二人の真実
change〜とりかえっこ王子〜

 夕暮れ時。
 ここのところ慌しかったそれが、平穏を取り戻しつつある。
 おだやかに時間が流れている。
 お邪魔虫のキャロンとラファイエットは帰って行ったし、そしてキオスも追い返した。
 クレイがにっこり微笑み、一言ぼそりと耳元でつぶやいただけで、キオスはあっさり脱兎の如く帰ってくれた。
 なんと素晴らしいことだろう。
 兄の一声は鶴の一声にも匹敵する。
 これで、お邪魔虫は一匹もいなくなった。
 それが、つい先ほどのこと。
 その後、フィーナに誘われるまま、クレイは、辺りの緑の風景を見渡せる、この城でいちばん高い塔へとやってきた。
 少し冷たくなった風が、フィーナとクレイの頬をなでていく。
 これは、まるであの時のよう。
 二人はじめて出会い、そしてともにのぼった、クロンウォールでのクレイいちばんのお気に入りの場所で語り合った時のよう。
 すぐ昔のことなのに、もうずっとずっと遠い昔のように思える。懐かしい。
 それくらい、この数ヶ月で、フィーナとクレイの距離は縮まったということだろうか?
 ともにいることが当たり前となったということだろうか?
 縮まったどころではなく、二人の心はもうぴったりとくっついて、はなれることを知らないよう。
 西の山の向こうに、真っ赤に燃える太陽が沈もうとしている。
 茜色の光を注がれ、クレイの前に立つフィーナもまた赤く燃えている。
 赤く染まった緑の田園を、愛しそうに眺めている。
 その姿は、クレイの目には、妙に艶かしく、そして愛しく映る。
「なんだか慌しい一日でしたわね。せっかくの花祭りが台無しですわ」
 ゆっくりとクレイへ振り返り、フィーナはぷうと頬をふくらませすねてみせる。
 けれど、その目はあまえるようにクレイを見つめている。
「……え? 今日が花祭りだったの?」
「ええ、そうですわ。あら? 嫌だわ。あのお邪魔虫さんたちのおかげで、お教えすることをすっかり忘れていましたわ。わたくしとしたことが……」
 ぱっと口元に手を当て、フィーナはそのような自らに驚いたように目を見開く。
 その姿が、クレイの目にはかわいらしくも愛しく映ってしまう。
「ああ、でも、ちょうどいいかな」
 ふわりと優しげに目を細め、クレイはぽつりとつぶやく。
 それから、がさごそと、何やら自分の懐の辺りをさぐりはじめる。
 フィーナは首をかしげ、不思議そうにクレイを見つめる。
 クレイは、一体何をしたいのだろうか?と。
「フィーナ、あなたにこれを……」
 しゃらりと涼やかな音を鳴らせ、クレイの懐から、赤い光に照らされて輝く石がでてきた。
 それには、細い鎖がつけられている。
 フィーナの瞳と同じ色をした、花のかたちに細工された石。
 それは、数日前、フィーナが語っていた、花祭りの恋人たちを幸せにするあの首飾りのよう。
 ……事実、そうだろう。そうでないはずがない。
「え? クレイさま……?」
 首へとその首飾りをかけながら、クレイは愛しそうにフィーナを見つめる。
「受け取っていただけますか?」
 ……首にかけながらそのようなことを聞いても、まったく様にならない。フィーナの意思をうかがっていることにはならない。
 むしろ、これでは、フィーナはいらないなどと言えないではないか。
 ――もとから、フィーナには言うつもりなどないけれど。
 クレイが嫌だって言っても、この首飾り、フィーナ以外のものになることなんて許さない。
「……はい」
 ぽっと頬を赤く染め、フィーナは恥らうようにクレイを見つめる。
 そして、クレイの招きに応じるように、ゆっくりとその胸へ頬を寄せていく。
 普段は緑に満ちた、けれど今は赤い赤い景色の中、二人のシルエットが重なる。
 求めるように、互いに互いを、その両腕いっぱいで包み込む。
「それにしても、焦ったよ。これを作っている時、キャロン王女がやって来て、誤魔化すのが大変だったよ。――だって、フィーナのために作っているものを、他の者に見られるのなんて、なんだか照れてしまうからね。それに、フィーナだけにしか見せたくない」
「それじゃあ、クレイさまは、あの時は……」
 恥ずかしそうにくしゃりと顔を崩すクレイに、フィーナは得心したようにぽつりとつぶやく。
 わかってしまえば、どうということはない。つまりは、そういうことだったのだろう。
 クレイとキャロン、ともにテラスにいたのは、つまりは――。
 クレイがフィーナに抱く思いを、ただ隠したかっただけ。
 だって、クレイは、最初から最後まで、フィーナのことしか考えていないのだから。
 まあ、そのようなことは、今さらなのだけれど。
 この夕焼けのためか、赤く見えるクレイの顔を、フィーナはじっと見つめる。
 クレイは、ん?と首をかしげ、やはり優しげにフィーナに微笑みかける。
 その仕草が、フィーナはとってもくすぐったく感じてしまう。
 同時に、あふれんばかりの幸福感に、胸が満たされていく。
 ――フィーナがそうであるように、クレイもまたフィーナだけのもの。
 そう確信する。
「いいえ、何でもありません。嬉しいわ、クレイさま」
 フィーナはゆっくりと、クレイの顔へ自らのそれを寄せていく。
 それにこたえるように、クレイもフィーナに顔を寄せていき、重なり合う。
 それは、緑豊かな小国で、茜色に染まる空の下、花の女神の加護をうけた恋人たちの姿。
 言い伝えは真実となる――。


 そうして、緑豊かな小国アルスティルの王女と、商業大国クロンウォールの王子は、あらためて、互いに抱くそのあふれる思いを確かめ合う。
 これ以上、心満たしてくれる相手は、幸福をくれる相手は、この人以外にはいない。
 永遠に、仲睦まじく、幸福な二人。
 緑の田園が、緑の城が、優しい赤に包まれるそこで、求めるように口づけをかわす。
 どれほど騒動が巻き起ころうと、最後に笑うのは、この二人以外にいないだろう。
 だって二人は、この世でもっともたちが悪い、最強の二人だから。
 花の女神の加護を受けた二人だから。
 これは、彼らにとっては、やっぱり幸せな恋物語――。


chapter3 おわり

* BACK *
* TOP * HOME *
update:07/08/26