世の平和のための生贄
change〜とりかえっこ王子〜

 フィーナにたたかれた顔に手をあて、キオスはうるうると目をうるませる。
 そして、今度は、手を握りしめつけるクレイへと、泣きつこうと上体をまわした。
「それで、そのお妃候補というのが、ギャガのキャロン王女なのですね?」
 しかし、同時に、クレイにもふられてしまうのが、キオスの運命。
 クレイは、腰にたずさえていたそれに手をかけ、ちゃきりと音を鳴らす。
 そこには、陽をうけ、きらりと輝く銀の刃が、ちらりと……。
 ――本当にまあ、見事なまでの嫌われっぷり。……というか、迷惑がられっぷり。
 実の兄のクレイにすら、泣きつくことを拒否されてしまうなんて。
「……え? あ、ああ、そうだよ」
 クレイにまでふられ、キオスはふてくされたように、椅子に再びぼすんと腰をおろす。
「まあっ、キャロン王女の何が気に入らないというの? むしろ、脅されて、あなたと結婚してもいいとおっしゃっているなど、そのように心が広い奇特な女性は、もうこの世にはいませんわよ?」
 こつんとカップをおき、フィーナはふうっと細い吐息をもらす。
 ……余計な言葉がちらほらついていることは、気にしてはいけないところだろう。
 フィーナは、ちらりと、呆れたようにキオスを見る。
「フィーナちゃん、相変わらず強烈なパンチだね」
 さすがのキオスも、ひくりと頬をひきつらせ、やっぱり目をうるうるとうるませる。
 本当に、何というか、キオスは先ほどから散々な扱われっぷり。
 いくら三国一のちゃらんぽらん王子だからといって、この扱いはあまりではないだろうか。
 まがりなりにも、もうすぐ義理の弟になるというのに。
「ふふふ。ですから、今さらですわ」
 しかし、フィーナはとりつく島がない。
 また、キオスはあっさりとかわされてしまう。
 本当に、キオスはこんなにフィーナのことを好きなのに、フィーナはとことんキオスを嫌っている。
 ……嫌っているというより、哀れまれている? その見事なまでのちゃらんぽらんぶりを。
「そうですよ。キャロン王女といえば、見目麗しいと聞きますし……」
 ふうとため息をもらし、クレイがどこか困ったようにそうつぶやいた。
 そして、ようやく、ぎちぎちと握りしめていたキオスのその手を放していく。
 同時に、キオスはすっと手を引き寄せ、握られていたそこにふうふうと息をふきかけていた。
 そのようなことをしても無駄だと、さっぱりわかっていないよう。
 さすがは、その名をとどろかせる、お馬鹿王子。
 また、その言葉を発せられた瞬間、クレイへぎろりと険しい眼差しが向けられていた。
 そのまま、その視線だけで、人などたやすく殺めてしまいそうな、フィーナの鋭い眼差しが。
「ま、まあ、フィーナより美しい女性は、この世にはいないけれどね」
 慌てたように、クレイはにっこりとフィーナへ微笑みかける。
「まあ、クレイさまったら、お上手ね」
 すると、ほほほと、どこか上品に笑うフィーナが、同様ににっこりと笑みを浮かべる。
 しかし、その目の奥では、いまだぎらぎらと怒りの炎をたぎらせているように見えるのは……。
 ――嗚呼。クレイにしては、とんでもない失態、失言をしてしまったらしい。
 よりにもよって、フィーナの地雷を踏んでしまうなど。
 まあ、これが、女好きのキオスの口から出た言葉ならさらっと流されていただろうけれど、クレイの口からとなると、フィーナが黙っているはずがない。
 みえみえな取り繕いをするクレイと、まるでやきもちをやいているようにすら見えるフィーナを、キオスはどこかあきれたように眺めている。思い切り目をすわらせて。
 キオスにあきれられてしまうなど、もう人をやめてしまった方がいいというほどの屈辱だろう。
 まあ、すっかり二人だけの世界をつくり、そのキオスに気づいていないようだけれど。フィーナとクレイは。
 どうやら、キオスは命拾いしたらしい。
 二人に気づかれたら、問答無用で放り捨てられる。このバルコニーから。はるか下の地面へと。
「……だって、俺は、その……絶世の美女が……」
 だけど、そうは言っても、そう二人だけの世界をつくられていたら、一緒にいるキオスは淋しい。相手をしてもらいたい。
 だから、自ら餌食になるべく、墓穴をほる。
 言わなくてもいい、むしかえさなくてもいい、そのことを言って。
 クレイのおかげで、せっかく話が違う方向へいきはじめていたのに。
 やっぱり、キオスは、救いようがないおまぬけさん。
「あら、絶世の美女はもうよろしかったのではなくて? たしか、わたくしに言いましたわよね?」
「ああ、もうっ。どうして、フィーナちゃんはそんなに意地悪なんだよ。そうだよ、言いましたよー。絶世の美女より、俺はフィーナちゃんがいいって!」
 にっこりと、やっぱり黒いものを感じてならないその意地の悪い笑みを、フィーナはキオスへおしみなくそそぐ。
 すると、キオスは、すぐさまそう認めてしまう。どことなくなげやりに。
 少しでも抗えば多少は気骨のある奴だと思ってやってもいいのに、そのようにすぐに自白してしまうなど、骨の髄までへなちょこ。
 そして、キオスにしては、上出来。
 このフィーナの言動は、ちゃんと意地悪≠セとわかっている。
 ……本当は、意地悪ではなくて、嫌がらせ、嫌味なのだけれど。
 その辺りは、つめがあまいらしい。
「あら? そうだったかしら?」
 ぷうと頬をふくらませ認めたキオスに、フィーナはふわりと微笑みを向ける。
 そっと口もとに手をそえ、素知らぬふうに。
「ちくしょー! そんな意地悪なフィーナちゃんも好きだー!」
 がばりと立ち上がり、広がる緑の田園へ向かい、キオスはそう絶叫していた。
 その横では、フィーナが愉快そうにお茶を飲んでいる。
 しかし、愉快じゃないのは、こちらのこの方。
 ちゃらんぽらん王子ことキオスの兄、腹黒王子のクレイ。
「……キオス、今すぐこの場で死にたいですか?」
 ちゃきりと刃をのぞかせたクレイの剣が、キオスの首につきつけられていた。気づいた時には。
 何という早業だろう。華麗な仕事ぶりだろう。
「め、滅相もございませんっ」
 もちろん、瞬間、キオスは慌ててそう叫んでいた。
 だけど、その横ではやはり、
「クレイさま、そのようなものの血で、この場を穢さないでくださいませ」
優雅にお茶を飲みながら、少し眉をひそめ、フィーナが迷惑そうにつぶやいていた。
 それを聞き、クレイも「そうだね。すまなかったね」と、ようやくキオスの首につきつける剣をおろしていく。
「まあ、フィーナはわたしのものというそのような決まりきったことはおいておいて、さて、どうしましょうか?」
 するりと剣を鞘に戻しながら、クレイはいけしゃあしゃあとそのようなことをさらりと言う。
 すると、フィーナも、ぽっと頬をそめ、嬉しそうににっこりとクレイへ微笑みかける。
 ――どうやら、クレイのもの≠ニ言われて、フィーナはとってもご機嫌らしい。
 フィーナという姫のことだから、お怒りになると思われたのに……。
 そこは、所有物扱いされた方が嬉しいらしい。
「あら、そのようなことは決まっているじゃありませんか。世の平和のため、キャロン王女には生贄になってもらいましょう」
 口元に手をそえながら、フィーナはころころと笑う。
 さっくりと、そのような残酷なことを言い切って。
 フィーナにとっては、お気に入りの人以外、クレイ以外、どうなろうとかまわないらしい。
 たとえそれが、かわいそうな姫君だとしても。
 かつて、フィーナも似たような境遇にあったとしても、同情のかけらすらかける気はないらしい。
「ふふふ。フィーナは、相変わらず鬼畜だね」
「まあ、クレイさまほどではありませんわ」
 そして、そのようなフィーナに、クレイはこの上なく愛しさを覚えるよう。
 ころころと笑うフィーナをすっと抱き寄せ、その腕の中に優しく包み込むのだから。
 そして、クレイの腕の中で、フィーナは変わらず楽しげにころころ笑う。
 それから、二人顔を合わせ、くすくすと愉快そうに笑い合う。
 そのようなフィーナとクレイを前にして、キオスの顔がとってもひきつっていた。
 キオスにも、この二人がどれほど残酷で恐ろしいか、わかってしまっているらしい。
 ……そう、この世で、絶対に敵にまわしてはいけない二人。
 しかし、キオスはすでに、この二人の敵――もしくは、おもちゃ?――とみなされてしまっている。
 それは、紛うかたない事実。
 さあと、キオスの顔から色が失せていく。


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update:07/04/04