麗しの毒王子
change〜とりかえっこ王子〜

「それにしても、嬉しいわ。ローシャルが帰ってきてくれて」
 両手でカップを持ち上げ、フィーナは首を少しだけかしげてローシャルを見つめる。
 すると、ローシャルの頬がぽっと赤くなった。
 ローシャルは、汚らわしそうににらみつけるクレイから、さっと目をそらす。
 上目遣いに、ちろっとフィーナを見る。
「だって、手紙が来たから」
「まあ、それじゃあ、それにあわせて?」
 驚いたように少しだけ目を丸くするフィーナに、ローシャルはこくりとうなずく。
 恥ずかしさを誤魔化すように、お茶をくいっと口に含む。
 口の中にほんのりと、フィーナが好きそうな甘い香りが広がる。
 やっぱり、お土産にこの茶葉を選んで正解だったと、ローシャルはあらためて自らの仕事を褒めたたえる。
「フィーナ、手紙って?」
 心なしかローシャルのクレイを見る目つきがやわらいだことをいいことに、クレイは申し訳程度にちょっぴりだけフィーナにすっと体を寄せる。
 フィーナは目をぱちくりとして、クレイを見る。
 ほわりと、ほんの少しだけフィーナの頬がゆるむ。
 カップに触れ、テーブルの上においているクレイの手に、フィーナはそっと手を寄せた。
「わたくし、クレイさまと婚約したことを、手紙でローシャルに伝えましたのよ。そうしたら、早速」
 フィーナは嬉しそうににっこり微笑む。
 果たして、ローシャルがすぐに帰国したことにか、それともさりげなくクレイの手に手を触れさせたことにか、どちらに微笑を浮かべたのだろうか。
「そうだったのだね」
「ええ」
 しかし、フィーナが嬉しそうに微笑んでいるので、微笑の理由はそっちのけで、クレイもそれにあわせにっこり微笑んでみせる。
 するとやっぱり、フィーナは嬉しそうにさらに顔をほころばせる。
 カップに口をつけながら、ローシャルはそんなフィーナにうっとりと見とれていた。
 もちろん、隣に座るクレイの存在など、もとより眼中にない。閉め出す。
 ――いつ見ても、フィーナはきらきらして、かわいらしい。
 この穢れなきフィーナを、やっぱり他の男になんてくれてやれない。
 いつまでも、フィーナはローシャルのフィーナ、姉さまでいてくれなければ駄目。
 本当に、フィーナはどうして、こんなにローシャルの理想通りの女性なのだろうか。
 理想の女性なのに、血がつながっているということが、ローシャルには悔やまれてならない。どんなに憎いことか。
 見つめるローシャルに、フィーナはそれこそ穢れない無垢な微笑みを向ける。
「あ、そうだわ。せっかく帰ってきてくれたのだから、これも言っておかなければね。あのね、ローシャル、わたくしたちの婚礼、半年後に決まりましたの」
 幸せそうにうっとりと、フィーナは語った。
 瞬間、ローシャルの中に衝撃がはしった。
 どんがらがっしゃーんと、雷が落ちる。
 ローシャルはばんとテーブルをたたきつけ、椅子を蹴倒し立ち上がる。
 もげるかと思うほど、上体をフィーナへ迫らせる。
 ローシャルの顔には、もはや色はない。
 責めるようにフィーナを見つめる。
「ちょっと待ってよ、フィーナ! 僕、そんなこと聞いていないよ!」
「ええ、だって、一昨日決まったことですもの」
 にっこり笑い、フィーナは容赦なくけろりと言い放った。
 それから、楽しそうにくすくす笑い出す。
 ローシャルは、次の言葉を失い、ぎりっと唇をかみしめる。
 それから、何を思ったのか、その眼差しだけで殺めかねないほどの憎しみをこめて、クレイをぎろりとにらみつける。
 ぎらりと、妖しくその目が光る。
 同時に、懐からぎらんと鈍く光るものを取り出し、目にもとまらぬ速さで、それをクレイののどもとにつきつけていた。
 それは、手からはみだすほど長く太い針だった。
 紙一枚ほどの隙間を残し、それはかろうじてクレイののどには触れていない。
 けれど、少しでも動けば、間違いなく、それはぐっさりとクレイののどを刺すだろう。そして、貫くだろう。
 しかも、その針の先端がにび色に染まっている辺りから、当たり前のようにそこには毒が塗られているだろうことがわかる。
 何しろ、ローシャルは、毒の王子だから。
 さすがのクレイの顔も、多少色を失いひきつっている。
 しかし、どうして、フィーナときたら、クレイがこんな危険な目にあっているというのに、平然としているのだろう。
 優雅にお茶を飲んだりなどしながら。
 今にもそののどを突き抜いてしまいかねない勢いで針をクレイにつきつけながら、ローシャルはいまいましげにはき捨てる。
「僕は認めないからね。僕のフィーナが、こんなへたれ王子なんかと……」
「まあ、ローシャルったら。本当にわがままなのだから」
 ことんとカップを置き、フィーナは困ったようにふうっとため息をひとつもらす。
 それから、めっとしかるようにローシャルを見つめる。
「いや、フィーナ。それは、わがままとかそういうものでは……」
 クレイはがっくり肩を落とし、哀愁を漂わせフィーナを見つめる。
 しかし、ローシャルはひどく傷ついたように目を見開き、力なくクレイののどから針をひいていく。
 どうやら、フィーナの一言は、予想外にきいてしまったらしい。
 もしや、これは、クレイが思っていた以上に、ローシャルはフィーナに弱い?
 悲しそうに、すがるようにフィーナを見つめるローシャルを見て、フィーナは楽しそうににっこり笑う。
「ねえ、クレイさま。ローシャルったら、かわいいでしょう?」
 フィーナは上目遣いにクレイを見つめ、くいっとかわいらしく首をかしげる。
 瞬間、クレイは遠くへ視線をはせそうになった。
 わかっていたことだけれど、このアルスティルの王女は、実の弟ですらも楽しめると思えばおもちゃにしてしまうらしい。
 ……そう、ローシャルがフィーナに抱く、その強すぎる愛情すらも逆手にとって。
 なんとクレイの理想通りの女性なのだろう。
 やはり、こうでなければ面白くない。
 クレイは愛しそうにフィーナを見つめる。
 それにしても、アルスティルの王子が毒を得意としているなど、噂では聞いたことがなかった。
 もしかしたら、それをよしとせず、この国の者総ぐるみで、その噂が諸国へ広まらないように裏で動いているのかもしれない。
 よもや、自国の王子に、毒王子≠ネどという不名誉な異名をつけられでもしたら、救われない。この緑豊かな平和な国に、その言葉は似合わない。
 情報収集力に長けていると自負するクレイが知らなかったのだから、それはあたらずといえども遠からずといったところだろうか。
 あるいは、その裏には、王子の姉である王女が一枚噛んでいるのかもしれない。
 そうでなければ、これほど強固に王子の趣味・特技≠隠し通せるはずがない。
 そうとわかれば、クレイも認識をあらためるべきだろう。
 この王子、徹底的に洗わねば、そのうちクレイの邪魔になるかもしれない。
 そうならないためにも、是非とも弱みを握っておかなければ……。
 もはや、フィーナの弟だからなどと、ぬるいことは言っていられない。
 ローシャルは、敵。クレイの敵に、認定。
 邪魔するならば、徹底的にたたきつぶす!
 ……クレイの命もかかっていることだし。
 むしろ、そこがいちばん重要だろう。


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update:08/04/04