蜜味の不幸
change〜とりかえっこ王子〜

「きゅ、求婚!? 一人……!?」
 ぎょっと目を見開き、ラファイエットは額に大量の冷や汗を浮かべる。
 そのことをはじめて知ったとでも言うかのよう。――事実、今はじめて知ったのだろう。
 ラファイエットの様子を見て、フィーナはさらに楽しそうに語っていく。
「クレイさまと婚約した今でも、ファセランさまにはよくしていただいておりますわ。だって、わたくしたち、仲良しなのですもの」
「って、ちょっと待って、フィーナ。それは、わたしも初耳だよっ」
 フィーナのその言葉を聞いて慌てたのは、ラファイエットではなくクレイだった。
 さあと顔色を失い、衝撃を受けたようにフィーナを見つめる。
「あら、そうだったかしら?」
 けれど、そのようなクレイですらも楽しんでしまうのが、フィーナ。
 にっこりと微笑み、けろりと言い放つ。
 同時に、クレイの肩ががっくり落ちた。
 さすがにクレイでも、この意気消沈っぷりでは抱き続けることはかなわないようで、その場にフィーナをすっとおろした。
 それでも、フィーナを抱き寄せることだけはやめない。
 背から、フィーナをぎゅうっと抱きしめる。
 しかし、フィーナは変わらずころころ笑いながら、何事もなかったように続ける。
「それに、ファセランさまの他にも……。まだ言った方がよろしいかしら? たとえば……」
「いい。もう、いいです!」
 戦慄がはしったように、ラファイエットが言い放った。
 その顔からは、完全に色が失われている。
 知らない方が幸せだったことを聞いてしまった、というような顔をしている。
 どうやら、その事実は、ラファイエットにとってはとてつもなく恐ろしいものだったらしい。
 化け物にでもであったかのようなその顔が、そう如実に語っている。
「まあ、残念」
 そのようなラファイエットを見てさらに興を覚えるのが、この姫君だけれど。
 クレイの腕の中でころころ笑う、悪魔のようなこの王女、フィーナ。
 楽しむフィーナに少々あきれつつも、クレイもにっこり微笑み、ラファイエットへ向き直る。
「それはそうと、ラファイエット殿。さる東の大国の第二王女ですが、……大丈夫ですか?」
 クレイのその問いかけと同時に、ラファイエットはこれまでにないほど激しく、あからさまに動揺する。
 がくんと、膝が折れた。
「な……っ。だ、大丈夫とは、何がですか?」
 フラファイエットはのたのたと体勢を整えながら、どうにか平静をつくろってみせる。
 しかし、だらだらと、額からは大量の冷や汗が流れている。
 無意識のうちに、手を額にやり、袖でその汗をぬぐおうとする。
 けれど、その袖は役に立っていない。量があまりにも多すぎて。
 ラファイエットはとぼけて見せようとするけれど、さっぱり無理。
 とぼけようとすればするほど、ぼろぼろになっていく。
 フィーナの顔が怪訝にゆがむ。すうっと目がすわっていく。まるでラファイエットを軽蔑するかのように。
 クレイは、ラファイエットからすっと視線をそらし、どこか言いにくそうに口ごもる。
 しかし、その口の端は、わずかに意地悪く微笑んでもいる。
「……いえ、わたしの口からは、これ以上はとてもとても……。あなたの名誉のためにも」
 そして、もったいぶるようにそう言うとすぐに、またラファイエットへ視線を戻し、憎らしいくらいさわやかに微笑む。
 瞬間、ラファイエットの顔から、さあと血の気がひいていく。
 この男は、知っている。間違いなく知っている。あのことを、あの知られてはいけないことを……っ。
 なんということだろう!
 ……と、おろおろと忙しなく動くラファイエットのその目がいっている。
 これでは、ばれないわけがない。いろいろと。
「ははは……。わ、わたしには、何のことだか……? そ、それでは、わたしは失礼しますね!」
 取り繕うことはもう無理だと悟ったのか、ラファイエットはそう言い放つとぐるんと身を翻し、だだだだだーと勢いよく回廊の向こうへと走り去っていく。
 途中何度も、壁やら柱やらに、べたんべちんとぶつかりながら。よろよろと。
 その姿を、フィーナは汚らわしそうに、クレイは憎らしげに見送っている。
 どうやら、キオスにも身に覚えがあるのか、奇跡に近い確率で、クレイが言おうとしていたことがわかったようで、楽しげににたにた笑っている。
 無様にしっぽを巻いて逃げ帰っていったその王子を嘲笑うように。
 他人の不幸は、蜜の味らしい。最高に甘いらしい。
 ひとつ間違えば、キオスもまた同じ運命をたどっていたかもしれないということには、やはりちゃらんぽらんらしく気づいていないようだけれど。
 キャロンはただ一人、呆然とその光景を眺めていた。
 いきなり知らされた複数の事実にもそうだけれど、何よりも、今目の前にいるこのたちが悪い王子王女たちを見て、あっけにとられているらしい。
 だって、キャロンも気づいてしまったから。これまでのことがほぼ読めてしまったから。
 どうやらクレイは、ラファイエットの弱みになるようなことを、ヒューイに探らせていたらしい。
 そして、短時間でそれをつかんでくるとは、その主だけでなく側近までも、たちが悪……やり手らしい。
 ある意味、うらやましい限りのその手腕。
 一体、どのような情報を、弱みを、入手したのか……?
 それは、恐らく、永遠に、フィーナに伝えられることはないだろう。クレイの口からは。
 けれど、情報収集力に長けたフィーナのこと、いつかどこかで、いや、そう遠くはない未来に、噂となって広がったそれによって、ラファイエットのあのうろたえようの理由がわかる時がやってくるかもしれない。
 さる西の大国の王に嫁ぐことになっているさる東の大国の第二王女に、横恋慕……手を出したなどという、そのような大醜聞(スキャンダラス)なことが。
 そして、それだけではなく、たたけば、もっともっと、埃がたっぷりでてくるようなことが……。
 どうやら、キオス以上に困った王子様だったらしい。そういう意味で。
 本当に、クレイは侮れない。敵にまわしては恐ろしい。
 どのような、弱みを、知られては困るようなことを入手し、そして、それをネタに脅されるとも知れない。
 フィーナにたかる悪い虫は、どのような雑魚であろうと容赦なく駆除する。
 恐らく、今頃は、キオスは改めて、クレイが兄でよかったと、とりあえず血をわけた弟でよかったと、思っているだろう。
 クレイを敵にまわしては、何をさしおいてもいけない。駄目。


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update:07/08/08