敵にすらならない
change〜とりかえっこ王子〜

「あの……キャロン王女。とにかく、これまでの誤解を解かせていただけませんか?」
「……え? 誤解?」
 その言葉に、意表をつかれたように、キャロンはきょとんとクレイを見つめる。
「そうです。そちらのラファイエット王子もそうですが、キャロン王女、あなたも……。ずっと解こうとしていたのですが、その……」
「キャロン王女が、聞く耳を持たなかったのですわ」
 腕組みをして、面白くなさそうにフィーナがつぶやく。
 けれど、キャロンの耳にはそれは入っていない。
 変わらず、どこか青ざめた顔で、不思議そうにクレイを見ている。
 フィーナのつぶやきを聞いてしまったキオスは、びくりと大きく体を震わせ、にへらと軟派な笑みを浮かべる。
 そして、キオスらしく、余計な一言を、ぽつり……。
「うわっ。フィーナちゃん、ご立腹ー」
「うるさいですわよ、そこのへっぽこ王子」
 瞬間、キオスは、言わずもがな、床に埋められていた。
 びちびちと、水から揚げられたばかりの魚のようにもだえ、あえぐキオスに、フィーナは容赦なくヒールの洗礼を与える。
 そのような二人をどこか困ったように見て、クレイがゆっくりとフィーナへ歩み寄る。
 そして、「そのようなものに触れては、穢れます。そのようなこと、たとえヒールといえど、我慢できません」とでも言うように、ふわりとフィーナを抱き上げ、キオスから引き離す。
「わたしは、キオスなどではありません」
「……へ?」
 妙に艶かしい視線を、キャロンとラファイエットへ注ぎ、クレイはきっぱりと言い切る。
 腕の中で、フィーナがくいっと首をかしげ、不思議そうにクレイを見つめている。
 けれど、どこかでは、これからクレイがとるであろう言動がわかっているのか、楽しげでもある。
 フィーナの場合、わかっていて、あえてわからないふりをしていると言った方が、正しいかもしれない。
「そして、わたしにはすでに婚約者がおりますので、あなたのお気持ちにおこたえできません」
 抱き上げるフィーナを、クレイはそのままぎゅっと抱きしめる。
 フィーナの顔に触れるように顔を寄せ、そこで問答無用の満面の笑みを浮かべる。
「え……? ど、どういうことですの……?」
 クレイの言っていることをいまいち理解できていないようで、キャロンは眉根を寄せる。
 今フィーナを抱く王子はキオスではなく、そして、その王子には婚約者がすでにいて、その婚約者はどうやらフィーナのようで……。
 短期間に与えられたその情報量には、いかにキャロンといえども、即座に整理し理解することはかなわない。
 そのようなキャロンに気づいたのか、クレイはさわやかに微笑み、とどめをさす。
 整理する時間すらおしい、もどかしいというように。
「わたしは、クロンウォール第一王子、クレイ・ジェファーソン・クロンウォール。そして、アルスティルの王女フィーナの婚約者です」
 その言葉が告げられた瞬間、フィーナは嬉しそうにふにゃりと顔をくずしていた。
 そして、自らの両腕も、クレイの首へと、背へと、からめていく。
 幸せそうに、フィーナの顔がクレイの首へうずめられる。
 くすくすくすと、楽しげにその華奢な肩が笑っている。――予想通り、と。
「ちょ、ちょっと待てー! この際、お前がクレイだろうがキオスだろうがどうでもいい!!」
 しかし、そのようなものを見せつけられて、聞かされて、納得できないのが、こちらの王子。
 呆然と肩を落とすキャロンを押しのけるように身をのりだし、人差し指をクレイにびしっとつきつけ、ラファイエットは怒鳴る。
「キオスなどと一緒にされるとは、この上なく不愉快ですね」
「ひどい、お兄様……」
 不満げにぽつりとつぶやいたクレイに、キオスはぐすんとすねる。
 そして、のっそりと起き上がり、ぽてぽてとクレイへ歩み寄る。
 けれど、人一人分の距離を置いて、キオスはクレイに防壁を作られてしまった。
 これ以上近寄るな、馬鹿がうつると言わんばかりに。
 それでさらに、キオスがうっとうしくぐずぐずすねる。
「とにかく、わたしの敵はお前だということに変わりないということだな!」
 ある意味、聞くも涙語るも涙の麗しい兄弟愛を展開するクレイとキオスなどにかまうことなく、ラファイエットは怒りのままに叫ぶ。
「とんでもない」
 ふと、今ようやくその存在に気づいたかのように、クレイはふわりとラファイエットに微笑みかける。
「あなたは、わたしの敵にすらなりません」
 そして、その一言によって、ラファイエットをあっさり一蹴する。
 クレイは、憎らしいくらにさわやな微笑みをたたえている。
 そのクレイを見て、ラファイエットは思わず絶句した。えも言われぬ恐怖を、不気味なものを感じ取ってしまい。
 すると、クレイの首にうずめていた顔をすっとあげてきて、フィーナもにっこりとラファイエットに微笑みかける。
「その通りですわ。ごめんなさい、ラファイエット王子。わたくし、クレイさま……この方しか、考えられませんの。あり得ませんの。他の方では、物足りませんもの」
 そのように、無慈悲な言葉を大盤振る舞いしつつ。
 そして、ころころと愉しげに笑い出す。
「そのように言っておりますのに、本当に、世のご子息さまときたら……」
 ふと笑いをやめたかと思うと、妙に哀愁めいて、困ったように吐息をひとつもらした。
 それから、ちらりとラファイエットを見て、フィーナはにっこり微笑む。
「フィーナ、それは、その……わたしの胸もちょっと痛むから……」
 さすがに、あまりにも無慈悲なフィーナのその振る舞いに、クレイもどことなく同情を禁じえなくなってしまったらしい。
 わかっていたことだけれど、本当に、この姫君は鬼畜なのだから。容赦がないのだから。
 まあ、フィーナにそのように言われると、クレイも男冥利につきるところだけれど。嬉しくてたまらない。
「あら、ごめんなさい? だって、ファセランさまといい、あまりにも多くて」
 頬に手をあて、フィーナは困ったように大きくため息をもらす。
「ま、まあ、そうだけれど……」
「え!? ファ、ファセランとは、まさか……!?」
 歯切れ悪くつぶやくクレイの言葉を遮るように、ラファイエットが叫んだ。
 瞬時に顔色を失ったラファイエットに気づき、フィーナは愉快そうににっこり微笑む。確信めいて。
「ええ、あのバーチェスのファセラン王子ですわ。わたくしに求婚していた方の一人です」


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update:07/07/29