天敵王子
change〜とりかえっこ王子〜

 いつだったか城内でいちばん高い塔から見下ろした時に見つけたその場所へと、クレイはフィーナの腕をひき駆けている。
 ローシャルがやって来ないだろう場所へと向かっている。
 どうにかしてローシャルの邪魔がないところでフィーナと二人きりになりたいと、天敵の目を盗みさらってきた。
 そうでもしないと、ローシャルから逃れ、フィーナと二人きりの時間を楽しめないような気がとってもするので、クレイにとってはこれはいわば最終手段だろう。
 たしか、あの塔から眺めた時、自然のままそこに取り残されたように、アルスティル城内には小さな林のようなものがあった。
 あまり大きくはないけれど、木々が生い茂っていた。
 そこは、クロンウォールではじめてフィーナと会った時に、ともに七色に輝く湖へ歩いたあの小道のような場所だった。
 だから、ローシャルから逃げるということがなくても、クレイはそこへフィーナと一度行きたいと思っていた。
 木漏れ日が優しいその場所へとやって来て、一等大きい木の陰にクレイはさっと姿を隠す。
 とんと幹に背をつけ、胸にフィーナを抱き寄せる。
 きっとこの木は、大人が二人ほど両腕をひろげつないで、ようやく一周できるほど大きいだろう。
 一体どれだけ生きれば、こんなに立派になるのだろうか。
「ここまでくれば、とりあえず大丈夫かな?」
 フィーナのぬくもりを胸に感じ、クレイはほうと息を吐き出す。
 すると、その胸の中で、フィーナはもぞりと身じろぎし、くすくす笑い出した。
「クレイさま、甘いですわよ」
「え……?」
 怪訝に眉根を寄せ、クレイがフィーナを見つめた時だった。
 クレイの顔のすぐ横を、何か細長いものがひゅんと通り過ぎていく。
 フィーナの先程の言葉、そして飛んできたその何か≠確認するように、クレイは食入るようにフィーナを見つめる。
 するとフィーナは、すっとクレイから身をはなし、すぐそばの木の陰へさっと身を寄せる。
 そこから、にっこり笑い、クレイに声をかける。
「ここは、ローシャルのお気に入りの場所なのですよ」
 それを聞いた瞬間、クレイの顔からさあと血の気が引いていく。
 そうかと思うと、何故だか、クレイめがけて細長い針のようなものが無数に飛んでくる。
 クレイは慌ててぐるりと幹をまわり、もたれかかっていた大樹の向こう側にさっと隠れる。
 ひゅんひゅんと、隠れるクレイの両側を、やはり針が通り過ぎ、ぶすぶすぶすと地面につきささる。
 しかし、隠れる大樹にはまったく針がつきささることはない。
 ようやく針の雨がやみ、クレイはそばの木の陰に隠れるフィーナへ駆け寄る。
 目を白黒させ、フィーナに詰め寄る。
「な、何か飛んできましたけれど!?」
 フィーナはすっと木の陰からでてきて、こくりと首をかしげた。
「あら、そうですわね。でも、クレイさまったら全部よけられたのだから、よろしいじゃない」
「そういう問題ではないから!」
 けろりと言い放つフィーナに、クレイは泣きそうな声で叫ぶ。
 本当に、そういう問題ではない。よけられたとかよけられなかったという以前の問題だろう、これは。
 まさか、人に向けて針の雨を降らせるなんて、そんな非常識なこと……。
 そして、フィーナが先程言った言葉より、この場所も安らげる場所でないことは明白。
 だって、ここは、ローシャルのお気に入りの場所だというのだから。
 それを知っていれば、死んでも来なかった。
 クレイとしたことが、とんだ失態、落度。……不覚。
「……ちっ。運のいい奴め」
 正面の木の陰からさっと姿を現し、ローシャルがいまいましげにはき捨てる。
 やはり、針の雨の犯人は、ローシャルだったらしい。……確認するまでもなく。
 ローシャルは目の端に楽しそうにころころ笑うフィーナを見つけ、ほにゃっと顔をくずし、とことこと歩み寄る。
 きゅっと、フィーナの腰の辺りのドレスをつまみ、甘えるように見つめる。
「偉いわねー、ローシャル。木々たちのことを考えて、ちゃんと毒はふきとっておいたのね」
 ちらりと、地面にささる無数の針を見て、フィーナはにっこり微笑む。ぽふっと、ローシャルの頭を一度なでる。
 毒をふきとっただけでなく、木々には針の被害はまったくない。ただ、地面につきささっているだけ。
 ローシャルはやっぱり嬉しそうにほにゃっと顔をくずし、得意げにこくりとうなずいた。
 そのようなローシャルを、フィーナは愉快そうに見てころころ笑っている。
 その横では、クレイが「だから、そういう問題では……」とつぶやき、がっくりと肩を落としている。
 するとそこへ、向こうの方から、息を切らせた派手な衣装をまとった青年が駆けてきた。
 それは、どこからどう見ても、間違いなく、キオス。
 恐らく、三人の姿が見えないことに気づき、探しにやって来たのだろう。一人仲間はずれは、おいてけぼりは嫌だと。
 それにしても、いつものことながら、一体どこからフィーナたちの居場所をかぎつけるのだろうか。
「うわーん。フィーナちゃん、探したよー! ひどいよ、俺をおいていくなんて!」
 フィーナたちを見つけ、ばたばたと乱暴な足音をたて、キオスが叫びながら駆け寄っていく。
 ……と思いきや、フィーナのもとにたどり着く前に、キオスは豪快に地面に倒れこんだ。
 よくよく見ると、キオスが体勢をくずしたその場所には、地面からわずか上に、木と木を結ぶようにぴんと張られた縄がある。
 つまりは、そういうことだろう。
「ひっでー。何だよ、この縄! 誰がこんなところに、こんなものを仕掛けたんだ!?」
 キオスがぎゃあぎゃあ騒いでいるから、間違いない。
 騒ぐキオスを、侮蔑するようにローシャルが見下ろしているから、完璧。
 恐らくその縄は、本来は、にっくきクロンウォール第一王子のために、わざわざ仕込まれたものだろう。
「っていうか、クレイ、フィーナちゃんからはなれろー!!」
 腐葉土になりかけた落ち葉をかきわけ、キオスは必死にフィーナへ這い寄ろうとしている。
 もちろんそれは、すかさずローシャルが阻止している。
 どこで拾ってきたのだろう、小石をぽいぽいとキオスに投げつける。
 どうやら、おりこうさんなことに、ローシャルはフィーナの言いつけを守り、その命を奪うようなことだけはしていないよう。――クレイに対しては別として。
 そうして、キオスが一人ぎゃあぎゃあ騒ぎ、ローシャルがそんなキオスに八つ当たりしている時だった。
 この林の入り口の辺りに、逆光で黒くなった人影がすっと現れた。
 そうかと思うと、その人影はゆっくりとフィーナたちのもとへ歩いてくる。
 そして、とうとう、その顔がはっきり見えるそこまで来ると、深い緑色の目を細めにっこり微笑んだ。
「やあ、やっているねー」
 楽しげにくすくす笑いながら、けろりと言い放つ。
 さわっと、さわやかな風が吹きぬけ、現れたその人影の艶やかな黒髪を揺らしていく。
 同時に、フィーナの金の髪も若草色のドレスも、クレイやキオス、ローシャルの髪もさわりと揺れた。
 かと思うと、次の瞬間、クレイはいまいましげに顔をゆがめ叫んでいた。
「エイパス王子!!」
「どの面さげていらっしゃいましたの?」
 それに続け、フィーナもにっこり微笑む。
 顔は妖艶に微笑んでいるのに、その目はまったく微笑んでなどいない。むしろ、静かに殺気立っている。
 フィーナの背には、吹雪の幻影が今にも見えそう。
 しかし、それにはかまず、現れた青年――エイパスはさわやかに微笑む。
「やあ、フィーナ、怒った顔も素敵だね」
 それまでぎゃあぎゃあ騒いでいたキオスとローシャルが、現れたエイパスをぽけらっと見ている。
 エイパスはすっとフィーナに身を寄せ、その手をとりさっと口づけを落とす。
 瞬間、ぱちんと乾いた音が、木々のざわめく音にまざり響いた。
 氷の微笑を浮かべ、フィーナは手をクレイの胸に押し当てふいている。
「まったく、あなたという方は、本当にかきまわすことがお好きなのですから」
「それは、ギャガのキャロン王女と、デュベールのラファイエット殿のことかな?」
 エイパスはわざとらしく肩をすくめ、先程フィーナの手をとった手をすりすりとさすっている。
「あーら、よーくわかっていらっしゃるじゃない? それなのに、よくものこのこいらっしゃれたものですわ」
 ぎゅうとクレイにしがみつき、フィーナは鋭い眼差しをエイパスに向ける。
 フィーナに抱きつかれるクレイもまた、エイパスをにらみつけている。
 けれど、クレイの場合は、どこか面倒そうにも、極力相手にしたくなさそうにも見える。
 クレイはさっとフィーナの腰に手をまわし、抱き寄せる。
「いやー、そんなに誉められると、照れるなあ」
「誉めてなどいないわよ!」
 しっしっと追い払うように手を振り、フィーナはきっぱり言い放つ。
 つれないフィーナの態度に、エイパスは楽しそうににこにこ笑っている。
 するとそこへ、おずおずと、キオスが声をかけた。
「フィ、フィーナちゃん、誰? それ……」
「エメラブルーのお気楽極楽放蕩悪徳馬鹿王子ですわ!」
 瞬間、いまいましげにフィーナがはき捨てた。
 けれど、お気楽極楽放蕩悪徳馬鹿王子は、さっぱり気にした様子なくにこにこ笑って、さらさらと風に髪を遊ばせている。


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update:08/05/19