特技は暗殺技
change〜とりかえっこ王子〜

 王宮の庭を見渡すことができるバルコニー。
 そこに、日よけをおき、お茶の席を簡易に設けさせた。
 ローシャルがポーリアに留学するまでは、しばしばそうして姉弟水入らずのお茶の時間を楽しんでいたので、この王宮に仕える者たちも、そう時間を要さないうちにこの場をしつらえることができた。
 それは存分に、フィーナと一緒にいるためなら手段を選ばないというローシャルの教育のたまものだろう。
 そう、にこにこ笑って、実に容赦なく、思うままに城の者たちを動かしている。
 その手腕は、一年半の空白期間があろうと、衰えることはない。
 もしかしなくても、間違いなく、この国の王よりも、城の者たちをうまく使えるだろう。
「別にねー、いいのだけれどねー。たださあ、察して欲しいよね? 一年半ぶりの姉弟の再会だというのにさ。何というの? 無神経? 図々しい? 甲斐性なし?」
 面白くなさそうに目をすわらせるローシャルが、ぼそりとそうつぶやいた。
 テーブルの上にひじをのせ、そのまた上に顔をぼすんとのせて。
 目は、いまいましげに、目の前に座るクレイをにらみつけている。
 クレイの横には、優雅に微笑をたたえるフィーナが座っているから、ローシャルは余計に面白くない。
 フィーナに触れていい男は、寄り添っていい男は、ローシャルだけなのに。
「あーあ。僕、フィーナと二人きりでお茶をしたかったのになあ」
 そして、クレイにあてつけるように大きくため息をつく。
 発する声には、もちろん、たっぷりと不満の色をのせている。
 すると、にこにこ微笑みながらお茶を飲んでいたフィーナが、ことりとカップを置いた。
 じっとローシャルを見つめる。
「ローシャル、わがままは駄目よ。今は、クレイさまもご一緒にお茶をしなければ。はじめてお会いしたのですもの、そのごあいさつもかねてね。異国からの客人はもてなさなければ。二人きりは、またあらためて。……ね?」
 フィーナは言い聞かせるようにそう言うと、ふわりとやわらかな笑みを浮かべる。――発した言葉に、多少ひっかかるところがあっても気にしてはいけない。
 ローシャルは頬をほんのり赤らめ、さっと顔をそらした。
 そして、ぽつりとつぶやく。
「フィーナ。……うん」
 ローシャルはしゅんと肩を落として、それまでのふてぶてしい態度が嘘のように、体を小さくまるめる。
 すっとのびたフィーナの手が、ローシャルの手にそっと触れる。
「うふふ。ローシャルったら、本当にかわいいわ」
 びくんとローシャルの体が震え、がばりとフィーナへ顔を戻す。
 ぶうと、すねたように頬をふくらませ、口をとがらせる。
「フィーナ、男がかわいいと言われても、全然嬉しくないよ」
「でも、ローシャルはかわいいもの」
 フィーナは頬に触れる手をするりとずらし、そのままつんとローシャルのおでこをつつく。
「もう、フィーナは〜……」
 口をとがらせつつも嬉しそうに顔をほころばせ、ローシャルはフィーナの手ごとそっと額に触れた。
 それから、えへへと肩をすくめて笑ってみせる。
 フィーナはますます愛しそうにローシャルを見つめる。
 そうして、すっかりクレイを無視した、姉弟の甘い時間を楽しんでいたその時、ローシャルの至福の時が早々に打ち砕かれることになった。
 だってフィーナは、そのまま手を引き戻し、にっこりとクレイに微笑みかけたから。
 その手が、そっとクレイの腕に触れる。
「そういえば、クレイさま、先ほどは驚かせてしまったようで、ごめんなさい」
「……え?」
 眉尻をさげ申し訳なさそうに見つめるフィーナに、クレイは少しだけ目を見開き、ちょっぴり驚いたような顔をする。
 クレイは、この場では、ローシャルに対抗することをあきらめていたようで、好きなだけ姉との再会を楽しませていた。
 けれどそれでもやっぱり、クレイの目の届かないところでそれをされるととっても腹が立つので、このお茶に同席することだけは譲れなかった。
 クレイの知らないところで、実の姉に対して破廉恥な振る舞いをされるより、目の前でのろけられる方がいくらもまし。
 いざとなれば、フィーナの弟でもかまわない、力ずくでとめることもできる。
 フィーナに男≠ニして触れていいのは、クレイだけ。それ以外は、容赦なく排除する。
 そう判断し、クレイは大人しくそこに座っていた。
「ナイフ、驚かれたでしょう?」
 ふわりと、フィーナの手がクレイの腕からすっと移動して、その肩に触れる。
 少しだけ上体を寄せ、フィーナの顔がクレイの顔に近づく。
 心配そうに、その目がクレイを見つめている。
 瞬間、クレイの意識が飛びそうになった。
 そんなにかわいらしい顔でクレイを見つめられると、もうぐらぐらにぐらつく。……理性が。
 しかし、この場には、間違いなくフィーナを偏愛するローシャルがいるので、クレイもそう簡単に理性を吹き飛ばすわけにはいかない。
「え? ああ、うん。そうだね。何というか、見事なコントロールだったね。コントロールだけではなく、その……速さも」
 にっこりと笑って、クレイはそう答える。
 頬が少しひきつっている辺りは、ご愛嬌ということにしておこう。
 本当に、あれは並みの腕ではなかった。
 クレイの顔からそれすぎず、けれどかすりもしないぎりぎりのところを狙って、より効果的に恐怖を与えられるよう、あのナイフは放たれていた。
 クレイだって、剣の腕にはそれなりに自信があるので、その辺りのことはだいたいわかるだろう。
 何というか、あの腕は、王子がたしなみで体得した程度ではすまされない。
 そう、言うなれば……。
「うふふ。当たり前ですわ。ローシャルですもの」
「へ?」
 両手を合わせ楽しそうに笑うフィーナに、クレイは思わずきょとんと首をかしげる。
 すると、フィーナはにっこり笑って、けろりと言い放った。
「ローシャルは、武器の扱いが得意ですのよ。毒矢、毒針、毒薬、いろいろできますけれど、その中でもナイフがいちばん得意ですの。もちろん、そのナイフには毒をぬってあります」
 その言葉を聞いた瞬間、クレイはぐっと息をのんだ。
 しかしすぐに気を取り直し、ぽつりとはき捨てるようにつぶやく。
「どうしてそんな暗殺技ばかり……」
「んー、ローシャルだから?」
 脱力したクレイに、フィーナはさわやかに微笑んだ。
 やっぱり、そんなことをさらりと言いながら。
 瞬間、クレイの肩ががっくり落ちた。
 くらりと、クレイの目の前が揺れたような気がした。
 何というか、その……あまりにも、このアルスティルの王女王子らしくて。
 武器というよりは毒が得意な王子と、それを疑問にも思わず、むしろ楽しげに語る王女が、いろんな意味で恐ろしい。
 しかも、その王子の標的に、クレイはどうやらされているようで……?
 その理由にも、うすうすじゃなく、思いっきりクレイは気づけてしまっている。
 フィーナを見つめる時とは一八○度違う、常にいまいましげにクレイをにらみつけるローシャルの目が、明白にそれを告げている。
 本当に、いろいろな意味で、クレイはくらくらする。


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update:08/03/24