王子様の心配事
change〜とりかえっこ王子〜

「まあ、やはり噂は本当でしたのね。クレイ王子とフィーナ王女は、まこと仲がおよろしいのですね」
「はあ!?」
 フィーナとキオスの楽しい?光景をたまたま目に入れたというように、キャロンは無邪気にそう言い放つ。
 その両手をぎゅっと握り、体をすりっとクレイへすり寄せる。
 しかし、同時に、クレイはすっと体をひき、やっぱりすんでのところで触れることを回避していた。
 どうやら、よほどフィーナが怖いらしく、何がなんでも、本当に、クレイはフィーナ以外の女性に触れさせないようにしているらしい。
 まあ、ひとつ間違えば、その命にかかわるような女性を相手に約束をしたのだから、死に物狂いで回避するだろう。
「わたくし、うかがいましたの。本当は、フィーナ王女はキオス王子とご結婚されるはずだったけれど、クロンウォールを訪れられた折、そこでクレイ王子と出会い、恋に落ちられたと。それを知り、キオス王子は自ら身を引かれたのだと。なんとお優しいのかしら」
 うっとりと夢見るように食堂の天井を見上げ、キャロンは楽しげにそう語る。
「そのようなみなさまに、わたくし、憧れておりますの。……なのに、実際にお会いしてみると、その……クレイ王子は……」
 キャロンは天井から視線を落としてきて、ちらりとキオスを見る。
 そして、鼻で笑うように、ふっと口元をゆるめた。
 どうやら、この一日にも満たない時間で、キャロンにキオスの本性を悟られてしまったらしい。
 まあ、普段から、ひと目見ただけで、十人に五人くらいには、さっくり悟られてしまうようだけれど。
 残り五人にも、そう時間を要さないうちに悟られるけれど。
 クレイとキャロンの目の前には、あいらびゅーとフィーナに抱きつこうとして、フォークやらナイフやらをぶすぶすさされ、攻撃をくらっているキオスがいる。
 これでは、誤魔化しようがないか、となんだかとっても、クレイは悟りの境地に至ってしまった。
 わが弟ながら、なんと情けないことか。
 同時に、クレイの胸の内を、そう哀愁が駆け抜ける。
 しかし、クレイの横では、キャロンがどこか得意げに、たんたんと自らの思いを語っていた。
「フィーナ王女は、本当にご立派ですわね。そのようにちゃらんぽらんな王子と婚約されてしまったのですから。……わたくしにはとてもできませんわ。キオス王子が噂と違ってとても立派な方で、わたくし、幸せです。――噂ってあてになりませんわね。だって、お二人、まるで入れ替わったように正反対なのですもの。世間に広まっている噂とは」
 得心したように、キャロンはふうと吐息をもらす。
 ――というか、それは、まったくもって事実ですよ、キャロン王女。
 あなたが、クレイとキオスを取り違えているだけで……。
 とは、よもや、この状況ではクレイも言いにくくなってしまった。
 クレイは、早く誤解を解かねばならないのに、何としたことだろう。
 ここで、それは誤解ですよ、と言ってしまったら、恐らく、キャロンに恥をかかせてしまうことになるだろう。
 この食堂には、クレイたちの他に、その倍の数、侍女たちが控えている。
 いつどのような事態にも、すぐさま対応できるように。
 さすがはフィーナ直々にしつけた侍女たちなだけはある。寸分違わず、狂いがない。隙がない。
 やはり、これは、仕える者たちがいないところで誤解を解かねばならないだろうと、この期に及んでクレイはキャロンを気遣うらしい。
 ある意味、クレイがいちばん進退きわまっているはずだろうに。
 しかし、クレイはそう考えるのに、フィーナにはそれはわかってもらえないらしい。
 キオスをいたぶりつつも、キャロンのその話を聞いていたのか、物言いたげなフィーナの視線がクレイにじろりと注がれる。
 その目は、思い切り、さっさと誤解を解きなさいよ、とクレイを責めたてている。
 これは、もう本当に、猶予はないだろう。
 一分一秒でも早く誤解を解かなければ、取り返しのつかないことになりかねない。
 クレイはもう二度と、フィーナに触れられなくなるかもしれない。
 それだけは、認められない。避けなければならない。
 フィーナの視線に気おされ、思わずクレイが上体をのけぞらせた時だった。
 慌てたように、食堂に、クレイの護衛としてともにやってきていたヒューイが飛び込んできた。
 別に、大の男二十人をあっさりなぎ倒した過去があるクレイには、護衛など必要ではないけれど、とりあえずかたちだけでも整えておこうということから、国を出る時そうなった。
 もちろん、人選はクレイ自ら行った。
 何しろ、ヒューイはクレイの悪巧みのよき相棒だから、これほど心強いことはないだろう。
 アルスティルでも、何かと役立ってくれるだろう。
「ヒューイ? どうしたのですか?」
 さりげなさを装い、すすっとすり寄るキャロンをかわすように、クレイはすっと席を立つ。
 そして、扉で待機するヒューイのもとへ歩いていく。
「お、王子、お食事中のところ失礼いたします。実は……」
 ヒューイは気まずそうにそうつぶやき、ちらりとフィーナを盗み見る。
 すると、フィーナもその視線に気づき、無言ですっと立ち上がった。
 それから、クレイの後につづき、ヒューイのもとへ自ら歩み寄っていく。
 臣下であるヒューイが主であるクレイのもとへ寄って行くのが本来のかたちなのだろうけれど、厄介なことに、そこにはともにキャロンがいた。
 そこで、ヒューイはクレイに歩み寄ることができず、クレイもそれを悟り、自ら足を動かした。
 クレイとフィーナがともにヒューイのもとまでいくと、ヒューイはちらりとキオスとキャロンを確認するように見て、声を押し殺し、耳打つようにささやいた。
「まあ、デュベール王国から、ラファイエット王子がいらしたの?」
 わざわざヒューイが気遣ったというのに、それをぶち壊すが如く、フィーナはけろりと言い放つ。
 瞬間、がっくりと、クレイとヒューイの肩が落ちたことは言うまでもない。
 忘れてはいなかったけれど、そうだった、この姫君はこういう人でした、と。
「フィ、フィーナ。まさか、また知っている方ではないだろうね……?」
「いいえ、お会いしたことはありませんわ」
 恐る恐る確認するように問うクレイに、フィーナはにっこり微笑む。どこか楽しそうに。
「そ、そう。よかった……」
 その微笑みに違和感を覚えつつも、クレイは、とりあえずそう胸をなでおろす。
 本当に、前回は散々だった。
 軍事大国バーチェスからファセラン王子が殴りこみにやってきて、そして、ひっかきまわしていってくれたから……。
 まあ、それはたてまえで、クレイはその腹黒っぷりを大いにいかし、追い返してやったけれど。
 そのような面倒なことをまたしなければいけないのかと思ったけれど、どうやら今回はその必要もないだろう。
 ただでさえキャロン王女だけでもうっとうしく思っているのに、さらにお邪魔虫が増えてはたまったものではない。
 ――キオスについては、もとから眼中になく相手にしていないので、問題にもならない。
「だけど、どうしてラファイエット王子はいらっしゃったのかしら? 大量のラブレターとプレゼント攻撃だけでは、飽き足りなかったのかしら? ――すべて、丁重に押し返……送り返しましたのに」
 フィーナは、かわいらしくくいっと首をかしげる。
 ――前言撤回。
 フィーナはまた、とんでもないことをクレイに黙っていた。
 そして、けろりとたわいなく言ってくれた。
 会ったことはなくても……それよりも、もっと面倒なことになっていたのではないか。
 フィーナのその姿を目にとらえてしまったものだから、その余分な言葉を聞いてしまったものだから、クレイはめまいを覚えた。
 もちろん、その姿が愛らしかったこともあるけれど、半分くらいは嫌な予感がして。想像してしまって。
 どのような手ごわい相手でも、この王女以上に難解で厄介で大変な者はいないことを、クレイはよく知っている。
 間違いなく、嵐の予感――。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:07/05/24