悪魔の微笑み
change〜とりかえっこ王子〜

 アルスティル、いや、もしかすると、この周辺の国々の中では一二を誇る芸術家が手がけた絵画が、正面の壁にどどんとかけられた応接間。
 そして、窓際の台の上には、趣味が悪い大きな壺も飾られてある。
 これは、この国の王の趣味で、フィーナは常々、始末してやろうと考えている。
 アルスティルにやって来た賓客に、国の恥をさらすようなものとも、くどいくらい王に言っている。
 しかし、それは、侍女たちが泣きつくので、まだ実行されてはいない。
 その理由が、またなんと腹立たしいことか。
 フィーナに迫られた王が、ぶちぶちと愚痴って助けを求めてくるからどうにかしてくれと、侍女たちに懇願されてしまったから。
 それではもう、侍女たちのためにも、フィーナは諦めるほかない。その壺には目をつぶるしかない。
 とっても納得がいかないけれど。
 けれども、憎らしく壺をにらみつけることだけはやめられない。
 その壺の横に、背をこちら側に向け、窓から緑しかない景色を見つめる青年が立っている。
 やってきたフィーナたちに気づき、青年はくるりと振り返った。
 同時に、その目がぎらりと輝いた。
「お前がにっくきキオスか! 僕のフィーナ王女をたぶらかしおって!」
 かと思うと、そのようなことを叫びながら、ずかずかとフィーナたちへ歩み寄る。
 そして、ぐいっと、クレイの胸倉をつかみ上げた。
「は!?」
 さすがに、この展開は想定していなかったらしく、胸倉をつかみ上げられたクレイはあっけにとられている。
 もちろん、ともにやって来たフィーナも、そしてちゃっかりついてきたキオスも、ぽかんと口をあけている。
「僕は騙されないぞ! どうせ純真なフィーナ王女を脅して、むりやり結婚を承諾させたのだろう!!」
 だけど、呆然とする三人にはかまわず、青年はぎゃんぎゃんまくしたてる。
「ちょ、ちょっとお待ちください。一体どういうことですか!?」
 この応接間で待っているはずのその青年は、デュベール王国のラファイエット王子であることだけは認識しているので、一応はクレイも礼をはらう。
 そうでなければ、瞬間、クレイのその腕っぷしをもって、この失礼な男を床に埋めているところだろう。
 どこかのちゃらんぽらん王子と同じように。
 まあ、そうでなくても、この展開はさすがのクレイもついていけない。
 よもや、また、不愉快なことに、キオスと間違われているようだから。
「僕はずっとフィーナ王女に憧れていたのだ。一年前の舞踏会で見かけてより、ずっと、ずっと……っ! なのにどうして、よりにもよって、ちゃらんぽらんと名高いクロンウォールのキオス王子などと……! 許せない!」
 そして、人の話を聞かないところなど、あの闖入してきた王女そっくり。
 いやいや、それよりも、この展開は、もしや、また……?
 さすがは、フィーナに怒濤のラブレターとプレゼント攻撃をした王子なだけはある。なんと迷惑な。
「まあ、また……ですの?」
 どうやらフィーナも同じことに気づいたらしく、何故だか楽しげに微笑んでいる。
 まあ、もとから想像はできていたようだけれど。このような展開になることなどは。
「フィ、フィーナちゃん?」
 そのようなフィーナに気づき、キオスの頬がひきつる。
 キオスが気づいたことは、それだけではないらしい。
 前回もあるので、キオスはなんだかとっても嫌な予感がする。
 襲いかかられているクレイを助けようとしないばかりか、フィーナはとっても楽しんでいるように見える。
「うふふ。にぎやかになりましたわね」
 すっと頬に手をそえ、フィーナは邪悪な笑みをのぞかせる。にやり……と。
 どうやら、キオスの予想は、珍しく的中してしまったらしい。
 さあと血の気が引いていく。
 キオスは気づいてしまった。
 フィーナは楽しんでいるのではなく、むしろ、とってもご立腹だということに。
 お邪魔虫が次から次へとやってきて。
 もちろん、そのお邪魔虫の中にはキオスも含まれているだろう。
 せっかく、アルスティルで、クレイと二人きりの時間を楽しんでいたのに、それを邪魔されたのだから、フィーナのお怒りはいかばかりか……。
 胸倉をつかむラファイエットの手をすっと放していくクレイを見ながら、キオスは気を遠くへとはせていく。
 恐らく、もう生きた心地はしなかったことだろう。
 何よりも、隣からびんびんに感じる、フィーナのその怒りの気がキオスの身を切りつける。


 もうそろそろ、太陽も真上にさしかかってくる。
 今日は、憎らしいくらいにいい天気。
 このように天気がいい日は、緑の地平線の向こうまで見渡せてしまいそう。
 本当に、アルスティルという国は、なんと緑豊かなおだやかな国なのだろうか。
 クロンウォールにも緑はたくさん残っているけれど、アルスティルのそれと比べると明らかに劣る。
 このような国で育まれてきたからそこ、フィーナもあのように、あのように……。
「どうしてまた、お邪魔虫がくるのだ?」
 日の光がよくあたるテラスにあるテーブルに、クレイはぼすんと突っ伏した。
 すると、その頭上に、どこか楽しげな、だけどどこか恐ろしいものも感じる声が降ってくる。
「あら? ファセランさまがおっしゃっていたじゃない。わたくしに思いを寄せる王子が、ごまんといると」
 にっこり微笑みながら、フィーナは、クレイが突っ伏すその前へことんとカップを置いた。
 クレイの正面にどかんと腰かけるキオスが、顔の前でぶんぶんと手を振る。
「言っていない、言っていない。引く手数多とは言っていたけれど、ごまんとまでは――」
 そこまで言いかけて、キオスの息の根は止まっていた。
 たしかに椅子の上にあったキオスのその体は、さかさまになった椅子の下に移動していた。
「うふふ。クレイさま、大変ですわね」
 そして、キオスに影を落とし、フィーナがにっこりと小悪魔の微笑みをのぞかせる。
 両手をぱんぱんとはたきながら。
 一仕事終えた後のように、満足そうに。
「フィーナ、まさかとは思うけれど、また……?」
 ぴくりと体をゆらし、ゆっくり顔をあげ、クレイは怪訝にフィーナを見つめる。
 すぐ横でのキオスの奇行には、気にとめる素振りすらない。
「ええ? お邪魔虫がたっぷりいた方が、クレイさまがたくさんやきもちをやいてくださるでしょう?」
「ああ、もうっ。このお姫様は!」
 そう嘆くように叫びながら、クレイはまた、がばりとテーブルに突っ伏す。
 にこにこ微笑んでいたフィーナの顔が、ふと曇る。
「だけど、わたくしもおもしろくありませんのよ? だって、キャロン王女が……」
 それから、フィーナはふいっと顔をそむけ、ぽつりとつぶやく。
 クレイはまたがばりと顔を上げ、同時に、腕をのばしてフィーナの腕をつかんでいた。
「フィーナ、わたしにはフィーナしか考えられないよ」
 すがるように、訴えるように、クレイはまっすぐにフィーナを見つめる。
「ええ、知っていますわ」
 そっと腕を握るクレイの手に触れながら、フィーナはにっこり微笑む。
 すると、クレイは驚いたように目を見開き、そしてくしゃりと顔をくずした。
「さすがは、わたしのフィーナだね」
 それから、フィーナとクレイは、互いに顔を見合わせ、ふふふと悪魔の微笑みをたたえ笑いはじめた。
 それに気づき、ようやっとのことで椅子の下からはいでようとしていたキオスが、大きく体を震わせ、自らまた椅子の下へともぐり込……非難した。
 ここで下手に復活を遂げては、また槍玉にあげられることを悟ったらしい。
 キオスにしては、なんと賢明なことだろう。
 そのようなぶるぶる怯えるキオスの横には、黒い笑顔をふりまくフィーナがいた。
 フィーナの手が、ぎりっとクレイの手を握り締める。
「だから、クレイさま、さっさと誤解を解いてくださいませね?」
「……うっ。は、はい……っ」
 有無を言わせぬフィーナの優雅な微笑みに、クレイはびくりと体を震わせる。
 クレイの手をにぎるフィーナの手に、ぎちぎちと力がこめられていっていることは、恐らく、クレイの気のせいなどではないだろう。
 腕っぷしが強いクレイも、フィーナにだけはかなわない。


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update:07/06/03