招かざる客
change〜とりかえっこ王子〜

 にこにこ微笑んでいたフィーナの顔が、急に強張った。
 その顔はまるで、何か好ましくないものを見てしまったように、この世のものとは思いたくないというように、いまいましげにゆがめられている。
 クレイの顔も、明らかな殺意に不気味な笑みを浮かべている。
 二人は、同時に気づいてしまった。
 気づきたくなどないけれど、気づかなければ、それはそれでとっても厄介なことになるとわかっているそのことに。
 たしかに、あの害虫は、ひと月ほど前に自国へと帰っていった。
 その後すぐにクレイも一度クロンウォールへ戻り、三日ほど前、再びアルスティルへやって来た。
 クロンウォール王の親書の使者という役目を、本来の使者から脅しとって。
 その親書には、フィーナとクレイの挙式の日取りについて書かれていて、そして二日前それが決定した。
 さあ、これから二人、その日に向けてうきうきわくわくどきどき準備をはじめようとしていたというのに、あの害虫はまたしてもやって来やがった。
 緑豊かな庭園の中をかける、その毛色が違う害虫。
 極楽鳥のように悪趣味なびらびらの衣装をまとう、三国一のちゃらんぽらん。
 またの名を、お邪魔虫キオス。
 めざとくバルコニーのフィーナたちに気づき、キオスはもぎとれんばかりの勢いで両腕をぶんぶん振っている。
 本当に、その姿、どこからどう見ても、一国の王子には見えない。気品の欠片すらない。
 教養を欠いたその振る舞い、なんと見苦しいことだろう。
 キオスの来襲に気づいたフィーナとクレイは、互いに顔を見合わせ、ふうっと哀愁めいた吐息をもらした。
 その瞬間、それまで庭園でぶんぶん手を振っていたキオスの姿がかき消えた。
 そうかと思うと、このバルコニーへ続く廊下から、下品なばたばた駆ける足音が聞こえてくる。
 そして次の瞬間には、やっぱり飛び込んできやがった。
 招かざる客、お邪魔虫キオスが。
「フィーナちゃーん! 聞いたよー! 早まっちゃ駄目だ!」
 キオスは飛び込んできたかと思うと、そう叫びながら一目散にフィーナに駆け寄る。
「失せなさい、害虫」
 しかし、フィーナにたどりつく前に、その言葉と同時にキオスは床にめりっと埋まっていた。
 さっと出されたクレイの足に足がひっかかり、豪快に床の上を滑っていく。
 そして、ぴたりとフィーナの足元でとまると、今度は華麗なるヒールの洗礼が下った。
「嗚呼、つめたいことを。……でも、そんなフィーナちゃんも好きっ」
「変態」
 フィーナが転んでしまわないように気を配り、ヒールの下から抜け出すと、キオスは潤んだ瞳でフィーナへ視線を流す。
 あまつさえ、恋する乙女のように、胸の前で両手を握り合わせ、うっとりとフィーナを見つめている。
 瞬間、キオスはバルコニーのてすりから逆さづりにされていた。
 もちろんそれは、クレイの仕事。
 キオスはぎゃあぎゃあ騒ぎ、必死にクレイに命乞いをする。
 しかし、クレイはどこ吹く風といったふうに、華麗な仕事に賞賛を送るフィーナと視線だけで会話をしている。
「……で、何? これ」
 いまいましげに顔をゆがめ目をすわらせたローシャルが、バルコニーから吊り下げられている害虫を指差し、ぼそりとつぶやいた。
 すると、フィーナとクレイは互いに目をぱちくりとまたたかせ、にやりと微笑み合う。
 くるりんと振り返り、フィーナは恐ろしいまでにすがすがしくにっこり微笑んだ。
「そういえば、ローシャルははじめてでしたわね。この害ちゅ――方は、クロンウォールの第二王子、キオス王子ですわ。クレイさまの弟君よ」
「ああ、あのねー……」
 ローシャルはそうつぶやいて、馬鹿にするように笑い捨てる。
 ポーリアに留学していたローシャルの耳にも、たっぷりと、クロンウォールの第二王子の噂は届いているよう。
 その横では、どうやら早くも許してもらえたのか、逆さづりだったキオスがよじよじとてすりをのぼり、帰還を果たしているところだった。
 仕方なく、それにクレイも手を貸している。
「あら、生還されてしまいましたの。いまいましい」
 ちらりと横目でキオスを見て、フィーナはとっても残念そうにつぶやく。
「フィ、フィーナちゃん。さりげなくひどくない!?」
「まったくさりげなさは装っておりませんけれど?」
 顔を蒼白にして嘆くキオスに、フィーナはやっぱり無駄にさわやかににっこり微笑み、さらりと言い放つ。
「ひっでー! だけど、そんなフィーナちゃんも好きだー!」
 そう言ってフィーナに駆け寄ろうとするキオスののどに、銀色にきらめくものがちゃきりと小さく音を立てあてられた。
 そこからゆっくり視線をたどっていくと、いきついた先には、微笑みながらも禍々しいものを惜しみなく放つクレイがいる。
 その目は、これ以上キオスがフィーナに近づくと、そのままその剣でのどを突きぬいてしまいかねない眼光を放っている。
「キオス、どうやら本気で死にたいようですね?」
「と、とんでもございません。麗しのお兄様っ」
 キオスは慌てて、ずざざーと後ずさる。
 それから、やっぱり恋する乙女のように胸の前で両手を握り合わせ、うるうるとうるんだ瞳でクレイを見つめる。
 大好きなお兄様、かわいいかわいい弟をいじめないでねというように。
 クレイの目の前が、あまりもの気持ち悪さと呆れにより、ぐらりとゆれた。
 それと同時に、大きくため息をひとつつき、抜き身の剣を鞘へ戻していく。
 本当に、わが弟ながらなんて調子がいい男なのだろうか、とクレイはきっと脱力感に襲われているのだろう。
「ねえ、ところで、それ、何?」
 どっかりと床にあぐらをかき、キオスはフィーナの肩越しに見えるローシャルを指差す。
 瞬間、ローシャルの眉がぴくりとつりあがった。
 よもや、あのクロンウォールの第二王子に指をさされるなど、これほどの屈辱、侮辱はあるかとでもいうように。
 ローシャルは、胸元に右手をさっと滑り込ませる。
 それに気づいたフィーナが制するようにその手に手を重ね、にっこり微笑む。
 ローシャルはかっと頬を赤らめ、悔しそうに舌打ちをした。
「わたくしの弟、ローシャルですわ」
「へー、ふーん。そういえば、似ているね、フィーナちゃんに」
 キオスはよっこいしょと立ち上がり、当たり前のように椅子を引き、そこにどっかりと腰を下ろす。
 そこは、もとはクレイが座っていたところらしく、すっかりさめてしまったお茶が入ったカップが置かれている。
 キオスはそれに手をのばしていく。
 フィーナもローシャルの手から手を放していきながら、もとの自分の席にゆっくり座りなおす。
「うふふ、でしょう」
「でも、フィーナちゃんと違って、すっごく生意気そう」
 けろりとキオスが言い放った瞬間、その目の前のテーブルに、ナイフが一本つきささっていた。
 キオスの手のすぐ横で、ぶるんぶるんと激しく左右に揺れている。
 それに気づいたキオスの顔から、さあと血の気が引いていく。
 このナイフがどこから飛んできたなど、いくらキオスといえどわかってしまう。
 射殺さんばかりににらみつける、その男を見れば。


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update:08/04/13