姫君への思い
change〜とりかえっこ王子〜

 ファセランは今、次第に湖岸からはなれていくボート二艘を見送っている。
 一艘には、無駄にいちゃついてくれる恋人たちが乗っていて、それを追うように、ちゃらんぽらん王子の操るボートがついていく。
 何やら、「こら、そこ、クレイ! それ以上フィーナちゃんに近寄るな!」と、ぎゃんぎゃん騒いでいるような気がするけれど、それは、あえて見なかったこと、聞かなかったことにしておこう。
 ……気にしたが最後、頭が痛くなってくるから。
 いや、すでに、がんがんに頭痛を覚えているような気もするけれど。
 もちろん、そのようなキオスに、クレイの冷たい視線と、フィーナの問答無用の毒舌がお見舞いされている。
 それに打ちのめされることなく、ちゃらんぽらん王子はちゃらんぽらんらしく、さらにぎゃあぎゃあ騒ぎ立てて……。
 そのような光景を、ファセランはただ見つめることしかできない。
 そして、何故だか楽しそうなその光景は、どことなくファセランの胸に淋しいものを運んでくる。
 何だかんだと言いつつ、フィーナはとっても幸せそうに、楽しそうに笑っているから。
 ファセランと一緒にいる時は、あのような顔はしてくれないというのに……。
 どうしてあの兄弟、とりわけクレイとともにいる時のフィーナは、あんなにきらきらと輝いているのだろう。
 もちろん、普段のフィーナもきらきら輝いているけれど、その輝きは雲泥の差。
 まぶしくて、まぶしすぎて、とてもじゃないけれど、見ていられないほど輝いている。
 あの男、クレイとともにいる時だけは。
 本当は、フィーナにその笑顔をさせるのは、ファセランでありたいのに。
 ――だけどまあ、そのようなフィーナを、これほどまでに見せつけられては、意地悪もそろそろほどほどにしなければいけないのかもしれないと、ファセランも思わざるを得なくなってくる。
 クレイに嫌味を言えば言うだけ、フィーナに嫌われそうな気がする。
 これまで、ファセランはクレイに散々意地悪をしてきたけれど、それはほとんどがたんなる八つ当たりにすぎない。
 ずっと思いを寄せてきた姫が、不意打ちに、人のものになってしまったから……。
 もう手に入れることができなくなったのなら、せめてその相手に意地悪をして腹いせをしたいじゃないか。
 それくらいは、許されるだろう。
 だって、愛しい姫を手に入れることができるこの世で最も幸せな男に、クレイは選ばれたのだから。
 ――本当は、ファセランもわかっていた。
 この国にやってきて、フィーナとクレイ、二人が並ぶ姿をはじめて目にした時に。
 フィーナは、それまでファセランが知っていたフィーナとはくらべものにならないほど、幸せそうに微笑んでいた。
 いつも、常に王女であろうと、どこか気を張りつめていたフィーナとは違う。
 クレイの横では、のびのびと、本来のフィーナを表に出していた。自然体だった。
 無邪気に、無垢に微笑んでいた。
 あの男だけが、フィーナを普通の少女に戻すことができる。
 そのようなフィーナを見せられては、誰よりも愛しい女性からその幸せを奪うことなど、ファセランにはとてもじゃないけれどできない。
 最初は、二人を引きはなすためにやってきたはずなのに……。
 クロンウォールは、アルスティルに圧力をかけて、その婚約を成立させたとファセランは聞いていた。
 しかし、やってきて、実際その二人を見てみたら……。
 やっぱり、悔しいし、おもしろくない。
 どうして、愛しいその姫君が選んだのは、ファセランではなかったのだろうか。
 どんなに思っても、その思い、もう届きはしない。愛しい姫君。
 そうして、ファセランが諦めに似た心境に陥りはじめていた時だった。
 足元に、くしゃくしゃになった紙が落ちていることに、ふと気づいた。
 それに首をかしげ、とりあえず拾おうとファセランは腰をまげる。
 すると、そのすぐ横には、腐ってはげ落ちたような木屑。
 その木屑には、かろうじてとどまっているような塗料がついている。
 しかも、その塗料の色、ファセランはとっても見覚えがある。
 だって、その色は、今フィーナたちが乗っているボートと同じものなのだから。
 おまけに、たしかここは、先ほどまでボートがつながれていた場所。
 ファセランは、拾ったくしゃくしゃの紙に、すいっと視線を移す。
 そして、逡巡した後、おもむろにしわをのばしてみた。
 すると、そこには――。
『乗るな 危険』
 なんて、そんな素敵な文字が書かれていて……。
 そこから導き出される結論は、もちろんこれ。これしかない。
 ――あのボートは、腐っている。
 いつ沈んでもおかしくない程度に。
 同時に、ファセランをめまいが襲った。
 ぐらりとゆれる体を必死にとどめ、くらくらゆれる頭にべちんと手をおく。
 さすがは、ちゃらんぽらんの馬鹿王子。やっぱり、やってくれた。
 力が抜けたファセランの手から、しわをのばした紙が、せせら笑うように風にさらわれていく。
 そして、静かに湖面に着地した。
 じわじわと水が染みわたっていき、飲み込まれるように水の中に沈んでいく。
 どこか遠いところに思いをはせ、ファセランはぼんやりとそれを見守っていた。
 その時だった。
 ちょうど湖の中央辺りから、女性の悲鳴が聞こえてきた。
 もちろん、今そんなところにいる女性といえば、ファセランの愛しいフィーナしかいない。
 がばっと顔をあげ、湖の真ん中を凝視する。
 するとそこでは、最悪なことに、先ほどえがいてしまった予想通り、ボートが二艘、ぼごぼごぼごと沈んでいくところで……。
「フィ、フィーナ!!」
 さあっと、ファセランの顔から血の気が引いていく。


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update:06/03/12