毒は無味無臭無色が鉄則
change〜とりかえっこ王子〜

 さらさらとさわやかな風が吹く、朝の緑をあびるテラス。
 やはりこの時季は、その風を感じながら屋外でとる食事が好ましい。
 とりわけ、朝の清々しい陽気の中でとる食事は格別。
 木漏れ日が降り注ぐ中、フィーナはことりと音を鳴らせフォークを取り上げた。
 その横には、クレイが座っている。
 けれど、何故だかその顔はこの朝の景色に似つかわしくないほど、複雑にゆがんでいる。
「うーわー。何でしょうね、このあからさまなのは」
 そして、クレイはぼそりとつぶやいた。
 そのつぶやきに気づき、向かい側に座っていたキオスが、がばりと上体を突き出し、クレイの視線の先をのぞき込む。
 瞬間、キオスの顔がいびつにゆがんだ。
「うわっ。クレイのそれ、何だよ。明らかに何か盛られているぞ! へどろ色で、異臭……腐卵臭を発するスープってどーよ!?」
 キオスはがちゃんと音を鳴らせ乱暴にナイフを皿に置き、ばっと立ち上がりクレイの目の前に置かれたスープ皿を指差す。
 すると、フィーナもようやく興味を覚えたらしく、ちらりとクレイのスープ皿へ視線を落とす。
 そして、ぽむと手を打ち、ふうっと大きく息をはきだした。
 困ったように首をくいっとかしげ、頬に手を添える。
「まあ、ローシャルったら、らしくないわね。こういう時は、無味無臭無色が鉄則でしょう?」
 フィーナは非難するように、正面に座るローシャルを見つめる。
 するとローシャルは、スープを口へ運んでいた手を止め、スプーンを皿においた。
「フィーナ、これは無げの情けだよ。すぐにしとめてはつまらないだろう?」
「うふふ。ローシャルったら、本当におちゃめさんね」
 けろりと言い放つローシャルに、フィーナは納得したようににっこり微笑む。
 瞬間、クレイの肩ががっくりと落ちた。
 そして、恨めしそうにじいっとフィーナを見つめる。
「フィーナ、頼むから、遊ばないでくれないかな?」
「けれど、楽しいのですもの」
「嗚呼、もう……っ」
 悪びれる様子なく口をとがらせるフィーナに、クレイは一層肩を落とす。
 どうやら、この王女さまは、実の弟だけでなく婚約者にまで容赦ないらしい。
 やきもちをやかせるためなら、本気で手段を選ばない。
 これもきっと、フィーナなりの愛情表現なのだろう。……なのだろうけれど、これでは、さすがのクレイも命がいくつあっても足りないのでは……?と、思いそうになる。――あくまで、思いそうになるだけ。
 ふうと大きく息を吐き出し、クレイはぺちんと額に手をあてる。
「わたしの部屋に飾られていた花は、ジギタリスやキョウチクトウ、塊根つきのトリカブトだし、ベッドにはびっしり毒針が仕込まれていたし、今朝目覚めて窓を開けるとおびただしい毒矢が降ってくるし、そして、朝食には明らかな細工の痕跡が……。本当に、この国の王子様は芸が細かいね」
 ぶつぶつそうつぶやいたかと思うと、クレイはぎらりとするどい眼差しでローシャルをにらみつける。
 しかし、ローシャルは平然とパンをかじっている。
「何のこと? 言いがかりはよしてよ」
 そして、そうはき捨てると、ジュースを一気にぐいっと飲み干し、控える給仕に空になったグラスをつきつける。
「クレイさま、らしくありませんわね。たんなる子供のいたずらに、そうお怒りにならないで。クレイさまは、嘘くさい優しい微笑みを浮かべてこそクレイさまですのに。わたくし、そういうクレイさまが大好きですのよ?」
「ああ、フィーナ、そうだったね。じゃあ、フィーナのために心をしずめよう」
 くいっとクレイの袖をつかみ、フィーナはじっと見つめる。
 するとクレイはにっこり笑い、袖をつかむフィーナの手に手を重ね、きゅっと握り締める。
 二人、互いにさりげなく身を寄せ、うっとりと見つめ合う。
 瞬間、ばんとテーブルをたたきつけ、ローシャルが立ち上がっていた。
 けれどすぐにはっと何かに気づき、いまいましげに再び椅子に腰を下ろしていく。
 いちゃつきはじめたフィーナとクレイ、むしろクレイだけを、どうして殺ってやろうか考え、憎らしげににらみつける。
 それにしても、実の弟に向かってたんなる子供≠ニは、やっぱりフィーナは言うことが違う。言うことが無慈悲すぎる。
 それでローシャルがどれほど傷つくかわかっていて、あえて言っているように思えるから、本当になんて残酷な姫君だろう。
 射殺さんばかりにクレイをにらみつけていたかと思うと、ローシャルはふとフィーナを見て、衝撃を受けたように目を見開いた。悲しそうにフィーナを見つめる。
 だって、フィーナは本当に嬉しそうに、うっとりとクレイを見つめていたから。
 普段、いたずらに関しては同等と認めているのに、ここにきてローシャルを子供扱いするなんて、ひどい。ひどすぎる。
 ローシャルが知っているフィーナは、このようなのじゃなかった。こんな、こんな……ローシャルが傷つくようなことは、決して言わない。
 それもこれもみんな、このクロンウォールのへたれ王子のせい。こいつさえいなければ、フィーナはずっとローシャルに優しいままだったのに。
 そう思うとローシャルは、悔しさにフォークを握る手にぎゅっと力をこめずにはいられなかった。
「クレイさま、それじゃあお食事ができませんわね。そうだわ、わたくしのものを一緒に食べましょう。仲良くはんぶんこして」
 クレイの腕に両手をのせ、フィーナはひょいっとその向こうをのぞき込む。
 そして、くいっと顔をあげ、クレイににっこり微笑んでみせる。
 するとクレイは、ほわりと顔をくずして、こくりとうなずいた。
「フィーナ、それはいい案だね」
 そうして、二人、ローシャルに見せつけるように、ひとつの皿のものを仲良く分け合って、あまつさえあーんなどとしつつ食べる。
 キオスはもう慣れたもので、「まーたはじまったよ、この二人」とぶつぶつ言いながら食事をしている。
 邪魔をすればするだけ仲良くなることを、しかもたちが悪いことに見せつけることを、これまでの多い経験からキオスはようやく学習したばかり。
 普段なら、「フィーナちゃん、らーぶー」やら「クレイ、汚い手でフィーナちゃんに触れるな!」と言うけれど、食事の席では別。
 言っても無駄だし、むしろ、後でクレイにとんでもないお仕置きをされちゃうので、いちゃついている時は邪魔しないに越したことはないと、キオスはやっぱりようやく学習したばかり。
 ちゃらんぽらんキオスにしては、いやにおりこうさん。
 しかし、おりこうさんでないのが、ローシャル。
 こんな場面一秒だって見ていたくないと、きっと顔を引き締め、手に持つナイフとフォークをさっと放った。
 次の瞬間、がつーんとテーブルにつきささり、ぐわらんぐわらんと円を描き揺れている。……クレイの手もとで。
 そのナイフとフォークをしばらくじっと見つめたかと思うと、クレイは妙にゆっくりと顔を上げ、呆れたような眼差しをローシャルに向ける。
 ローシャルと目が合った瞬間、その目がぎらりと光ったかと思うと、クレイは馬鹿にするようにふっと鼻で笑った。
 かっとローシャルの目が見開かれ、ぎりっと唇を噛む。同時に、そのままひゅんひゅんと、クレイめがけて毒針を飛ばした。
 しかし、かかっと硬い音がして、それはクレイの顔の前にかざされた皿につきささってとまった。
 その横で、フィーナがぱちぱちと手をたたきながら、楽しそうに観戦している。
 さすがにその光景には、キオスは言葉を失っていたけれど。


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update:08/05/10