姫君の涙
change〜とりかえっこ王子〜

「フィ、フィーナちゃん? どうし――」
 キオスもまた、クレイとキャロンを目にしてしまった。
 ふるふる肩を震わせうつむくフィーナに気づき、キオスはその肩をそっと抱き寄せる。
 けれど、すぐさま、その手はフィーナによってばしっと叩き払われる。
 フィーナを思ってとった二心のない誠実な行動だとしても、普段の行いが悪いと、それすら拒否されてしまうらしい。
 汚らわしげな一瞥を、キオスはフィーナからいただいた。
「なんという不誠実な男なのでしょう。あなたという最良の女性を手に入れてなお、あのような不実なふるまい。やはり、あなたはあの男と結婚するべきではありません!」
 容赦なく手をはらわれたキオスを、「ざまあみろ」というようにちろりと見て、ラファイエットは憤ってみせる。
 そして、がばりと、フィーナの肩を乱暴に抱く。
 瞬間、やはり、その腕もべちんとたたかれ、フィーナに振り払われたけれど。
 嘲るように微笑をたたえていたラファイエットの顔が、すうっとくもっていく。
 どうやら、自分の腕は振り払われることはないとでも思っていたのだろう。
 なんと図々しい男だろうか。
 フィーナが、クレイ以外の男性の腕を、胸を、受け入れるわけがないというのに。
 その辺りは、まだまだフィーナのことをわかっていない。
 どこかしたり顔で、今度はキオスが、ラファイエットを「いしししっ」とせせら笑っている。
「お黙りなさい」
「え?」
 腕を叩き払うと同時に、フィーナは鋭い眼差しでラファイエットをにらみつけていた。
 それは、キオスに向ける眼差しよりもさらにとげがあり、そして侮蔑しているように見える。
「何人たりとも、わたくしのことをべき≠ネどと言って、決めつけることは許さないわ! もういい加減にして! どうしてみんな、邪魔をするの!? わたくしは、ただクレイさまと一緒にいたいだけなのに!」
「フィ、フィーナちゃ……っ」
 ふるんと首を一度大きくふると、フィーナはお腹の底から搾り出すように、苦しげにそう叫んだ。
 思わず、不安げに、おろおろとしたキオスの手がフィーナへのびる。
 けれど、それも当然のようにフィーナは拒否する。
「それに、ラファイエットさま。いかにあなたといえど、わたくしのクレイさまを愚弄することは許しませんわ! 今すぐクレイさまに謝ってください!」
 きっとラファイエットをにらみつけ、フィーナは瞳に涙をたたえ、訴える。
「……え? クレイ……? どうしてそこで、クレイ王子が出てくるのです……?」
 フィーナが叫んだその名に違和感を、疑問を抱いたようで、ラファイエットは難しい顔で眉間にしわを寄せる。
 ラファイエットはたしかに、アルスティルのフィーナ王女は、クロンウォールのキオス王子と婚約したと聞いている。いや、聞いていた。
 それは、昨日、フィーナ本人からすっぱり否定された。
 けれど、どうしてここで、クレイの名が出てくるのか……。
 それが、ラファイエットにはわからない。腑に落ちない。
 それではまるで、フィーナはクレイを愛しているといっているようなもので……。
 そもそも、ラファイエットは、クレイを愚弄した覚えなどない。キオスを責めてはいるけれど。
 瞬間、はっと何かに気づき、ラファイエットは怯えたように慌てて振り返る。
 すると、そこには、やけに殺気だったクレイが立っていた。
 そのすぐ後ろには、険しい顔をしたキャロンも立っている。
 どうやら、この騒ぎに気づき、やってきたのだろう。
 その二人――クレイを見て、キオスはあたふたと慌てはじめる。
 魔王が、魔王がやって来た、とでも言わんばかりに。
 フィーナを泣かしたと、キオスが魔王にいじめられると。
 しかし、フィーナは、ラファイエットの向こうにクレイの姿を見て、すうっと落ち着きを取り戻していく。
 ふうと、安堵したような小さな吐息が、フィーナの唇からもれた。
 クレイの姿を見た瞬間、フィーナのあふれそうだった涙は、ぴたりととまっていた。
「あなた、何をおっしゃっていますの? キオス王子は、わたくしと婚約しますのよ。フィーナ王女は、クレイ王子の婚約者ですのよ。どこに問題があるとおっしゃるの?」
 クレイの背からすっと出てきて、キャロンは両手を腰にあて、ふんとふんぞり返る。
 妙に馬鹿にしたようにラファイエットを見つめる。
「はあ? 君こそ、何を言っているのだい。フィーナ王女は、キオス王子と婚約する予定だっただけだろう。クロンウォール王がアルスティル王を脅して承諾させたのだろう。フィーナ王女はまだ、誰とも婚約はしていないはずだ」
 嘲るようにキャロンを見て、ラファイエットは言い捨てる。
 すると、キャロンの蔑むような視線が、またラファイエットへ注がれる。
「ですが、クロンウォールを訪れたフィーナ王女は、そこでクレイ王子と恋に落ち、婚約したと聞きましたわ」
「何だよ、それ。そのようなこと、僕は知らないよ!」
 ずいっと一歩のりだし、キャロンはふっと鼻で笑う。
 すると、それにかちんときたのか、いまいましげにキャロンをにらみつけながら、ラファイエットが一歩つめよる。
「あなたが知らないだけでしょう? とにかく、わたくしはキオス王子と結婚いたしますわ!」
 呆れたようにそう言うと、キャロンはくるりと振り返り、すぐ後ろにいるクレイの腕へ手をのばしていく。
 けれど、それは、さりげなさを装い、クレイにあっさり回避されてしまった。
 キャロンの顔が、怪訝にゆがむ。
 するとそこへ、どこから現れたのか、ヒューイがクレイに歩み寄り、すっと寄りそう。
 それから、耳打つ。
 どうやら、ずっとクレイの側近くに控えていて、現れるタイミングをはかっていたらしい。
 その主に似て、なんと人の気を逆撫でるような振る舞いをすることか。
 ヒューイの姿を見たと同時に、落ち着きを取り戻していたフィーナが、どこか不安そうに、けれど訝しそうに二人を見ていた。
「王子、例の調査結果ですが……」
「ああ、そう。ありがとう」
 ちくちくと痛むフィーナの視線を受けながらヒューイの耳打ちを聞くと、クレイは不気味ににやりと小さく笑った。
 そして、すっとキャロンへ視線を向け、妙に清々しくにっこり微笑む。
 どきんと、キャロンの胸が高鳴る。
 ……なんだか、正体不明の動悸に襲われて。
 けれどすぐに、クレイの顔は、困ったように、申し訳なさそうに微苦笑をたたえた。
 同時に、キャロンの胸の高鳴りも、不思議なくらい凪いだ。
 凪いだのではなく、胸が凍りついた、が正しいかもしれない。


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update:07/07/19