赤く妖しい微笑
change〜とりかえっこ王子〜

 西の空が、茜色に染まっている。
 それは、もうすぐ紫へと変わり、そして闇色に覆われるだろう。
 しかし、そのような中でも、ぽっかり浮かぶ月によって、新月の時以外は、大地が闇に支配されることはない。
 月とともに、数多、星々もまた夜空に輝く。
 このアルスティルという国は、さすが自然が売りなだけあり、輝く星のその数、他から抜きん出ているように見える。
「フィ、フィーナ、やっぱり怒っている?」
 真っ赤に染まる窓辺へ向かい、クレイは恐る恐る尋ねる。
「怒っている? まあ、どうして?」
 まるでその景色に溶け込むように赤く染まったフィーナの顔が、妖しく笑みを映し出す。
 ……恐ろしい。
 たしかに微笑んでいるけれど、まったく微笑んでいるようには思えないのだから。
「だって、ほら……その……」
 ちらちらと遠慮がちにフィーナを見て、クレイは所在なげにつぶやく。
 すると、そのようなおどおどとした様子のクレイに、フィーナはさらににっこり微笑む。
 フィーナの目の奥が、不気味にきらりと輝いた。
「別に、わたくしは怒ってなどおりませんわ。たとえ、クレイさまが、どこかのちゃらんぽらん王子と間違われて、わたくし以外の女性と仲良くされていたとしても、わたくし、それほど心狭くないと自負しておりますもの。――まあ、そのまま、クロンウォールへ連れ帰られなかったことだけは、誉めてさしあげますわよ?」
 一気にそうまくしたてると、フィーナはやっぱりにっこり微笑み、ふいっとクレイに背を向ける。
 フィーナが見つめるその先には、黄昏に染まった田園が広がっている。
 城の中でも上階に位置するこの部屋の窓からは、周囲の景色をよく見渡せる。
 気持ちだけでも、この国をよく平等に見渡せるようにと、そうフィーナが望んだ。ここに、フィーナの私室を置くことを。
 キャロンに無理やり連れていかれそうになったところを、クレイはどうにか押しとどめ、アルスティルにとどまることができた。
 しかし、「では、明日こそはともに参りましょうね」とキャロンは言っていたから、明日のクレイの身は、果たして、アルスティルにあることができるだろうか?
 ふとそのことが頭をよぎり、クレイはぶるるっと身を震わせる。
 別に、クレイはキャロンに負けるとは思っていない。
 しかし、ご機嫌ななめになったフィーナに、「クレイさま、お帰りになられたら?」などと微笑まれでもしたら、クレイは逆らうことができない。ひとたまりもない。生きていられない。
「嗚呼ー。やっぱり、とっても怒っているじゃないか。――まあ、結局、まだ誤解を解ききれていないわたしも悪いのだけれど……」
「自覚があるのなら、さっさとしてちょうだい!」
 そのお怒りっぷりにクレイがうなだれると、フィーナはがばりと振り返り、激しい剣幕でそう言い放つ。
 そして、またぷいっと顔をそらす。
「わ、わかっているよ。頑張るから、だから、フィーナ……」
 もう一度、怒ってもかわいいその顔を見たいと、クレイがフィーナへ手をのばしていく。
 しかし、それにすかさず気づいたフィーナが、べちんと叩き払う。
「誤解を解くまでは、わたくしに触れないでくださいませ」
 再びクレイに背を向け、フィーナは冷たく言い放つ。
 瞬間、クレイの顔が悲痛にゆがむ。
「ああ、もう。どうしてわたしが、このような拷問を受けなければならないのだ!? フィーナに触れられないなんて……狂い死にそうだよ」
 クレイはそう嘆いたかと思うと、次にはきっと顔を鋭くひきしめ、先ほどから背でもじもじと様子をうかがっているキオスへ振り返った。
 同時に、キオスの胸倉をつかむ。
「それもこれも全てお前のせいだ、キオス!」
 そして、そう叫び、そのまま手に力をこめていく。
「いやーん。お兄様、ご乱心ー!!」
 ぺちぺちとつかむクレイの手をたたきながら、キオスは泣き叫ぶ。
 しかし、それは逆効果で、クレイの手にこめられる力はますます強まっていく。
「どうしてわたしが、お前などと間違われなければならないのだ!? 心外だ。不愉快だ。屈辱だ。っていうか、そもそも、お前がちゃらんぽらんなのが悪い!」
「それって八つ当たりだよ、お兄様」
 ずずずずずとつりあがっていくクレイの目に気づいていないのか、キオスはけろりとそのようなことを言った。
 しめあげられ、苦しいはずなのに、なんと器用なことか。
「うるさい! どうしてこのようなことになっているのだ!? まさか、お前が仕組んだなどということは……」
「そ、それこそあり得ないって! 俺がそんな立派な計画を立てられると思うか!?」
 さすがのキオスも、いよいよ命の危険を感じはじめたのか、憤るクレイに慌てて釈明をする。
 すると、クレイは一瞬何かを考えるように動きをとめ、ふうと息を吐き出した。
「……思わない」
 そして、クレイの手が、キオスの胸からすっとはなれていく。
 それを確認し、キオスはほうっと胸を撫で下ろす。
 ――それにしても、キオス。そのようなことを自分で言っていて、悲しくなりはしないのだろうか?
 ああ、ならないか。何しろ、キオスは三国一のちゃらんぽらんだから。
「だ、だろ? だから、俺が仕組むことなんてあり得ないって。俺はただ、クレイのその腹黒っぷりで、あの王女を追い払ってもらえればと……それだけしか考えていなかったんだよ」
「……腹黒……ですか?」
 妙に落ち着いたクレイの声が、宵闇が迫るその部屋に静かに響いた。どことなくおどろおどろしく。
 ぐっと、キオスが息をのむ。
 景色が赤に支配され、クレイの顔がよく見えない。
 しかし、今に限っては、それはキオスのわずかばかりの救いになっている。
 その顔、まともに見てしまった日には……。恐ろしくて、想像もしたくない。
「い、いえ、違いました。間違いでした。僕は、お兄様のその素晴らしいお知恵で、どうにかしていただければと……」
 慌ててそう訂正するも、返る言葉もなく、やはり冷たく静かなクレイの眼差しがキオスに注がれる。
 その無言が、ますます恐怖を誘う。
 その眼差しだけで、キオスはクレイに殺されかねない。
 まったく、せっかくクレイの怒りがおさまりかけていたというのに、キオスはいつも一言余分なのだから。
 沈黙に耐え切れなくなったのか、キオスはばっと駆け出し、フィーナへ飛びついていく。
「うわーん。クレイが怖いよー!」
 しかし、次の瞬間には、問答無用で床に埋められていたことは、やはり言うまでもない。
 太陽だけが、憎らしいくらいに美しい光を放ち、目に見えるすべてをその赤で包み込んでいる。


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update:07/05/04