腹黒王子と最凶王女
change〜とりかえっこ王子〜

 見渡す限り緑広がるその風景に、ぽつりと一つ古めかしい王宮。
 崩れかけた外壁は、辺り一面緑の風景に溶け込み、よく似合っている。
 緑豊かな平和なこの国は、アルスティル。
 古い言葉で、緑の国。
 ここは、そんなアルスティルの王宮。
 ――今度こそ、アルスティル。


「美女が好きだー!!」
 ……のはずなのに、何故だか、とっても聞き覚えがあるそのようなちゃらんぽらんな雄叫びが、緑の国土いっぱいにこだまする。
 ――あり得ない。
 そのように頭を抱える者が、一体どれだけいることだろう。
 この地に生を受けるもの、生きとし生けるものすべてが、そう思ったかもしれない。
 それほどまでに、そのふざけた雄叫びは、この緑豊かな平和な国で聞こえてきてはいけないもの。
 そして、ちゃらんぽらんっぷりは、世界中に知れ渡っていること。
 ある意味、そのちゃらんぽらんな雄叫びの主は、この世界を支配するかの人の次くらいに有名な人物かもしれない。……下手をすると。
 それなのに、どうして、その不愉快な雄叫びがこのアルスティルで……?
 それは、すぐに理解することになる。
「……クレイさま、何だかとっても、地獄の底から這い出てきたような、おぞましい雄叫びが聞こえたような気がしますけれど……?」
 訝しげに眉根を寄せながら、フィーナがぽつりとつぶやいた。
 崩れかけの外壁にからまる緑のつたが、ちょうど太陽光をやわらげてくれるようで、この館と館の間はいい風の通り道となっている。
 この城の中でのフィーナお気に入りの場所のひとつと案内したら、どうやらクレイもとても気に入ったらしい。
 なんだかこれって、あの時の逆。
 フィーナがクロンウォールを訪ねた時、替え玉王子のクレイがお気に入りの場所を案内したあの時と……。
 そう思うと、フィーナの胸はなんだかわくわくしてくる。
 あの時のクレイも、今のフィーナと同じ気持ちだったのだろうか?
 フィーナお気に入りの場所を、クレイも気に入ったその嬉しさ。
 いちばん大切な人が同じものを好きになってくれるなんて、こんなに喜ばしいことはない。
「気のせいだよ、フィーナ」
 ほんのり頬をひきつらせ、くいっと首をかしげて見つめるフィーナに、クレイはにっこり微笑み、きっぱりと否定する。
 気にしては終わりだよ、とでも言いたげ。
「それもそうですわね。国境を守る兵たちに言い含めておきましたもの。どこかの商業大国のどこかの三国一のお馬鹿王子は、この国に決して入れてはいけないと。……入れた者は後悔させてあげてよ?とね」
 ぽんと両手をあわせ、フィーナはふふふと楽しげに微笑む。
 そのさわやかでやわらかい微笑みの裏にたっぷり黒いものを感じるから、クレイのフィーナに抱く愛しさはさらに増してしまう。
 このように一筋縄でいかないところが、またクレイをひきつけてやまない。たまらない。
 ――その辺りの趣味というか好みが、多少人とずれていることは、クレイもそろそろ理解している。
 しかし、それはフィーナも同じなので、クレイはまったく気にしない。
「そうそう。まさかフィーナのお願いをないがしろにするそのような不届き者、このアルスティルにいるはずがないよね。そのような輩は、わたしが手打ちにしてあげよう」
 ふわりとフィーナの肩を抱き寄せ、クレイは妙に優しげに微笑みかける。
 そのような無慈悲なことを、さらりと言いながら。
「ふふふ。頼もしいですわ、クレイさま」
 すると、フィーナはその言葉通り、クレイをうっとりと見つめる。
 それにしても、まったく、このたちが悪い恋人たちは、そのように洒落にならないことを、さらりと言ってしまわないでもらいたい。
 この二人にとっては、それは口先だけにとどまらず、間違いなく実行されてしまうのだから。
 そして、その力が、皮肉なことに、この二人にはある。
 とりわけ、このアルスティルという国では、フィーナの力は絶大。……絶対。
 王ですらもその足もとにひざまずかせてしまうという、最強……最凶のお姫様。
「クレイさま、そろそろお茶の時間にいたしません? わたくし、クレイさまのためにパイを焼きましたのよ」
 肩を抱き寄せるクレイの腕をすっととり、今度はフィーナがそれを抱き寄せる。
 それから、にこにこ微笑みながら、その腕をぐいぐい引っ張る。
 すると、クレイもほわりと幸せそうに笑みを浮かべ、素直にフィーナに引っ張られていく。
 ちょうど、館と館の間で陰になっているけれど、もう少し歩けば、またさんさんと降り注ぐ陽光の下に出る。
 急にひらけるその視界は、まばゆいばかりの光に覆われている。
 まるでそれは、今クレイが抱く思いのよう。
 幸せすぎて、とろとろにとけてしまいそう。
「わあっ。それは最高の贅沢だね。この世の贅をつくしたどの料理より、ごちそうだね」
「ふふふ。クレイさまったら、そのように本当のことを」
 やはり幸せそうにそう言い切るクレイに、フィーナは得意げにくすくすと笑う。
 ――というか、フィーナさん。お願いですから、そこは否定してください、そこは。謙遜という言葉はご存知ないので?
 そのような、たちが悪い王女にひっぱられ、やっぱりたちが悪い王子は、光の中へと消えていく。
 そして、光の中に飛び込んだ時だった。
 目の前には、一帯に広がる緑の景色。
 この城は、小高い丘の上に建っているので、まわり一帯の緑の地を見渡すことができる。
 もう少しすれば、その緑の景色は黄金色の景色に変わるだろう。
 さすがは、農業王国。見渡す限りの田園。
 このように平和な国に生まれ、育まれてきたから、今横にいるこの王女も、このように穢れを知らない少女なのだろうと、クレイはうっとりと見つめる。
 ――ある意味、けがれまくっていることなど、さらっと無視して。
 本当に、この国の王女は、けがれまくっている。そういう意味では。
 けがれるというか……お腹の中が真っ黒。
 まあ、それをうわまわる腹黒っぷりを誇示しているのは、間違いなくクレイなのだけれど。
 ふと耳をすますと、遠くの方から楽しげな若い女性たちの声が聞こえて来る。
 すぐに、目の前を、妙にうきうきとした侍女たちが走り去っていく。
 フィーナとクレイに気づき、もちろん一礼をしてから。
 ここでフィーナを無視しようものなら、次の日には、果たして首がつながっているかどうか限りなくあやしいところだから。
 というのは、侍女のお嬢さんたちには適用されず、偉そうにふんぞり返るでぷでぷな太っちょおじさまや、貴族を鼻にかけたちゃらちゃらな軟派お兄さんたちにのみ適用されることを、彼女たちは知らない。
 くすくす楽しげに笑いながら去っていく侍女たちをほのぼの見送り、クレイはぽつりとつぶやいた。
「そういえば、今日はやけににぎやかだね。何かあるのかな?」
「え? ええ、もうすぐ花祭りですのよ」
 ふわりとフィーナの頬に触れるクレイの手に、フィーナはほんのりとそれをそめる。
 さりげなさを装い触れるクレイに気づき、フィーナの胸はどきんと高鳴る。……嬉しくて。
「花祭り?」
「ええ、クレイさまはご存知ないのですね。アルスティルに伝わる、女性のためのお祭りですのよ」
 首をちょっぴりかしげるクレイに、フィーナはそう笑いかける。
 触れるクレイの腕を、すっと抱きしめながら。フィーナもまた、さりげなさを装って。
「花祭りの日に、花のかたちに自ら細工した、瞳と同じ色の石の首飾りを、男性から女性へ贈ると、花の女神の加護をうけ、二人は永遠に仲睦まじく幸せになると言われていますの」
「ああ、だから、みんな嬉しそうなのだね」
 にっこり微笑み、フィーナはうなずく。
 腕を抱くフィーナの手に、そっとクレイの手が重ねられる。
 それから、どちらからともなく、互いの顔が近づいていく。
 ……と、その時、平和な緑の景色の中に、なんだか無様にふらつく趣味が悪い衣装を身にまとった男の姿が現れた。
 不本意ながら、目のすみに入ってしまった。


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update:07/03/01