強い女性はお嫌い?
change〜とりかえっこ王子〜

 やわらかな午前の日差しが差し込むテラス。
 さすが、自然が売り、むしろそれだけしかないアルスティルで感じる陽光は、クロンウォールのそれとはくらべものにならないほど清々しくクレイを包み込む。
 所を変えただけで、こうも感じる思いが違ってくるとは、なんと人の心とは不思議なものだろうか。
 ……いや、そうではなく、ここが、この国が、フィーナが愛する国だから、そう感じるのだろうか?
 理由など、どうでもいい。
 クレイはただ、この国のこのやわらかな日差しが、いたく気に入ってしまったということだけは、本当だから。
 自然の光で手もとを照らし、クレイは一人、何やらもくもくと作業をしている。
 小さな穴に針金のようなものを必死に通そうとしたり、木槌でもって、トントンと力技に出たりと……。
 一体、何をしているというのだろうか。
 傍から見ると、なんだかとってもあやしい。あぶない。
 針の穴よりまだ小さい穴とにらめっこをしていたかと思うと、クレイはふと手をとめた。
 そして、それを、ぽいっとテーブルの上へ放り出し、両手をあげて、んーとのびをする。
 クレイが見つめるそこには、緑の田園が広がっている。
 さすが、アルスティルの城から見る風景は、他に類をみない美しいものがある。
 緑を押す、むしろ緑しか押さないだけの景色。
 あまりにもおだやかなその緑に、自然、クレイの頬の筋肉もゆるむ。
 見えるもの全てが、緑に染まっている。
 その時だった。
 カツンと靴が鳴る音がして、クレイは慌てて緑の景色から顔を戻し、テーブルの上に広げていたものをかき集めた。
 その上に、がばりと覆いかぶさる。
「キャ、キャロン王女、どうされたのですか?」
 そして、取り繕うように、へにゃりと不謹慎な笑みを浮かべる。
 キャロンはじっとクレイを見て、訝しげに首をかしげる。
「ええ……少し、キオス王子とお話をしたいと思いまして」
「話……ですか?」
 クレイは、覆いかぶさっていたそれを、ささっとさらにキャロンより遠いところへと移動させ、背に隠すように上体をすっと移動させる。
 その後は、へにゃっと、やっぱり不謹慎な笑み。
「キオス王子は、フィーナ王女と仲がよろしいのですね。――ですが……フィーナ王女は、クレイ王子とご婚約されていらっしゃるのですよ? それでは、あらぬ誤解を招きかねませんわ。やはり、お二人を許されたとはいえ、まだ……?」
 ずいっと身を乗り出し、キャロンはクレイに迫る。
 胸の前で握られた両手が、必死さを主張する。
 瞳はきらきら輝き、まっすぐにクレイを見つめている。
 クレイは多少気おされるように、そして困ったように苦く笑う。
 クレイには珍しいことに、瞬時に、答えるべき言葉、とるべき振る舞いが、思いつかなかった。
 キャロンは、クレイとキオスを取り違えているだけで、それは間違いではないから。
 たしかに、フィーナは、はじめはキオスと婚約するはずだった。
 それを、いくらキオスにはめられたとはいえ、クレイが横取るかたちになってしまった。
 あの時は、国と国の問題にもなりかねなく、少々もめた。けれど、それはクレイとフィーナが力をあわせれば、たわいなかった。
 また、普段ふざけているけれど、キオスがフィーナに一目ぼれしてしまったことも、そしてそれは、けっこう本気だということも、クレイは気づいてしまっている。
 フィーナに恋をしてから、キオスは、あまり、あくまであまりだけれど、女性のお尻を追いかけなくなった。
 むしろ、フィーナのお尻しか追いかけなくなったと言った方が、正解かもしれない?
 どちらにしろ、あのキオスが、ここまで執拗に一人の女性を追いかけるなど、これまではあり得なかった。
 その程度に、あのちゃらんぽらんもまた、本気なのだろう。
 けれど、フィーナの幸せを思い、同時に諦めてもいる。
 そのようなキオスの立場を自分と置き換えると、クレイは苦しくなる。だから、苦く笑うことしかクレイにはできない。
 キオスを哀れに思っても、クレイには、フィーナを手放す気など、ゆずる気など、さらさらない。
 それとこれとは、話は別。
 それに、そこでクレイが少しでも手をゆるめたり引いてしまったら、フィーナに対してもキオスに対しても失礼になる。
 だから、二人の思いにこたえるためにも、クレイは全力で戦う。全力でフィーナをつかまえている。
 精一杯戦うことこそが、二人への誠意となるとクレイは信じている。
 クレイには、フィーナと二人、幸せになる義務がある。
「わたしは、彼女が幸せならそれでいいのです。たとえわたし以外の男のものになろうと」
 ふっと微苦笑を浮かべ、クレイはぽつりとつぶやいた。
 それは、思わず、だったかもしれない。
 フィーナのことを、キオスのことを考えてしまったから、だから、思わず……。
 フィーナとともに幸せになりたいと思うと同時に、フィーナさえ幸せならそれでいいとも思っている。
 矛盾しているけれど、それがクレイの思い。
 妙に切なげに、クレイの瞳がゆらめいている。
「キオス王子……」
 じりっと、キャロンの足が一歩下がる。
 このような姿を見せられては、このような言葉を聞かされては、それ以上クレイへ迫ることはできなくなったのだろう。
「キャロン王女、あなたのためにも、キオスはやめておいた方がよろしいでしょう。キオスの心は、恐らく、ずっと、定まらぬまま、彷徨い続けるでしょう。これでは、あなたが傷つくだけです。そのようなあなたの姿、見たくはありません」
 クレイの思いの吐露のはずだったけれど、いつの間にかちょっとずれた方向へその言葉はすすんでいた。
 いつの間にかではなく、意図的にだけれど。本当は。
 仕方がないので、ついでに弟の望みでもきいてやろうかなどと、そのような情け心がクレイにでてしまった。
 それに、この面倒な事態をさっさと片づけて、クレイはフィーナと存分にいちゃつきたい。
 むしろ、それが九十九パーセントほどをしめている。
 そろそろ、この奇妙なとりかえっこも飽きてきた。というか、我慢の限界が近づいている。
 自分の意思でそうしているのと、勘違いされているのでは、大きく違う。
 キオスも含め、お邪魔虫はとっとと一掃したい。
 茶番劇も、この辺りがしまい時だろう。
 これが片づけば、キオスもクロンウォールへ帰っていくだろう。もとい、嫌がっても追い返す。
 これ以上、フィーナとの二人だけですごす時間を、邪魔されてなるものか。
 次第に、クレイの胸の内は、そのように黒いもので……欲望で支配されていく。
「あの……それは……?」
 キャロンが、不安げにクレイを見つめる。
「そういうことです。キオスは、諦めたとはいえ、まだフィーナ王女のことを……」
 すいっと視線をそらし、クレイはいかにも抱く思いに苦しんでいるといったように肩をふるわせる。
 自分ではどうにもできない思いだと主張するように、唇をかんでみせる。
 そのようなクレイを見て、キャロンはふるっと小さく首を横にふると、どこか諦めたように小さく笑みを浮かべた。
「やはり、そうですのね。見ていてわかりました」
「え……?」
 ゆっくりとキャロンへ視線を戻し、クレイは困惑したように見る。
 ふっと、キャロンの口元がゆるむ。
「ですが、わたくしは諦めませんわ。その傷心、わたくしが癒してさしあげます。ですから、覚悟しておいてくださいませ、ね?」
 キャロンはにっこり微笑み、ずいっとクレイへ迫る。
 どうやら、余計に、キャロンのやる気に火をつけてしまったらしい。
 せっかく温和に追い返そうと思っていたのに、これでは、クレイは一計を案じなければならなくなってくる。
 まったく、余計な仕事を増やしてくれる姫君である。
 けれど、そのような悪態はおくびにも出さず、クレイはあくまで優雅に振る舞う。
「あはは。あなたは、お強いのですね」
 ……というか、たちが悪いくらいにしつこいですね。いまいましい。
 そう、本当は言いたかったのだろうけれど。
「強い女性はお嫌いかしら?」
「いいえ。むしろ、好ましく思いますよ。わたしは」
 ……フィーナが。強いフィーナが。
 と、クレイは、胸の内でそう言葉をつけ足す。
 無駄に清々しい笑みを浮かべて。
「まあ、それはよかったですわ」
 両手を口元にあて、キャロンはうふふと嬉しそうに笑う。
 クレイは、ふっと、切なげに、けれど優しげに微笑む。
 その胸の内は、あえて触れずに。あっちへおいておいて。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:07/07/09