やって来た花嫁候補
change〜とりかえっこ王子〜

 来るべき時が来てしまった、と言うべきなのだろうか?
 アルスティルの城に、どう考えてもやって来てはおかしい客人がある。
 やって来られては大迷惑な来客がある。
 ――そう、つい先ほど、無謀にもやって来たキオスの口から告げられた、その名の女性が……。
 どうして、クロンウォールではなくアルスティルに、ギャガのキャロン王女の姿があるのだろう?
「お初にお目にかかります。わたくし、ギャガ王国第二王女、キャロンと申します」
 ふわりとドレスを上げ、車寄せに横付けされた馬車から降り立ったキャロンが礼をとる。
 どこかあっけにとられたように見るフィーナの目の前で。
 あっけにとられているけれど、決してそれを悟らせないのも、またフィーナだけれど。
 よもや、キャロン王女と会うことになろうとは……。
 まったく、キオスは、どこまでいってもはた迷惑きわまりない。
「はじめまして、キャロン王女。わたくしは、アルスティル王国第一王女、フィーナですわ」
 余裕たっぷりに、フィーナは優雅に微笑んでみせる。
 すると、その嘘で塗りかためられたフィーナの優雅な微笑みに、一瞬にして気をゆるしてしまったのか、キャロンは人懐こい笑みを浮かべた。
 それから、甘えるように、ちろりとフィーナを見つめる。
「それで……ぶしつけで申し訳ないのですけれど、どうして、王女はアルスティルへ……?」
 やはり慈愛に満ちた女神のような笑みを浮かべ、フィーナはキャロンにそう問う。
 フィーナの本当の姿を知っている者にとっては、この微笑みは氷の微笑ということだけれど、それを知らない初対面のキャロンにとっては、頼れるお姉様といったふうに見えるのだろうか。うっとりと、フィーナを見つめている。
 どうやら、男性だけでなく女性までも虜にしてしまう魅力というか魔力が、フィーナにはあるらしい。
 つくづく、ある意味、魔性の女性である。
 こうして、目に見えるかたちであらためてつきつけられると、知っていたことといえ、恐ろしくなる。
 けれど、クレイにとっては、それもまた楽しくさせることのようだけれど。
「これは失礼いたしました。クロンウォールを訪ねたところ、王に、キオス王子はこちらにいらっしゃるとうかがいまして……。本当なら、昨日お会いするお約束をしていたのですが……」
 フィーナからふと視線をそらし、キャロンは悲しげにつぶやく。
 瞬間、フィーナの目が、ぎらんと不気味に輝いた。
 今この場にいないその困った王子に、ある種の黒い感情を覚えて。
 そう、そのまま()ってしまいかねないほどの、黒い感情を……。
 本当に、あの王子は、なんてちゃらんぽらんなのだろう。
 国同士で決めた約束を反故にするとどうなるかということくらい、いかにちゃらんぽらんといえど、わかっていようはずなのに。
 嗚呼、その辺りの常識からして、あの王子に求めるのは、無理があったのだろうか?
 黒い感情とともに、フィーナはとてつもない脱力感も覚えてしまった。
「まあ、そうでしたの? それはわざわざ大変でしたわね、あのような王子のために。馬鹿……ちゃらんぽら……キオス王子は、たしかに、アルスティルにきやがって――いらしておりますわ」
 だけど、黒い感情には気づかれないように、フィーナは驚いたように目を見開く。
 すいっと口元に手をもっていき、同情の眼差しをキャロンへ送る。
 もちろん、それはふりであって、内心ではさっぱりそのようなことはない。
 天晴れなほどに、王女演技≠ェ板についている。――いや、もともと、フィーナはまぎれもなく王女なのだけれど。
「本当ですか? ようございました。こちらにキオス王子がいらっしゃらなければ、わたくし、いよいよどうすればよいかと思っておりました。本当に申し訳ありません。いきなりお邪魔して、このようなことを」
 きゅっと胸の前で両手を組み、キャロンは申し訳なさそうにフィーナを見つめる。
「いいえ、よろしいのですよ。あのお馬鹿王子……いえいえ、キオス王子を連れ戻しにやって来てくださったのですから」
「連れ戻し……?」
 清々しく言い放つフィーナに、キャロンはくいっと首をかしげる。
「うふふ。こちらの話ですわ」
 しかし、何事もなかったように、フィーナはにっこり微笑む。
 それから、ちらりと背後へ視線を移し、柱の陰へ声をかける。
「クレイさま、キオス王子をこちらへ」
 それはまるで、囚人を引きたてなさいと命令しているかのように告げられた。
 これから死刑囚を死刑台へ送ろうとしているかのように、フィーナの目の奥が禍々しく一瞬輝く。
 柱の陰で、恐怖におののく気配がしたかと思うと、そこからゆっくりとクレイの姿が現れた。
「まったく……。フィーナは、本当人使いが荒いね。まあ、この男を従えさせられるのは、わたしとフィーナくらいだけれどね」
「まあ、お戯れを」
 クレイが現れると同時に、まるで背をべしっと蹴られたように、キオスが前のめりで飛び出してきた。
 それは、想像の域を脱していたようで、現実のこととなっていた。
 どうやら、柱の陰で、フィーナとキャロンの会話を聞いている間、キオスは散々、クレイに痛めつけられていたらしい。
 衣装に隠れた見えないところにできているあざが、暗にそれを語っている。
 ――本当に、クレイは容赦ない。実の弟に対して。
 しかし、そのようなことはみじんも感じさせず、現れたクレイは清々しく微笑んでいる。
 フィーナとキャロンの前へ、クレイとキオスがやってきた時だった。
 キャロンは驚いたように目を見開き、そして満面の笑みを浮かべた。
「嬉しい! キオス王子。わたくし、ずっとお会いしたかったのです!」
 同時に、そう叫び、キャロンはキオス……ではなく、クレイに抱きついていた。
「……え?」
 ぴきんと、その場に緊張がはしる。
 ずどんと、氷の柱がこの場につきささったような衝撃を感じる。
 どさくさにまぎれ、抱きつこうとしていたキオスにお仕置きをしようとのばされたフィーナの手が、ぴたりととまっている。
 その先では、キオスも頬をひきつらせ、じっとキャロンを見つめていて……。
 クレイにいたっては、額から一筋の冷や汗を流すだけで、微動だにしない。目が点になっている。
 しかし、キャロンだけは、きゃっきゃっと嬉しそうに笑いながら、クレイにまとわりついている。
 一体、これはどういうことだろうか?
 キャロンはたしか、キオス王子と言っていたはず。そして、婚約させられそうになっているのもまた、キオスのはず。それなのに、抱きついているのはクレイで……?
 次の瞬間、その場に雷が落ちたことは言うまでもない。
 同時に、キオスがスケープゴートよろしく、その場に埋められていたことも。


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update:07/04/14