たちが悪い婚約者
change〜とりかえっこ王子〜

 無様にふらつく趣味の悪い衣装を身にまとったそれは、なんだかおぞましい言葉を叫びながら、こちらへと――クレイたちへと駆け寄ってきているように見える。
 よう……などではなく、間違いなく、そう。
 だって、その駆け寄ってくる男は、先ほど「気のせい」とあえてそう結論づけた、あれ≠ネのだから。
 よりにもよって、いちばん駆け寄ってきてほしくなかった、それ。
 ――それにしても、フィーナが国境警備兵に言い含めたと言っていたのに、どうして、あれが……?
 もしや、あれのちゃらんぽらんぶりに、兵たちは意欲を喪失されてしまったのだろうか?
 あまりもの馬鹿っぷりに、脱力してしまって。
 ……あり得る。それは、あり得る。
 悲しいことに。
「フィーナっちゃーん。あいらびゅー!」
 ほーら、やっぱり。耳が腐ってしまう、そのおぞましい言葉を叫んでいる。
 思わず腕をひくフィーナをクレイは引き寄せ、胸の中に抱いてしまうほどに、いまいましい。
 よりにもよって、冗談抜きで本当に、あの三国一のちゃらんぽらん王子が、この緑の国アルスティルの平和を乱しにやってきてしまったらしい。
 最悪なことに。
「ついでに、クレイも、らーぶー!」
 ……べちゃん。
 その言葉を投げつけられた瞬間、クレイは地面に埋まってしまっていた。
 もちろん、同時に胸の中から解放していたので、フィーナは無事。
 ぶるぶる震えながら地面とにらめっこをするクレイを、「まあ」とつぶやき興味深げにフィーナは見下ろしている。
 ふわりと、頬に手をそえて。
 この角度から、地面に埋まった状態から見上げるフィーナも、なんとかわいらしいことか。
 と、顔についた土をはらいながら、クレイはうっとりとフィーナを見つめる。
 それにしても、あの三国一のちゃらんぽらん王子は、よりにもよって、どうしてそのような不気味な言葉をはいたのか……。
 あやしい。
 あやしすぎる。
 絶対に、間違いなく、何かがある。
 何か、ではなく、厄介ごと、に違いない。
 そう結論づけると、クレイはすっくと立ち上がり、フィーナの腕をひき、まわれ右。
 今歩いてきたところを、引き返そうと歩き出す。
 フィーナはやはり、クレイの背で楽しそうにくすくす笑っていた。
 本当に、なんと予想通りの反応をしてくれる、にくい女性なのか。
 にくい。にくすぎるっ。
 クレイの不幸まで楽しんでくれているのだから。
 しかし、クレイの逃亡はかなわなかった。
 だって、クレイには、たちが悪い婚約者がいるのだから。
 駆け寄るちゃらんぽらん王子の言葉に興を覚えたのか、よりにもよって、フィーナは腕を握るクレイの手を逆にくいっと引き、その歩みをとめさせてしまった。
 それと同時に、クレイは、背にどしんといまいましい衝撃を受ける。
 その瞬間、クレイの手からフィーナの腕がはなれてしまっていた。
 それだけでなく、背からお腹にかけてまきつく鳥肌ものの腕がある。
 鳥肌程度ではすまされない。今すぐ、それは切り捨て焼却処分をし、抱きつかれる背とお腹は消毒してやりたい。
「クレイー! クレイお兄様ー。かわいい弟の一生のお願――」
「嫌です」
 うりうりと背に顔をうずめながらキオスがそう言おうとすると、クレイはばっさりと切り捨てた。
 最後まで聞かずに。
 まあ、最後まで聞かなくとも、その後につづくものは、もう嫌というほどわかっているけれど。
 これ以上、厄介ごとにまきこまれたくない。
 あの替え玉王子の一件で、憎らしいことに、クレイは十分すぎるくらい学習させられている。
 絶対に、このちゃらんぽらんな弟のお願いなど、きいてなるものか。
 しかし、キオスはクレイのつれない態度になどかまわず、さらにすりすりとその抱きつく背に頬をすりつける。
「クレイお兄様、かわいいキオスのお願い。俺のかわりに、ギャガのキャロン王女と会ってくれ!」
 刹那、クレイは再び地面に埋まっていた。
 よりにもよって、そのお願いとは。
 いくらちゃらんぽらんだとはいえ、まさか、すでに失敗しているそれと同じ手をまた使うなど、思いもよらなかった。
 わかっていたこととはいえ、よもや、ここまでキオスはお馬鹿だったとは。
 あの後、あれだけ、王にこっぴどくしかられたというのに。
 王様のおひげで遊ぶこと三ヶ月禁止の、とっても厳しい罰まで与えられたのに。
 王様のおひげはキオスのいちばんの楽しみなので、あれはとてつもなく酷な仕打ちだった。――キオス限定で。
 一歩間違えば国際問題、そして戦争へ突入しかねないそのようなとんでもないことを、このちゃらんぽらん王子はしでかしたのだから、それは至極当然だった。
 アルスティルの王様がいい人だったので、そして、フィーナの取り計らいがあったので、あの時は平和にその後の話をすすめられたけれど……。
 それなのに、またこの展開とは……。
 今度は、アルスティルのように絶対にうまくはいかない。
 今度こそ、間違いなく戦争になる。
 そのようなことには、絶対にさせない。
 この三国一のちゃらんぽらん王子のためだけに。
 まあ、その時は、よろこんで、この王子の首をさしだすつもりだけれど。それで許しをこうけれど。
 ――いや、そうではなくて、そのようなしち面倒臭いことをしなくていいように、ここはきっぱりキオスに言わねばならない。
「また……ですの? 情けないですわね」
 ほら、フィーナだって、そのように言っているのだから。
 思いっきりあきれた目で、キオスを蔑むように見て。
「だけど、楽しそうですわね。――まあ、そのようなふざけたことに、クレイさまを貸し出す気はさらさらありませんけれど」
 絶対零度のフィーナのにっこり微笑みが、キオスに注がれる。
 フィーナの言葉に一瞬ぱっと顔をはなやがせたけれど、逆にそれが手助けとなり、キオスはかちーんとかたまってしまった。
 どんなに沸騰したお湯をかけても、解凍できない程度に。
 ――間違いなく、三国一のちゃらんぽらん王子は、三国一の黒い王女を怒らせてしまった。


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update:07/03/11