているのではなくて……」
 クレイはがっくり肩を落とし、こつんとフィーナのおでこを小突く。
 さすがに、クレイだって、フィーナからそのような反応が返って来るとは思っていなかった。
 軽蔑こそされないだろうけれど、もうちょっと喜びを隠してくれるものだと……。
 ――嗚呼。結局は、フィーナなら、素敵な反応をしてくれるとは思っていたのか。
 フィーナは、一瞬ぽうっとみとれたようにクレイを見つめて、にやりと微笑む。
「ええ、わかっていましてよ。そうねえ、ファセランさまを追い払うのは、とっても簡単でしてよ?」
 クレイが触れたおでこにそっと触れながら、フィーナはくすりと笑う。
 触れたそこが、妙に熱を感じることは、そっと胸の内に隠しておいて。
「え!? それじゃあ、どうして――」
 がばっとフィーナに詰め寄り、クレイは少し非難するように見つめる。
 触れたその手が、妙に幸せを感じていることは、思いっきり外に出して。
「だって、ファセランさまがいてくださると、クレイさまがたくさんやきもちをやいてくれますもの、ね?」
 クレイをじいっと見つめて、フィーナはくいっと首をかしげる。
 ついっと人差し指を立て、得意げににっこり微笑む。
 瞬間、クレイの顔が、ぼんと真っ赤になった。
「フィ、フィーナ!?」
 クレイは、目を白黒させ、フィーナを凝視する。
 しかし、その表情は、あからさまに幸せそうにふやけている。
 するりとのばされた腕によって、フィーナはクレイの胸の中にさらわれていく。
 その胸の中で、フィーナも心地良さそうに微笑んでいる。

 優しい陽光にあたり、フィーナとクレイは身を寄せ合い、くすくす笑っている。
 それを、ファセランはぼんやりと見ていた。
 少しはなれたこちらから。
 当然、ファセランには、二人がどのような会話をしているかなんてわからない。
 ただ、二人、とても仲睦まじく見えてしまうのだけが、本当。
 たしか二人は、十日ほど前に出会い、そして――。
 それなのに、そんな短い時間しかともに過ごしていないはずなのに、どうしてそれほどにも……?
 ……それほどにも、クレイはフィーナの心をつかむことができたのだろうか?
 ファセランなんて、何年もフィーナのもとへ通い、ずっとその思いを伝えてきたというのに。
 それなのに、結局は、このようなファセランの望まぬ事態になっている。
 思いを告げる年月なら、間違いなく、ファセランの方が勝っているのに。
「おもしろくないな……」
 だから、知らず知らず、そんな言葉がファセランの口をつく。
 きゅっと唇をかみ、すいっと視線をそらしてしまった。
 本当に、おもしろくない。
 クロンウォールには、二人の仲をひきさくためにやってきたのであって、決して、その仲の良さを見せつけられるためにやってきたのではない。
 どうすれば、フィーナのその心を、ファセランへと向けることができる?
 そうして、一人苦しむファセランの耳に、間抜けな叫び声が聞こえてきた。
 それはもう、昨日今日と合わせて一日にも満たない時間しかともにしていなくとも、誰のものか嫌というほどわかってしまう。
 そんなちゃらんぽらんな叫びを上げるのは、あの男しかない。あの王子、クロンウォールの第二王子、キオス!
 ――三国一のちゃらんぽらんっ。
「フィーナちゃん! こっちこっち。一緒にボートに乗らない!?」
 馬になど蹴られたくないと、いちゃついている時には誰も決してわって入ろうとしない二人へ、あっけらかんと放たれるその言葉。
 しかも、うきうきらんらんとスキップまでまじえて、二人へ駆け寄っていく馬鹿一ぴ――王子が一人。
 オールをぶんぶんふりまわしながら、二人へ駆けていく。
「え? キオス王子と?」
 クレイの腕の中に当たり前のように身をおいたまま、フィーナは駆け寄るキオスを訝しげににらみつける。
 けれど、めげないちゃらんぽらん王子は、意気揚々と答える。
「そう、二人きりで!」
 瞬間、何故だかキオスは地面に埋まっていた。
「馬鹿も休み休み言え」
 そんな二重奏をお見舞いされつつ。
 その横では、クレイとファセランが、握ったこぶしをぶるぶると震わせている。
 よく見れば、そのこぶし、さりげなくほんのりと赤くなっていたりする。どちらも。
 ということは……。
「まあ、それはさておき……」
 しかし、そんなものは、フィーナにはまったく関係なく、取るに足りないことなので、さらっと無視する。
 フィーナはそう言いつつ、腰をかがめ、地面に埋められると同時にキオスの手からはなれたオールを拾い上げる。
 そして、にっこりと満面の笑みを浮かべ、そのままそれをクレイへ押しつける。
「クレイさま、わたくしとご一緒していただけますわね?」
 なんて当然のように、フィーナはにっこりと微笑む。
 有無を言わせないとばかりに、にーっこりと。
「は、はい!」
 もちろん、異論などまったくなく、むしろ大歓迎のクレイは、あっさりオールを受け取っていた。
 それだけではなく、そのオール、もう二度とはなしてなるものかと、必要以上に力をこめ握っている。
 すぐ横で、オールを虎視眈々と狙う、にっくきバーチェスの王子にとられてなるものかと。
 そんなクレイの足元で、埋められた地面からのっそり身を起こし、キオスはぶうぶうと不平をもらす。
「ええ!? じゃあ、俺たちは男同士? げろげろーっ」
 ちろりと、もう一人の残りものファセランを見て、これでもかというほど嫌そうにキオスがはき捨てる。
 どうやら、地面に埋められちゃった瞬間、キオスはフィーナとボートに乗ることを、あっさりあきらめちゃっていたらしい。
 なんともまあ、立ち直りのはやいことで。
 もちろん、こちらの王子様だって、おもしろくないことに、そんなキオスと同意見だったりする。
「それはこちらの台詞ですよ。――ということで、わたしは遠慮しておきます。ご勝手にお一人でどうぞ」
 ファセランはひらひらと手を振り、早々と棄権する。
 たしかに、キオスなんかとボートになんて乗っていられない。
 キオスのことだから、絶対、湖のど真ん中で立ち上がり、暴れ出しかねない。
 無駄にはしゃぎ、ぶんぶん両手を振ったりして。
 するともちろん、その後に待ち受けている運命は、……転覆。
 ファセランは、なんともまあ、賢明な判断を下したことか。
 まさか、クレイからフィーナをかっさらって、ともにボートに乗れるはずもない。
 そう、それは、全力をもってフィーナが阻止するだろう。
 また、ファセランは、フィーナを怒らせることは、本意ではない。
 怒らせなどしたら、わざわざクロンウォールくんだりまで来た意味がない。
「うわっ。やっぱり、性格悪っ」
 さらりとふられてしまったキオスは、そう悪態をつく。
 するとすかさず、ファセランのぎらんと光る鋭い目でにらみつけられてしまった。
「何か、言いました?」
 にこっと微笑みつつも、その下には、邪悪なものを隠すことなく漂わせるファセラン。
 だから、当然、こうなる。
「いえっ、な、なんでもございませんっ」
 慌てて、キオスはそう答える。
 それでようやく、ファセランの恐ろしいにらみから、キオスは開放されることになった。
 それにしても、「やっぱり」とは、一体どういうことだろうか?
 キオスに性格が悪い呼ばわりをされる覚えなど、ファセランにはまったくないはずなのに?
 ファセランが少しばかり首をかしげる。
 ……どうやらファセランは、根本的なことに気づいていないらしい。
 この二日間で、ファセランは、散々、クレイに嫌味をちくちくと言っていた。
 それでも、性格が悪い呼ばわりをされる覚えなどないと言い張るか。
 ――それにしても、キオス、あっさり負けすぎ。


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update:06/03/05