乙女の秘めた願い
change〜とりかえっこ王子〜

 自分の弟までお邪魔虫扱いとは、さすがはフィーナ。素晴らしい。
 それでは、もしかしてもしかしなくても、こうなることを予見して、フィーナはローシャルに手紙を送ったというのだろうか?
 いやいや、そのようなことはさすがにないだろう。そのように恐ろしいことは考えてはいなかっただろう。
 しかし、相手はあのフィーナ。鬼畜なクレイが好きと言い切るフィーナ。そのような恐ろしいことも、あるかもしれない?
 そう思い至ってしまったクレイの顔から、さあと血の気がひいていく。
 しかし、すぐに気を取り直し、クレイは愛しそうにフィーナを見つめる。
 そのような非道なところも、フィーナの魅力で愛しいところ。
 くすくすと、邪悪に、けれどかわいらしく笑うフィーナを、クレイはふわりと抱き寄せる。
 するとフィーナは、笑いをぴたりとやめ、頬を赤らめて、ちらりとクレイを見つめた。
 どこか恥ずかしそうに、そっとその胸に頬を寄せる。
「あ……。お邪魔虫――ローシャルといえば……」
 クレイの胸に頬を寄せたかと思うと、フィーナはふと気づいたように、するりとそこから抜け出した。
 そして、壁際においてあるチェストへ歩いていき、その引き出しのひとつを開け、
「これは、あまりにもうるさいので、ローシャルにも贈ったものなのですけれど……」
そのようにつぶやきながら、かさかさと何かを探しはじめた。
 クレイが不思議そうに見ていると、フィーナはすぐにぴたりと手をとめ、そこから何かを取り出してきた。
 引き出しから出てきたフィーナの手には、紐のようなものがしゃらりと持たれている。
 エメラルドグリーンの紐に、星のかたちをしたブルーの石と鈴がついている。
 りんと、涼やかな音が鳴る。
「クレイさまに、これを……」
 エメラルドグリーンの紐を両手に大切そうにのせ、フィーナは歩み寄ったクレイに差し出す。
「フィーナ、これは?」
 フィーナが差し出す両手に、クレイはそっと手を重ねる。
 クレイは首をかしげながら、フィーナと重ねた手の下にある紐を交互に見る。
「アルスティルの乙女に伝わるお守りですわ。戦場から無事に帰って来てくださいと願いを込めて、ずっと昔、まだこの世界が統一される前に、家族や恋人など、戦場へ赴く大切な人に贈ったものです」
 すっと目を細め、フィーナはうっとりと語る。
 そのお守りに、普通の少女のように胸を躍らせているようにも見える。
 クレイは微笑ましそうに目を細め、フィーナの言葉に耳を傾ける。その手は、フィーナの両手にそっと添えたまま。
 クレイの手を少しだけずらすように、フィーナが手を動かした。
「この紐は、クレイさまの瞳の色、グリーン。そして、この星型の石は、わたくしのブルー。こうして、昔から、アルスティルの乙女たちは、この刀飾りを大切な人に贈ってきたのです」
 フィーナの頬がふわりとほころび、無邪気にクレイを見つめる。
 星型の石は、乙女の瞳の色。それを飾る紐は、騎士の瞳の色。
 片時もはなれずともにいましょう、という乙女の願いが秘められた飾り紐。
 鈴は、いつ頃からか、物足りないという理由でおまけでつけられていた。
「まあ、忍ぶ必要がある戦の際にはこの鈴は邪魔になりますけれど、現在はこの世界にはそのような無粋な可能性はありませんでしょう? だから、今はたんなるお守りです」
「ああ、そうだね。ありがとう、フィーナ」
 ちろりと舌をのぞかせおどけたように微笑むフィーナに、クレイはくすりと笑い肩をすくめる。
 それから、フィーナの両手に乗る紐を手にとろうとした。
 すると、フィーナはすっと手をひきクレイの手をよけ、にっこり微笑む。
 クレイは、きょとんとフィーナを見る。
 これまでの話から、このお守りは、間違いなくクレイに贈られるものと思ったのだけれど……?と、言いたげに。
 フィーナは、不思議そうに見つめるクレイに、どことなく意地悪く微笑む。
「クレイさま、剣を……」
 そして、クレイの腰をすっと指差す。
 クレイは何事かと一瞬驚いたようだけれど、すぐにこくりとうなずき、腰から鞘ごと剣をとりフィーナに手渡した。
 フィーナの片手に、ずしりと剣がのる。
 もしかしなくてもクレイは、こんなに重いものを、これまで平然と持ち歩いていたのだろうか?
 予想以上に重かったのだろう、フィーナは驚いたようにクレイを見つめた。
 けれど、すぐにやる気に満ちたように、目をきらきら輝かせる。
「わたくしが、つけてさしあげますわね」
 ちょっと不器用に、ぎこちなく、フィーナは剣の柄にお守りを懸命につける。
 それから、両手に抱えクレイへ差し出す。
「ありがとう。大切にするよ」
 フィーナの両手に乗る剣を片手でひょいっと持ち上げ、クレイは幸せそうに微笑んだ。
 やはりクレイは、フィーナが重いと感じるその剣を軽々と持っている。
 さすがは大男二十人を一人でなぎ倒したと言われているだけはある。
 感心したようにまじまじ見つめるフィーナを、クレイはさっと引き寄せ抱きしめる。
 ようやく出番がやって来た黄色い月の光が、優しく二人を照らしている。
 さらさらと吹き込む夜風が、ふわりと二人を包み込む。


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update:08/05/01