いちばん嫌い
change〜とりかえっこ王子〜

「では、本当に、わたしたちは行くから……」
「ええ、また後ほど」
 ゆっくりとフィーナを解放していき、クレイは名残惜しそうに微笑む。
 フィーナも、残念そうに微笑み返した。
 ふりふりと手を振りながら、クレイが去っていく。
 フィーナも部屋の外まででて、手を振りながら見送る。
 廊下の向こうへと、クレイとヒューイが消えようとしている。
 なんだか、やけにヒューイがおどおどびくびく怯えているような気がするのは、気のせいだろうか?
 やはり、あそこで本当のことを言ってしまい、ヒューイはクレイにとっても怒られているらしい。
 クレイは静かに怒るから、余計に恐ろしい。
 クレイとヒューイの様子を不思議に思い、フィーナがくいっと首をかしげた時だった。
 クレイたちが去って行った方向とは逆から、ラファイエットがやってきた。
 去っていくクレイの後ろ姿を、じっと見つめるようにして。
 ラファイエットに気づき、フィーナはどこか慌てたように愛想笑いを浮かべる。
 クレイの後ろ姿をずっと追っていたことに気づかれたのではないかと慌て、ちょっぴり恥ずかしそうに。
 眉をよせ、神妙な面持ちで、ラファイエットはフィーナに問いかける。
「あのキオスという王子は、大丈夫なのでしょうか? フィーナ王女とご婚約はされていないということですが、お二人、仲はよろしいようですよね? 今だってこのように朝早くから……。――果たして、このようなことを申し上げてよいのかはかりかねますが、あなたはご存知ないですか? 彼に関する噂は。その……彼は、あなた以外の女性と、ずいぶんと親しくされていらっしゃるようですよ? それも、大勢」
「……え?」
 すっとすぐ横に寄り添い、まるで言い聞かせるように見つめるラファイエットに、フィーナは顔をくもらせる。
 そのようなこと、キオスがちゃらんぽらんなことくらい、言われなくてもフィーナはよく知っている。
 ある意味、その標的にされているも等しいのだから。迷惑なことに。
 けれど、その言葉はキオスに向けられたものではなく――。
「悪いことは申しません。フィーナ王女、考え直されてはいかがでしょう? このままでは、あなたが不幸になる。わたしは、あなたの悲しむ姿は見たくありません」
 くいっと両肩をつかみ、ラファイエットはフィーナに迫る。
 ぴくりと、フィーナの眉がつりあがるように動く。
 ラファイエットは、フィーナの両肩をつかんだそのまま、ぐいっと抱き寄せた。
「わたしは、あなたを悲しませるようなことは決していたしません。まだ遅くはありません。キオス王子ではなく、わたしを――」
「無礼なお振る舞いはお控えなさって!」
 そう怒鳴りながら、フィーナはラファイエットをどんと突き飛ばした。
 それから、ぎらりと鋭い眼差しで、ラファイエットをにらみつける。
 ぎりりと、唇をかみしめる。
 その瞳の奥には、怒りの炎がたぎっている。
 それほどに、フィーナは、このラファイエットという王子に憤っている。
 たしかに、キオスの噂はフィーナも知っている。それが散々だということも。
 事実、キオスはちゃらんぽらんだから、それも否定はしない。
 けれど、今ラファイエットがキオスだと思っているのはクレイで、だから……。
 その耳をふさぎたくなるような口汚い言葉は、すなわち、クレイに向けられたものということになるから……。
 クレイを蔑まれているような気がして、フィーナはとってもおもしろくない。
 それよりも何よりも、フィーナは、こうして陰でこそこそ人を誹る者がとっても大嫌い。なんて女々しいのだろう。
 そのようなことをする者は、信用できない。そばにも寄りたくない。
「わたくし、あなたのような方がいちばん嫌いですわ。ちゃらんぽらんと名高いキオス王子などよりも!」
 そうきっぱりと言い放ち、フィーナはふわりとドレスの裾を舞わせ、くるりと踵を返す。
 そして、クレイたちが去って行った方へ、すたすたと歩いていく。
 フィーナの剣幕に思わずあっけにとられていたけれど、ラファイエットは去るフィーナに気づき、はっと我に返る。
 そして、フィーナを怒らせてしまったことに気づき、慌ててその後を追っていく。
 このままにしておいては、フィーナに本当に嫌われてしまうと思ったのだろう。
 とにかく今は、言い訳をして、フィーナに怒りをといてもらわねばならない。
 ラファイエットは、フィーナに嫌われるためにやってきたのではないのだから。
 ぷんぷん怒りながら、客間を入れた館を抜け、回廊へでた時だった。
 そこで、へたくそな鼻歌を歌いながら歩いてきたキオスと、フィーナはばったりと会った。
 同時に、拳を思わずお見舞いしそうになったけれど、フィーナはぐっとこらえた。
 このままキオスを殴っては、ただの八つ当たりになってしまう。
 そのような情けないこと、無様なこと、キオスではないのだからできるわけがない。
 しかし、その馬鹿面を見せられては、目はとってもすわる。
 アルスティル城の侍女たちとちゃっかり仲良くなったらしく、恐らく彼女たちの仕事だろう花が、キオスの髪に数本飾られている。
 それは間違いないようで、向こうの方で、侍女たちが慌ててフィーナに頭を下げている。
 にへらと不謹慎に笑うその姿、なんともキオスらしく、まるで頭に花が咲いたように見えるから、目がすわると同時にフィーナの肩ががくりと落ちる。
 ……あきれすぎて。
 案外、この王子は、アルスティルの侍女たちには気に入られてしまっているらしい。
 まあ、そのちゃらんぽらんっぷりは、何というか、馬鹿な子ほどかわいいという部類に入らないこともないのかもしれない。
 彼女たちは、どうやら、よほど変わった趣味をしているのか、それとも奇特なのか……。
 むりやりそう納得し、フィーナはキオスの頭にささっている花のひとつを、ぶちっと抜き取る。
 そして、ぽいっと回廊の外へ放り捨てて、またすたすたと歩き出した。
 馬鹿につき合っていては、時間の無駄とでも言うかのように。
 その後を、「ええ!? フィーナちゃん!? どうしたの? どうして、そんなに機嫌が悪いの!?」と、やっぱりさらに怒りをあおるように、キオスがぱたぱたと下品な足音をたてついていく。
 自らそのくもの巣にかかりにいくようなことなどせず、見送っておけば、キオスの身も安全というものだろうに。
 本当に、お馬鹿王子。
 この頃には、ラファイエットも追いついてきていて、キオスと競うようにフィーナの後を追う。
 ぐいぐいと、互いに肘をつきだし、互いの進路を邪魔する。
 そうして、三人が中庭にさしかかった時だった。
 ちょうどそこにはりだすようにつくられたテラスがあり、それをフィーナは目に入れてしまった。
 目に入れてしまったものだから、立ち止まらずにはいられなかった。
 まるで、計算しつくされた精密機械のように、フィーナはぴたりと足をとめる。
 それに気づき、キオスとラファイエットも、慌てて急停止。
 すっと柱の陰に身をすべりこませ、フィーナはそこで、苦しそうに悲痛に顔をゆがめる。
 それに気づき、キオスとラファイエットも、つられるようにささっと柱の陰に姿を隠した。
 そして、怪訝にフィーナの顔をのぞきこむ。
「フィ、フィーナちゃん、どうし――」
 そこで、キオスの言葉は切られてしまった。
 キオスもまた、フィーナの視線の先にあるその光景に気づいてしまったから。
 ごくりとつばをのみこむ。
 いつもちゃらんぽらんなキオスにしては、やけに聡い。顔色が悪くなっている。
 柱の陰に隠れ、それをぎゅっと握り締めるように触れながら、フィーナは必死に涙を耐えるように、肩をふるふる震わせている。
 きらりと、目の端が陽光にきらめく。


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update:07/06/30