求婚は二人だけの時に
change〜とりかえっこ王子〜

「キオス王子! こちらですわ。さあ、ともにクロンウォールへ参りましょう。そして、さくさくっと婚約しちゃいましょう」
 クレイに抱きつく両腕をするりと解き、今度はそれをつかみなおし、キャロンはぐいっと引き寄せる。
 キャロンがこちら≠ニ言ったその先には、先ほど降り立ったばかりの馬車がある。
 どうやら、その馬車の中へクレイを放り込み、そのまま連れ帰る気らしい。
 扉の横には、うやうやしく頭をたれる御者がいる。
 はじめから、とんぼ返りの予定でやって来たのだろう。
「え? あの……ちょっと待ってください、キャロン王女」
 さすがに、このまま連れ帰られてはたまらないので、クレイは慌ててキャロンを制する。
 つかまれている手をどうにかしてはなそうともがくけれど、うまくいかない。
 その手に触れ、そのままひきはなせば簡単だろうけれど、こうちくちくとささる視線の前では、それはできない。
 下手にキャロンの手に触れようものなら、その視線の主に、クレイはどのようなお仕置きをされることか……。
 にっこり微笑んではいるけれど、間違いなく、その内では烈火の如く怒っている。視線の主――フィーナは。
 ぞくりと、クレイの中を寒気が駆け上っていく。生きた心地がしない。
「早くいたしましょう。あなたの肖像画を拝見して、わたくしの夫となる方はこの方しかいないと思いましたの。実際にお会いしても、本当に素晴らしい方で、理想通り。わたくし、嬉しくって仕方がありませんの」
 さらにぐいぐいとクレイの腕をひき、キャロンは無邪気に満面の笑みを浮かべる。
 同時に、クレイの顔はとってもひきつっていた。
 ぶわっと、額に脂汗の玉がいくつもわきでる。
 やはり、クレイへじっと向けられるその視線が、ちくちく痛い。
 ちくちくどころでなく、ぐさぐさささる。
 ふるふる震え、必死に怒りをこらえているであろうフィーナに、最悪なことに、キオスが何やら話しかけている。
 それは、事態を余計に悪化させる。
 そのちゃらんぽらんぶりは、火に油を注ぐも同じだから。
「ず、ずいぶん、情熱的なのですね」
 ずいっと上体をのけぞらせ、どうにかつかむキャロンの手を放せないものかと、クレイは気づかれないようにもがく。
「……え? ま、まあ、わたくしったら、お恥ずかしいですわ。このようにはしたないことを……」
 そう言って、キャロンはぱっと手をはなし、そのまま両頬にそえると、ぽっと頬を赤らめた。
 どうやら、予想外のところで、キャロンの腕を放すことができたらしい。
 ほうっと、クレイは胸をなでおろす。
「いえ、それはかまわないのですよ。むしろ、そのように情熱的に求められるなど、男冥利につきるというものですよ」
 ……一般的には。
 とりあえず、相手は一国の王女なので、クレイもそうして社交辞令で取り繕っておく。
 ここで女性に恥をかかせることは、よろしくない。さすがのクレイでもできない。
 別に、これといって敵としてみる必要のない女性でもあるから。
 ただ、困った女性ではあるけれど。
 敵でもない者を、こてんこてんにやっつけてしまうほど、クレイとてたちは悪くない。
 しかし、それがいけなかった。
「まあ、うふふふ……」
 両頬に手をそえたまま、キャロンはちらりと上目遣いにクレイへ視線を流す。
 それはまるで、思わせぶり――もう二人は仲良しさん、とでも言っているようだった。
 再び、クレイは胸の内で顔色を失う。
 クレイとしたことが、あしらい方を誤ってしまったらしい。
 けれど、もともと、女性には慣れていないので、これは当然の結果なのかもしれない。
 普段、下手に女性に対し軟派な言葉をささやかないばかりに――フィーナには散々ささやいているけれど――こういう時に、それが裏目にでてしまう。
「フィ、フィーナちゃん、お、落ち着いて。さすがに殺しはしないと思うけれど、国際問題にならない程度に、ね?」
 うっとりとクレイを見つめるキャロンをよそに、キオスはあたふたと、珍しくまともなことを静かに憤るフィーナに言う。
 しかし、それが命取りになるということは、キオスはわかっているのだろうか?
 背でもなでて落ち着かせようとフィーナへのばされたキオスの手が、がしっとつかまれた。
「あら? 何のことかしら? わたくし、十分落ち着いていましてよ。――たとえ、クレイさまが他の女性に抱きつかれようと、他の女性に腕を抱かれようと、他の女性にうっとりと見つめられていようとも、……ね?」
 フィーナは、つかんだキオスの手をそのままぶんとふりはらう。
 そして、ずいっとキオスへつめより、にっこり微笑む。
 何やらまがまがしい後光がフィーナにさしているように見えるけれど、それはあえてみなかったふりをする。
 けれど、体は正直で、キオスの顔からはさあっと血の気が引いていた。
「ところで、どうして、キャロン王女は、クレイさまをどこかのすっとこどっこいと間違えているのかしら!? どういうことですの!? このお馬鹿王子!!」
 つめよったそのままで、ぐいっと、キオスの首にフィーナの白い手がかけられる。
「うわー。俺のせいなの!? 俺のせいなんだね? っていうか、俺も知らないよ。俺だって驚いているんだから!」
「あなたが知らないはずがないでしょう! 一体、今度はどのようなふざけた手を使いましたの!?」
 キオスは、かけられたフィーナの手を必死に振り解こうともがくけれど、びくともしない。
 普通ならば、男であるキオスの力があれば、女のフィーナの手くらい簡単に振り払えそうなものだけれど、どうやら、火事場の馬鹿力よろしく、ご立腹のフィーナには常識外の力がわきでるらしい。
 目のはしに涙をにじませ、キオスは叫ぶ。
「だから、誤解だって! 俺じゃない!」
「信じられませんわ!!」
 地獄の支配者の如く恐ろしい顔のフィーナによって、ぎゅうと、キオスの首が締め上げられていく。
 しかし、そのような二人のやりとりなどどこ吹く風といったように、こちら馬車の前では、相変わらずキャロンがうっとりとクレイを見つめている。
 あたふたと、それにクレイが慌てている。どこかおびえたように。
「そ、それでですね、キャロン王女。実は、あなたに告げねばならない大切なことが……」
 ちらちらとフィーナとキオスの様子をうかがいつつ、クレイはおたおたとキャロンにそう告げようとする。
「まあ、嫌ですわ。求婚のお言葉は、二人きりの時でなくては。いくら政略結婚と承知しておりましても、わたくしだって乙女。憧れがございますのよ」
 けれど、クレイの奮闘むなしく、キャロンにあっさりとかわされてしまう。とっても勘違いが入った言葉で。
「いや、そうではなくて、あのね、キャロン王女……」
 さすがのクレイも、論点がずれまくったキャロンの早合点なその言葉には、がっくりと肩を落としてしまう。
 何やら、この王女には、キオスのそれに近いものを感じつつあるような気がするから、余計に脱力感がクレイを襲う。
「嬉しい。これが、あそこでフィーナ王女にいいように扱われている、ひと目見ただけでわかるほどの困った王子ならば、わたくし、その場で舌を噛み切ってでも拒絶しましたわ、この結婚」
 キャロンは無邪気に笑う。
 なんだかとっても、発言の端々に毒を感じられてならないけれど、それはあえて気にしないことにして、クレイは助けを求める念を、あちらの方で戯れる?フィーナとキオスへ視線にのせて送る。
 しかし、楽しんでいる二人には、それはさっぱり伝わらず、遊戯は変わらず続けられる。
 死にかけのキオスの首を、フィーナが容赦なくしめあげていくその遊戯が……。
 この分だと、助けを求めても無駄だと早々に悟り、クレイはまたがっくり肩を落とした。
 これでは、誤解を解こうとしても、なかなかかなわないのではないだろうか。


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update:07/04/24