王子様の隠し事
change〜とりかえっこ王子〜

 貴賓室の扉が、うっすら開いている。
 そこは、クレイに用意された、アルスティル滞在中の部屋。
 その横には、後から闖入してきたキオスの部屋がある。
 どこかのちゃらんぽらんわがまま王子が、「クレイの横じゃなきゃ嫌ー!」とか、そのような子供じみただだをこねたから。
 もちろん、クレイはこの上なく嫌そうな顔をしていた。
 それを見て、面白がったフィーナがそう仕向けたのも、また明白だけれど。
 いつもはもちろんクレイの味方だけれど、クレイで遊べるという誘惑には、さすがのフィーナも勝てない。
 嫌がるクレイの顔を想像するだけで、フィーナは楽しくなってくる。
 また、クレイがいる部屋へフィーナがやってくることも、別に不思議ではない。
 クレイの部屋の扉がうっすら開いていることに気づき、フィーナはそっと中をのぞく。
 人前では気品に満ちた振る舞いをするけれど、そうでなければ、多少品のない振る舞いだってする。……面白そうと思えば。
 結局は、フィーナもまた、キオスほどではないけれど、自分に正直なのだろう。
 以前はこれほどでもなかったけれど、クレイとキオスと出会ってからは、フィーナはけっこう好き放題しているような気もする。
 すべてを我慢しなくてもいいのだと、少しくらいならわがままを言ってもいいのだと、そう二人が思わせてくれたから。――少し肩の力が抜け、楽になれたような気もする。
 それが、フィーナの胸をふわふわとあたたかくする。
「あら? クレイさま、ヒューイと何をこそこそしていらっしゃるの?」
 のぞくと同時に、そこにヒューイの姿を見つけ、フィーナは軽くたたくことも忘れ、勢いよく扉を開けていた。
 よほどその光景に興を覚えてしまったのだろう。
「え? あ……。フィ、フィーナ。内緒だよ」
 不意打ちのフィーナの訪問に、クレイはどぎまぎと慌てる。
 けれど、怒ることはない。
 これが迷惑の何ものでもない弟ならば、話はまた別――そのまま反射的に、しゃっと鞘から剣を抜き、一気に投げつけていたかもしれないけれど。
 クレイは、先ほどヒューイから渡されたばかりの手に持つ小さな袋を、さっと背へ隠す。
 すると、中に入っているものが動きこすれ合ったのか、チャキンと小さく硬い音が鳴った。
 クレイのいつにない慌てぶりに、フィーナはすっと目をすわらせる。
 けれど、次の瞬間には、
「内緒……ですか? クレイさまが、わたくしに隠し事をなさるの?」
悲しそうに目を伏せて、フィーナはぽつりとつぶやいていた。
 クレイさまが、わたくしに&モりを、やけに強調して。
 そして、すいっと顔をそむけ、ふるふると肩を震わせはじめる。
 それを目の当たりにしてしまっては、クレイはもうどうしようもない。
 あたふたと慌てながら、急いでフィーナに駆け寄る。
 すっとフィーナの肩を抱き寄せる。
「そ、それは……その……。だけど、必ず教えるから。だから、今は見逃してくれないかな?」
 不安げにフィーナの顔をのぞきこみ、クレイは必死に弁解する。
 すると、伏せられていたフィーナの目がすっとあげられ、楽しげにゆらめいた。
 瞬間、クレイはとっても嫌な予感がしたのか、ひくりと頬をひきつらせる。
 その予感は、はずれてはいなかった。
「まあ……よろしいですけれど。だって、クレイさまがわたくしに内緒にするということは、また素敵な計画を立てていらっしゃるのでしょう? 今から楽しみですわ。どんなにか素晴らしい鬼畜っぷりを披露してくださるのでしょう?」
 フィーナはすっと両手をにぎり、夢見るようにうっとりとクレイを見つめる。
 同時に、がくりと、クレイの肩が落ちる。
 けれど、フィーナを抱き寄せるその手は、はなれることはなかった。
「……って、わたしがフィーナに隠し事をすると、そうなるのかい?」
 どこか神妙な面持ちで、迫るように、クレイはフィーナに尋ねる。
 すると、フィーナはきょとんと首をかしげて、にっこり微笑んだ。
「あら、今さらではありませんか」
 そして、けろりと言い放つ。
「まったく、フィーナは……。ヒューイも何か言ってやってよ」
 くらりとめまいを覚えつつ、クレイは控えたままになっていたヒューイへと、そう援護を求める。
 しかし、さすがにここまでくれば、ヒューイもフィーナの性格を心得たもので、下手に答えることなどできない。
 フィーナの肩をもっても、クレイの肩をもっても、どちらにしろ、ヒューイの身に危険が及ぶことを嫌というほど理解している。
 だけど、何かを答えなければ、それはそれでまた、ヒューイの首が危ない。
 これでは、ヒューイは進退きわまってしまう。
「え? わ、わたしですか!? ええーと、それはその……。フィーナ王女のためだけに、クレイさまが、誠心誠意、思いの丈をこめた、とても素晴らしい贈り物をなさるのですよ」
 思わず、ぽろりと、ヒューイは本当のことを言ってしまった。
 瞬時に、ヒューイに怒濤のような後悔が押し寄せる。
 間違いなく、クレイに殺される、そう思い。
「え……?」
 フィーナはきょとんと首をかしげ、クレイを見つめる。
 すると、クレイはにっこり笑ってうなずく。
 その微笑みに、フィーナは思わず顔をそらし、そこで頬を赤らめた。
 そのようなフィーナを、クレイは、ヒューイの存在など忘れ、愛しそうに抱きしめる。
 ――ど、どうやら、ヒューイの首は、つながったままでいられそうだ。
 嗚呼、我が命の恩人、フィーナ王女。
 と、ヒューイは胸の内で、フィーナへ感謝を捧げる。
「それじゃあ、わたしは……わたしたちは行くけれど、昼食はともにとろうね?」
 すっとフィーナを解放して、クレイはちらりとヒューイを見る。
 瞬間、ヒューイの体がびくりと大きく震えた。
 どうやら、首はまだまだ危険だったらしい。
 その瞳に込められた鋭い光が、嗚呼、ヒューイの気を遠くさせる。確信させる。
「ええ、もちろんですわ。料理長を脅し……いえ、お願いをして、クレイさまのために、クロンウォール料理も作らせておきますわね?」
「ほ、ほどほどに頼むね」
 すっと頬に手をそえて、おっとりと、けれど妙ににっこりと微笑み、フィーナがそう言うと、クレイはひきつったような笑みを見せた。
 この王女はまた恐ろしいことをさらりと言ってのけた、とでも言うかのように。
 フィーナが言いなおしたその言葉に、クレイが気づかないはずがない。
 本当に、にっこり笑顔ひとつで、料理長を脅す気らしい。
 ぎこちなく笑みを浮かべるクレイにすっと背を向け、フィーナはくるりと身をまわす。
 そして、ヒューイににっこりと笑いかける。
「そうそう。たまには、ヒューイもともにいかが?」
 フィーナはそのように恐ろしいことをのたまう。
「ええ!? フィ、フィーナ王女。とんでもございません。わたくしは、一介の僕なれば……っ」
 顔を真っ青にして、首をとれんばかりにぶんぶん左右にふり、ヒューイは精一杯辞退する。
 本当に、とんでもない。
 恐れ多くて、そのようなことなどできない。
 よもや、この二人とともに食事などとろうものなら、生きた心地などしない。
 食べ物がのどを通らない。
 生殺し。真綿でじわじわと首をしめられるも同じ。
 むしろ、その命、無事でいられようはずがない。やきもちやきのどこかの王子にかかれば。
 な、なんと恐ろしいことを言う王女なのだろうか。
 ――わかっていたけれど。
「まあ、かたいことをおっしゃるのね? つまらないわ」
 ぷうと頬をふくらませ、フィーナは非難の眼差しをヒューイへ向ける。
 ――絶対に、この王女は、うろたえるヒューイの姿を見て楽しんでいる。
 悲しいことに、ヒューイはそう確信する。
 フィーナの目を覆うようにクレイがすっと手をやり、そのままくいっと抱き寄せた。
「フィーナ、あまりヒューイを困らせないでやって」
 困ったように肩をすくめ、クレイはふわりとフィーナの耳元でささやく。
 けれど、その目は間違いなく、今にも射殺さんばかりの勢いで、ヒューイをにらみつけている。
 フィーナにそのように見つめられて、ただですむと思うなよ!?とでも言わんばかりに、鋭い眼差しをヒューイへ……。
 かちんと、ヒューイの体がかたまる。
 これでは、とんだとばっちりである。
「もうっ。クレイさまはいつも困らせているのに。ずるいっ」
 目を覆うクレイの手にそっとふれ、ゆっくりはなしていきながら、フィーナは不満そうにクレイを見つめる。
 クレイはいつもヒューイで遊んでいるのに、どうしてフィーナはいけないの?と、訴えるように。
「わたしはいいのだよ」
 フィーナの視線に気づき、クレイはにっこり微笑む。
「あら、とっても素敵ね」
 すると、フィーナはすぐさまご機嫌をなおし、楽しそうにころころと笑い出した。
 どうやら、とってもフィーナの興をそそったらしい。
 その鬼畜というか自己本位っぷりは、フィーナの好きとする部類に入るらしい。
 けれど、いいネタにされてしまったヒューイは、たまったものではない。
 本当に、ヒューイはなんという王子を主にもってしまったのか……。
 しかし、ヒューイ自ら望んで、そのような腹黒っぷりにほれ込んで、クレイに仕えているのも事実なのだけれど。


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update:07/06/21