即刻たたきだしますわよ?
change〜とりかえっこ王子〜

「それで、今度は何をしでかしたのです?」
 フィーナお気に入りの、緑の田園を見渡せるそのバルコニーで、クレイが面倒くさそうにため息をつき、キオスにそう問いかけた。
 目の前で、うるうると目をうるませ、すがるように見つめるキオスへちらりと視線を向ける。
 結局、あのままキオスを放置しておけばまわりに害をばらまくと判断し、こういうことになってしまっている。
 貧乏くじをひかされるのは、悲しいかな、いつもクレイ。
 先ほど、フィーナが侍女に用意させたお茶を、クレイはずずーとわざと音をたてて下品に飲む。
 明らかに、キオスにあてつけている。不機嫌っぷりを。
 フィーナとのらぶらぶな時を邪魔されたのだから、その不機嫌も当たり前。
 そのことに、いくらお馬鹿なキオスでも、そろそろ気づきそうなものなのに……。
「しでかしたなどとは、ひどい。お兄様」
 三国一のちゃらんぽらんというその二つ名は、伊達ではなかった。
 ずいっと上体をのりだし、胸の前で両手をぎゅっとにぎり、キオスはクレイへ迫る。
 もちろん、クレイはその迫ってきた顔をぐいっとおしやる。
 そして、すぐにすっと手をはなし、ぶんぶんと汚らわしそうにふる。
 それは、まるで、バイ菌――ちゃらんぽらん菌をふりはらうようにふられている。
「気持ち悪いからやめなさい」
 ぎろりとするどい眼差しをキオスへ向け、クレイは今度はわざとらしく優雅にお茶を口にふくむ。
「はいはい、わかりましたよ。……別に、俺は何もしでかしてなんていないよ。あのくそ親父が、またどこからかお妃候補とやらをつれてきたんだよ」
 クレイのその本気のにらみには、いくらキオスだってたえられるはずがなく、ぷうと頬をふくらませ、そのまま素直に椅子にどかりと座りなおす。
 ちっと、王子様らしからぬ舌打ちをする。
 お兄様≠ニ呼ぶことを拒否され、キオスは傷ついたらしい。
 普段、あれだけクレイをないがしろにしていたって、やっぱりどこかでは、心の底では、兄を頼っている。信頼している。……大好き。
 それなのに、その兄は、かわいいかわいい実の弟を、まるで家畜か何かのように扱ってくれる。嫌ってくれる。
 そこに、キオスはとっても傷つく。
 キオスは、どんなに腹黒くたって、陰湿だって、表裏がはげしくたって、この兄が好きで好きでたまらないのに。
 キオスが唯一絶世の美女≠ニ認めたフィーナをとられちゃっても、黙っていられるくらい。
 ……まあ、その辺は、下手に手を出そうものなら、再起不能にされることを知っているから、だから……。
 さすがのキオスでも、そこまで馬鹿じゃない。……と思いたい。
「……今度は一体、どのような卑怯な手を使われたのかしら?」
 そのような、愛し嫌い、迫り拒絶する兄弟の横で、フィーナは広がる緑の田園を眺めつつ、のんびりと首をかしげる。
 頬にそっと添えられたその手が、なんと憎らしいことか。
 ……よりにもよって、一国の王を相手に、そのようにあけすけに言ってしまうなど……。
 歯に衣着せぬとは言うけれど、これは、着せなさすぎ。
「うーん。そこまでは、さすがにわたしにも……。普段、キオスと同じくらいちゃらんぽらんだけれど、いざとなれば冷徹になってしまうからね。まあ、そこだけはキオスと違って助かっているけれど。わたしの苦労がすずめの涙程度に減って」
 本来ならば、ここでたしなめるなり、怒るなりしなければならないところなのに、クレイはフィーナに調子を合わせる。
 自分の父親が、悪く言われているというのに。
 まあ、クレイも常々、そう思っていないわけではない。だから、むしろ、フィーナに大賛成。
 クレイとフィーナが出会うことになったのだって、その王の卑怯な手のおかげでもある。……どことなく、腑に落ちないけれど。
「クレイ……。それ、やっぱりさりげなく、俺をけなしている?」
「とんでもない。さりげなくなどではなく、思い切りだよ。ようやく気づいてくれて、兄は嬉しいよ」
 がっくりと肩をたれ、キオスは恨みがましくクレイを見つめる。
 その目は、お兄様、僕がかわいくないの?と言っているようにすら見えるから、気持ち悪い。嘘くさい。
 そのようなキオスに、もちろん、この上なく清々しく、クレイはきっぱり言い切る。
「うわーん。クレイが俺をいじめるー!」
 そう泣きながら、キオスの手が、何故だかフィーナへのびていく。
 何故などではなく、間違いなく、どさくさにまぎれてフィーナの胸へ泣きつこうとしているのだろう。
 しかし、それを見過ごすほど、クレイはお人よしではない。
 お人よしどころか、お腹の中は真っ黒。
「いじめているのではなくて、本当のことを言っているだけですよ」
 のばされたキオスの手をぎゅっとにぎり、クレイはぎちぎちと力をこめていく。
 ぱき、ぽき……と、なんだかとっても嫌な音が聞こえてきそうなのは、絶対に気のせいなどではないだろう。
 クレイのことだから、握るキオスの手を砕いてしまいかねない。
 こう見えても、クレイは、大男二十人を一度になぎ倒したという、そのような過去を持っているから。
 クロンウォールでは、一二を争う剣の達人。
 その腹黒っぷりは、間違いなく、クロンウォール一だけれど。
 本当に、この細い体のどこから、そのような怪力が生まれてくるのか。
「ぎゃー。クレイが怖いー。殺されるー。フィーナちゃん助けてー!」
 クレイに握られる手をぶんぶんふり、キオスは必死にフィーナへすがるように熱い眼差しを送る。
 しかし、そこに助け船を出すことはないのがフィーナなので、かちゃりとソーサーからカップを持ち上げ、やはり優雅にお茶をすする。
「いい加減にしなさい。うるさいですわよ」
 フィーナは、うっとうしげに、ばっさりとそう切って捨てる。
 同時に、どこから出てきたのか、扇で、うるさいキオスの顔をべしとぶちつけていた。
「ひどい、フィーナちゃん……」
「わたくしの国で、このようなけがらわしい振る舞いをなさるなら、即刻たたきだしますわよ?」
 そして、キオスをたたいたばかりの扇を、バルコニーから外へぽいっと放り投げた。
 どうやら、そのまま持っているのもおぞましいと、そう言いたいのだろう。
 それから、そのまま持っていては、ちゃらんぽらん菌がうつってしまうと。
 もうここまでくると、見事なまでの嫌われっぷり。
 それにしても、そこまでしますか、フィーナさん。
 さすがに、そこまでになると、キオスに同情の念がわいてくる……わけはないけれど。
「う……っ。フィーナちゃんまで、俺をいじめる」
「今さらですわ」
 どこか黒いものをはらませたその笑顔で、フィーナはやはりきっぱり言い切る。


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update:07/03/23