ゆるぎない思い
change〜とりかえっこ王子〜

「それで、キャロン王女。あなたは……」
 唖然としつつもどことなく得心顔のキャロンを、フィーナがうかがうように見つめる。
 その顔は、たったひとつの言葉しか言うことを許さないと、暗に語っているから恐ろしい。
 そのように有無を言わせぬ威圧的な目で見つめられると、キャロンとてそれ以上あらがおうという気は起こらない。
 ……いや、もしかすると、すべてを悟ってしまったあの時に、それはもう諦めて、覚悟していたのかもしれない。
 すべては、こうなると、どこかでキャロンはわかっていた。
「……よろしいですわ、それ以上おっしゃらなくても。みなまで言うな、ですわ」
 ふうっと大きなため息をもらしながら、キャロンは投げやりに言い放つ。
「そう、賢明な方でよかったわ」
 それまでの射殺さんばかりに見つめていたフィーナの目が、ふわりとやわらかさを取り戻す。
 むしろ、腹立たしいくらいに優雅に微笑んでいる。
 キャロンは思わず、思考をどこか遠くへ飛ばしたくなってしまった。
 ある事実に気づいてしまったから。
「あなた方の敵にはなりたくありませんからね」
 ――そう、それ。その事実。
 敵にまわし困ることになるのは、間違いなくキャロンだろう。
「助かるわ」
 にっこりと、やはりどこか黒いものを感じる笑みを、フィーナは浮かべる。
 キャロンは、くらりとよろめきそうになってしまった。めまいすら覚える。
 ――嗚呼、どうやら、思っていた以上に、このアルスティルのフィーナという王女は……。
 キャロンはそう確信してしまった。
「それに、なんとなく気づいておりました。あなた方お二人が、仲睦まじそうに会話をされているところを見てしまった時に。そして、先ほど、キオ――クレイ王子のお話をお聞きして」
 キャロンはもう一度大きくため息をつき、大仰に肩をすくめる。
 そして、困ったような笑みを、フィーナとクレイへ交互に向ける。
 あそこまでクレイに思われている女性に、キャロンは太刀打ちできない。戦う術は持ち合わせていない。
 あの時、「強い女性はお嫌いかしら?」とクレイを試したあの後、クレイは「わたしには、フィーナ以外考えられないのですよ。愛しているのです。この身を捧げ」などと、そのような鳥肌が立つほどくさい、気障な台詞を聞かされては、のろけられては、キャロンはもう怒りを通りこして、呆れの境地に至ってしまった。
 救いようがないほど、クレイはフィーナにおぼれている。
 あの時に、キャロンは確信してしまったのかもしれない。
 どのような素晴らしい女性が現れ愛を語ろうとも、クレイの目には、決してフィーナ以外は映らないと。
 その思いは、ゆるぎないと。
 そのような男性を追いかけたって、ただキャロンが苦しくなるだけ。辛いだけ。馬鹿を見るだけ。
 それに、もともと、政略結婚でキャロンも本気ではなかった。
 とりあえず、かたちだけでも、そう≠セと振る舞っていたにすぎない。
 そう思うと、案外あっさりと割り切れてしまうものらしい。
「まあ、あれがキオス王子というのならば、このお話はもちろんなかったことにさせていただきますわ。クロンウォールの経済力は魅力的ですけれど、あれじゃあ……」
 いまだ、ラファイエットが去っていった方向を見て、両手を腰にあて、わはははと得意げに馬鹿笑いをするキオスへちらりと視線を流し、キャロンは盛大にため息をもらす。
 そして、がくりと肩を落とす。
「本当、聡明な女性ですわね」
 そのようなキャロンに気づき、フィーナは無慈悲ににっこり微笑む。
 本当に、心から、そう思っているらしい。
 あの三国一のちゃらんぽらん王子でもいいなんて言うそんなお馬鹿さんな姫ならば、未来の義妹として容赦なく教育……調教するところだろう。
「わたくしが聡明なのではなく、その……あれが……」
 はあと、キャロンの口からまた大きなため息がもれる。
 どうやら、相当、キオスには呆れているらしい。呆れを通りこして、もうどうでもいい、相手にもしたくないといったようにも見えないこともないけれど。
 それにしても、この短期間で、あまり接点もなかったはずだろうに、そこまでキオスのことを理解できてしまっているなど、もしかするとキャロンは、本当に聡い王女なのかもしれない。
 ――いや、キオスのちゃらんぽらんぶりをもってすれば、誰でもひと目見ただけでわかってしまうか……?
「ええ、重々承知しておりましてよ」
 しかし、フィーナはそれを否定するでもなく、むしろ思い切り肯定してしまった。
 未来の義弟になるその王子をかばうことなく、さらに貶めるとは……。
 さすがは、フィーナ。
 フィーナを抱き寄せながら、クレイは感嘆し、小さくぱちぱちと手をたたいている。
「それはそうと、その……後のことは……」
 ちらりとフィーナに視線を向け、キャロンは何やら物言いたげに見つめる。
 すると、フィーナはまたにっこり微笑み、こくんとうなずいた。
「もちろん、わたくしたちにまかせておいてちょうだい。あなたほどの聡い王女、あのようなものの犠牲にするには惜しすぎますもの」
「助かります。よろしくお願いします」
 フィーナの言葉を聞き、キャロンは安堵したように胸をなでおろすと、ぺこりと頭を下げた。
 このままキオスとの縁談を断っては、国際問題に発展すると思ったのだろう。
 だから、それを上手い具合に誤魔化してくれと、そうフィーナに頼んだ。
 すると、フィーナは快く引き受けたので、これでひとまずは安心だろう。
 たとえ国際問題に発展しようとも、あのような王子とは、キャロンだって絶対に結婚したくない。
 また、フィーナが気前よくうなずいたのは、クレイを諦めたのならば、もうキャロンを敵視する必要はなくなったので、恩を売るつもりでそうしたのだろう。
 なんと計算高い王女なことか。
 まあ、そこがやっぱり、クレイにはたまらない魅力になるのだろうけれど。
 ……本当、クレイは変わった趣味をしている。
「それでは、わたくしはこれで……。お騒がせいたしました」
 もう一度優雅に礼をとり、キャロンはにっこり笑ってみせる。
 すると、ふと何かに気づいたのか、フィーナが慌ててキャロンを呼びとめた。
「あ、ちょっとお待ちになって。気になっていたのですけれど、ラファイエット王子もそうでしたように、キャロン王女は、どうしてクレイさまとキオス王子を取り違えていらしたのかしら? それに、クレイさまとわたくしのことは、どこから……?」
 フィーナは不思議そうにくいっと首をかしげ、キャロンをじっと見つめる。
 その辺りのいきさつは、まだよく知られてはいないはず。
 むしろ、ラファイエットがそうであったように、フィーナはキオスと婚約したと思われているのが普通だろう。
 はじめは、本当に、キオスと婚約させられる予定で、フィーナはクロンウォールを訪ねたのだから。
 周辺の国々ならばそのような間違いもないだろうけれど、ギャガほど遠い国ならば、ようやくフィーナとキオスが婚約するかもしれない、という噂程度しか伝わっていないだろうに。
 思いがけない問いだったのか、キャロンはきょとんとフィーナを見つめる。
 そして、不思議そうに口をひらく。
「え? だって、エメラブルーの王子が言っておりましたもの」
「……あんのたぬき野郎ーっ!!」
 瞬間、フィーナとクレイが口をそろえて、そう叫んでいた。
 またその腹立たしい名がでてきたのかと。
 そして、それは、妙に二人には納得できてしまったのだろう。
 憤る二人に、キャロンはあんぐりと口をあけ、目を真丸くしている。
 これまで気品に満ちた、悠々としていた二人とは、似ても似つかないその姿に。
 どうやら、キャロンはまだまだ、この二人を理解できていなかったらしい。
 キオスは相変わらず、一人、もう見えなくなったラファイエットを嘲笑っている。
 むしろ、お前が嘲笑われろと言いたくなるような、その間抜けな姿。
 だから、いつまでたっても、キオスはちゃらんぽらんのまま。
 そして、クロンウォール王ではないけれど、嫁のきても……皆無。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:07/08/17